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第一章 聖女としての生活
第五話 小料理屋での再会
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大通りをしばらく歩くと、見慣れた街並みが見えてきた。
もう少し先には私のこの世界での実家、お福さんのお店がある。
お美代さんの後に続いて、小さな橋を越えると、すぐにその場所にたどり着く。
ずっと帰れずにいたその場所に、しかしお福さんのお店はもうなかった。
思わず足が止まる。
乾いた風が吹き抜けて、心の底で蓋をしていた感情が溢れ出しそうになった。
「あ、姫様そちらじゃないですよ!」
先を歩いていたお美代さんが慌てて引き返してくれたので、何とかこらえる事が出来た。
大きく息を吐いて気持ちを整える。
大丈夫。大丈夫。
「ご説明できてなくてすみません。驚かれましたよね」
お美代さんが、もう何も残っていない地面を見ながらニッコリと微笑む。
「この店はさすがにボロボロ過ぎたので壊すことになったんです」
確かに、いつか誰かに「あばら家」と言われた程度には老朽化していた。
安全面を考えたら取り壊すことになったのは仕方がないのだろう。それでも、少し寂しかったが。
「ですので、今日はあちらです!」
お美代さんが私の手を引いて歩き出す。
向かう方向には、見たことの無い大きなお店があった。
お福さんのお店で働いていた時に見たことがないということは、割と最近建てられたのだろう。
シンプルだが小綺麗でしっかりとしていて、小料理屋のようだ。
手を引かれながら小料理屋に入る。
昼食にはまだ早いというのに店内は活気に溢れていた。
「いらっしゃいませ!3名様ですか?」
接客のおばさんも小綺麗で、丁寧に接客してくれる。なんだか高級店に来てしまったようで少し緊張してしまう。
お美代さんは、なんと予約をしていたらしく、すぐに奥の席に通された。
うちの侍女は本当に仕事が出来る。
店の奥には個室の座敷がいくつかあるらしい。1番大きい座敷に通された時は思わず財布事情を気にしてしまった。
「ここ高いんじゃない?」
「大丈夫ですよ!」
笑顔のお美代さんが自信たっぷりなので、お財布のことはいったん考えないでおく。
用意されていた席に私とお美代さんが座ると、護衛の人も端の方に座るのが見えた。
「少々お待ちくださいませ」
案内してくれたお店の人が、お城の侍女のような動きで下がる。
なんだか居心地が悪くてモゾモゾしてしまうが、お美代さんの得意げな顔を見ると彼女は何度か来たことがあるのかもしれない。
そういえば、この世界に来てからはいつも誰かしらにご飯を用意してもらっていたので外食は始めてだ。
こういう時の支払いって城から出るのかなぁなんてどうでもいいことを考えていた時だった。
「失礼します」という声と共に、先ほどとは別のお店の人が現れる。見ると、男性と子どもと女性が並んで頭を下げていた。
店主と女将とその子どもと言った感じか。わざわざ挨拶に来るなんてよっぽど高級店なのかと驚く。
そしてVIP扱いに居心地の悪さが増した。
それも、彼らが顔を上げるまでの数秒だけであったが。
「お福さん!!!」
悲鳴のように声を上げた。
きちんとした服を着て、以前より艶やかになった髪を綺麗に結い上げているその女性は、母と焦がれたその人だった。
ニッコリと懐かしい笑顔。気づけば彼女の胸に飛び込んでいた。
「久しぶりだねぇ、こんなに立派になって」
感動に息が詰まりそうになりながらも、涙はグッと堪えた。
お福さんの体温のあまりの懐かしさに「帰りたい」と言ってしまいそうだったから。
けれど、できない。
私は聖女だから。
名残惜しい体温から体を引き剥がしお福さんの顔を確認する。健康そのものな優しい笑みがあった。
「紹介してもいいかい?」
お福さんが、一緒に挨拶に来た男性と子どもに目線を送るので、私もそちらに顔を向けた。
彼女は未亡人で、子どもはお美代さん1人のはずだったが・・・。
目を向けて、目が合ったその二人にどこか見覚えがあった。
「お姉ちゃん!」
元気に微笑む顔に記憶がバッと蘇る。そうだ、この子はこの世界で始めて治した子だ。
隣にいるのはこの子の父親か。
子どもを抱きながら泣いていた男性。あぁそうだ、あの人だ。
「あの折はうちの息子を治して下さったにも関わらず録なお礼もしませんで」
男性が頭を下げる。いつもなら聖女然と「構いませんよ」と答えるところだが、お福さんの手前聖女ぶるのは気恥ずかしかった。
「代わりと言っては何ですが、お食事の場を設けさせていただきましたので、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
男性に習って子どもも頭を下げる。
お礼を言われるのは未だに恥ずかしくはあったが、聖女として感謝の気持ちはきちんと受け取ることにしていた。
「ありがとうございます」と笑顔を向ける。
気づくと、私の隣でお福さんも頭を下げていた。
手馴れた挨拶の仕方。これはもしかして。
お美代さんの方を振り返ると、相変わらず得意げな顔と目が合う。
「再婚したんだそうです。恥ずかしいから姫様には内緒と言われてたんですけどね」
並んで頭を下げる3人は、最近結婚したばかりとは思えないほどしっくりと、馴染んでいる。
最後の夜、寂しそうに微笑んでいたお福さん。でも、今の彼女からは幸せオーラが見えてしまうんじゃないかと言うほど、滲み出ていた。
幸せになったのか。
幸せになってくれたのか。
叫び出したいほど嬉しくて、でも、邪魔をしてはいけない気もして、またお客さんとしてここに来ようとそう思った。
もう少し先には私のこの世界での実家、お福さんのお店がある。
お美代さんの後に続いて、小さな橋を越えると、すぐにその場所にたどり着く。
ずっと帰れずにいたその場所に、しかしお福さんのお店はもうなかった。
思わず足が止まる。
乾いた風が吹き抜けて、心の底で蓋をしていた感情が溢れ出しそうになった。
「あ、姫様そちらじゃないですよ!」
先を歩いていたお美代さんが慌てて引き返してくれたので、何とかこらえる事が出来た。
大きく息を吐いて気持ちを整える。
大丈夫。大丈夫。
「ご説明できてなくてすみません。驚かれましたよね」
お美代さんが、もう何も残っていない地面を見ながらニッコリと微笑む。
「この店はさすがにボロボロ過ぎたので壊すことになったんです」
確かに、いつか誰かに「あばら家」と言われた程度には老朽化していた。
安全面を考えたら取り壊すことになったのは仕方がないのだろう。それでも、少し寂しかったが。
「ですので、今日はあちらです!」
お美代さんが私の手を引いて歩き出す。
向かう方向には、見たことの無い大きなお店があった。
お福さんのお店で働いていた時に見たことがないということは、割と最近建てられたのだろう。
シンプルだが小綺麗でしっかりとしていて、小料理屋のようだ。
手を引かれながら小料理屋に入る。
昼食にはまだ早いというのに店内は活気に溢れていた。
「いらっしゃいませ!3名様ですか?」
接客のおばさんも小綺麗で、丁寧に接客してくれる。なんだか高級店に来てしまったようで少し緊張してしまう。
お美代さんは、なんと予約をしていたらしく、すぐに奥の席に通された。
うちの侍女は本当に仕事が出来る。
店の奥には個室の座敷がいくつかあるらしい。1番大きい座敷に通された時は思わず財布事情を気にしてしまった。
「ここ高いんじゃない?」
「大丈夫ですよ!」
笑顔のお美代さんが自信たっぷりなので、お財布のことはいったん考えないでおく。
用意されていた席に私とお美代さんが座ると、護衛の人も端の方に座るのが見えた。
「少々お待ちくださいませ」
案内してくれたお店の人が、お城の侍女のような動きで下がる。
なんだか居心地が悪くてモゾモゾしてしまうが、お美代さんの得意げな顔を見ると彼女は何度か来たことがあるのかもしれない。
そういえば、この世界に来てからはいつも誰かしらにご飯を用意してもらっていたので外食は始めてだ。
こういう時の支払いって城から出るのかなぁなんてどうでもいいことを考えていた時だった。
「失礼します」という声と共に、先ほどとは別のお店の人が現れる。見ると、男性と子どもと女性が並んで頭を下げていた。
店主と女将とその子どもと言った感じか。わざわざ挨拶に来るなんてよっぽど高級店なのかと驚く。
そしてVIP扱いに居心地の悪さが増した。
それも、彼らが顔を上げるまでの数秒だけであったが。
「お福さん!!!」
悲鳴のように声を上げた。
きちんとした服を着て、以前より艶やかになった髪を綺麗に結い上げているその女性は、母と焦がれたその人だった。
ニッコリと懐かしい笑顔。気づけば彼女の胸に飛び込んでいた。
「久しぶりだねぇ、こんなに立派になって」
感動に息が詰まりそうになりながらも、涙はグッと堪えた。
お福さんの体温のあまりの懐かしさに「帰りたい」と言ってしまいそうだったから。
けれど、できない。
私は聖女だから。
名残惜しい体温から体を引き剥がしお福さんの顔を確認する。健康そのものな優しい笑みがあった。
「紹介してもいいかい?」
お福さんが、一緒に挨拶に来た男性と子どもに目線を送るので、私もそちらに顔を向けた。
彼女は未亡人で、子どもはお美代さん1人のはずだったが・・・。
目を向けて、目が合ったその二人にどこか見覚えがあった。
「お姉ちゃん!」
元気に微笑む顔に記憶がバッと蘇る。そうだ、この子はこの世界で始めて治した子だ。
隣にいるのはこの子の父親か。
子どもを抱きながら泣いていた男性。あぁそうだ、あの人だ。
「あの折はうちの息子を治して下さったにも関わらず録なお礼もしませんで」
男性が頭を下げる。いつもなら聖女然と「構いませんよ」と答えるところだが、お福さんの手前聖女ぶるのは気恥ずかしかった。
「代わりと言っては何ですが、お食事の場を設けさせていただきましたので、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
男性に習って子どもも頭を下げる。
お礼を言われるのは未だに恥ずかしくはあったが、聖女として感謝の気持ちはきちんと受け取ることにしていた。
「ありがとうございます」と笑顔を向ける。
気づくと、私の隣でお福さんも頭を下げていた。
手馴れた挨拶の仕方。これはもしかして。
お美代さんの方を振り返ると、相変わらず得意げな顔と目が合う。
「再婚したんだそうです。恥ずかしいから姫様には内緒と言われてたんですけどね」
並んで頭を下げる3人は、最近結婚したばかりとは思えないほどしっくりと、馴染んでいる。
最後の夜、寂しそうに微笑んでいたお福さん。でも、今の彼女からは幸せオーラが見えてしまうんじゃないかと言うほど、滲み出ていた。
幸せになったのか。
幸せになってくれたのか。
叫び出したいほど嬉しくて、でも、邪魔をしてはいけない気もして、またお客さんとしてここに来ようとそう思った。
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