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第二章 医師団

第十七話 添い寝

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「すみれ」
 顔を上げると、道明様の唇が落ちてくる。
 夢にまで見た愛しい感触。優しい口付けだった。
 離れていく唇を追いかけてもう一度唇を重ねる。
 道明様の手が頭を撫でる。くすぐったくて気持ちよくて目を閉じた。
 また唇が重なる。今度は深く、舌を絡めて貪った。
 口が離れると吐息が漏れ、うっとりとした眼差しに、体の奥が熱くなってきてしまう。
「道明様」
 触って欲しくて甘えるように名前を呼んだ。
「今日は辛抱せい」
 彼の綺麗な長い指が、私の唇をなぞる。
 こんな気持ちにさせておいて我慢だなんて、なんて酷い人だ。
「先に寝ていなさい」
 促されて、仕方なく敷いてあった布団に寝転ぶ。道明様は再び机に向かい、何かをサラサラと書き付けていた。
 背筋がピンと伸びて迷いなく筆を進める姿は、それだけで見とれてしまうほど綺麗だった。
 本当に会えるなんてと今更になって思う。会えるなんて思ってもいなかった。もう永遠に会えない気さえしていたのに。
 道明様の香りが、衣擦れの音が、彼がそこにいることを伝えてくる。
 筆が止まり、片付けが始まる。何気ないその動きのひとつひとつを目に焼き付けるように見ていた。
 片付けが終わり、目が合う。
 優しい眼差しに、それだけでドキリと心臓がはねた。
 道明様がゆっくりと立ち上がり、私の元へ来てくれる。
 隣へ横になる彼を、私は拗ねたような目で見上げた。
「添い寝だけですか?」
「添い寝だけだ」
 道明様の腕に頭を乗せて体を寄せる。
 焦がれていた体温が、布越しに伝わる肌の感触が、甘く官能な香りが私の心までを満たした。
 足を絡ませると、お腹の奥が切なくなる。イタズラ心から道明様の喉元に唇を寄せた。
「これ」
 怒られてしまい、諦める。分かってる。いつ誰が来るかも分からないこの場所でそんな事出来ないことくらい分かってる。
「道明様は平気なんですか」
 彼を試したくてわざと嫌な言い方をした。なんだか私ばかり我慢が出来ないみたいで、少し寂しかった。
「平気でないから言っておる」
 寂しさが喜びに変わる、分かっていても両思いであることの確証を得られるのは嬉しかった。
 道明様の唇がおでこに触れる。あの道明様が我慢しているのかと思うと口元が緩んだ。
「この地へは数日逗留するゆえ」
「本当ですか?」
 嬉しい情報に思わず体を起こした。
 道明様の得意げな顔が可愛い。キスをしようとして、遮られた。
「辛抱せよと申したであろう」
 キスくらいいいじゃないかと思ったが、確かに、止まらなくなりそうではあった。
 それならと、お邪魔をしてくれた彼の手に唇を落とす。
「そなた・・・覚えておれよ」
 少し怖い声が聞こえてきたが、聞こえないふりをする。
 いつもやられてばかりなのだこれくらいしてもバチは当たらないだろう。
 もう一度道明様の腕に頭を乗せて、体を密着させる。
 逞しい胸元から聞こえる駆け足気味の心音が心地いい。
 今日だけじゃなかった。数日あるならまた会える。その事実がこれ以上ないほど嬉しくて、道明様の体温に溶けるように夢の中へと落ちていった。


「すみれ、起きよ」
 道明様の声で目が覚めた。
 外はまだ暗かったが、声の緊迫感にすぐに頭がクリアになる。
「あちらの影に隠れておれ」
 なにかまずいことでもあったのか、聞きたい気持ちを堪え指示通り奥の屏風の裏に隠れた。
 少しして、何人かの足音が聞こえてくる。足音は部屋の前で止まるとそのまま障子が開かれた。
 ギクリとする。バレてしまったのではないかという不安な気持ちで、身が縮む思いがした。
「道明僧正!出立前の挨拶に参ったぞ!」
 何かを探るような嫌な喋り方だ。
 この人が連れのお坊様なのだろうか。
「出立前の貴重なお時間にご挨拶いただけるなど、光栄でございます」
 寝ている人をいきなり起こすなんていう明らかに無礼な態度の相手にも、道明様はいつもの猫かぶりで答えている。
 流石の処世術だと感心してしまう。
「いやなに、兄弟子として道明僧正のことは格別に思っておるゆえ」
 ざらつく様な喋り方。悪口ではないはずなのに、なぜだか凄く嫌な感じがする。これは多分、道明様に向けられる悪意だ。
 姿の見えないその人に意識を集中させてみた。この距離なら心が読めるかもしれない。
 目を閉じて深く深く意識を研ぎ澄ませると、数秒だけその人の心を読むことができた。
 そして、少しだけ後悔した。
「では、せいぜい励まれよ!」
 そういい置き足音は去っていった。開けっ放しの襖を道明様が閉じたのを確認してから、屏風の影から出た。
「危ないところであった」
 まるでイタズラが成功したような顔で道明様が笑う。
 両手を広げる彼の胸元に飛び込むと、私の気持ちにも余裕が生まれてきた。
「私、あの人の心を読んでしまったのですが・・・」
 先程読んでしまった事柄を思い出す。あまり知りたくなかった、いくつかのこと。
「あの人、自分のお小姓さんと、その・・・」
 なんと表していいか分からなくて言葉に詰まる。さすがにストレートに言葉にするのは躊躇われる内容だった。
「毎晩乳繰り合うておるか?」
 びっくりするくらいどストレートな言葉が道明様の口から出た。
 顔を見あげると、愉快そうな笑いが見える。
 まさか、知っていたのか。
「お坊様ってみんなスケベなんですか??」
 思わず非難の言葉が口を突く。この人と言いあの人と言い、そういうことしか考えていないのか?
「私はそなたしか抱かぬ」
 その言葉は反則だった。
 急に真面目に言われて、腰の辺りがぎゅっと締め付けられるように切なくなった。
 思わず顔を逸らす。辛抱。辛抱だ。
 息を吐いて平常心を取り戻す。
 そういえば、もうひとつ気になる事があったのだ。
「あの人、匂いで何かを確認してたんですけど・・・」
 口にしながら、意味が分かってしまった。そうか、匂いってアレの匂いってことか。
 道明様をチラリと伺う。彼も意味が分かったようで、堪えきらずに小さく笑い声を上げた。
「そうか、匂いか、かの方は匂いで情事を嗅ぎ分けるか」
 酷く楽しそうにクククッと喉の奥で笑っている。
 恐らく、道明様が誰かを連れ込んでいると思ったあのお坊様は、不意打ちで訪れてそういう事をしてないか匂いで確認しに来たという感じか。
 あの人が匂いで本当に分かるかどうかは置いといて、昨夜は性欲に負けなくて本当に良かったと思った。
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