聖女の私にできること

藤ノ千里

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第五章 相愛

第四十七話 久しぶりの出勤

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 お美代さんがいなくなってしまった後、なおも強行しようとしてきた僧正様を止めたのは、再びのお小姓さんの声だった。
「道明僧正様、お取り込み中のところ失礼いたします!」
「晴彦、くどいぞ」
 くどいのはどっちだと思いながら、やっと僧正様から解放され慌てて下着を探す。
 少し離れた位置に落ちていたのはわざとか。
「志野原様よりご言伝でございまする」
 志野原は確か殿のお名前だった。そうか、家臣ではないお坊様はお名前を呼ぶのかとちょっとした発見をした。
 殿のお名前に、僧正様が少し緊張した顔になる。
 殿には話を通していたとの事だったが、今更になって心変わりがあったのかと、私も一抹の不安がよぎった。
 ただし、それは杞憂に終わる。
「『日が出ている時分であれば職務を全うされたし』との由にございます」
 思わず吹き出してしまった。夜はいいが日中はいちゃつくなということだ。
 殿には僧正様の行動は筒抜けらしい。
 僧正様の複雑な表情が相まって、笑いが収まらなくなってしまう。
「・・・直ぐに参る」
「承知いたしました」
 僧正様がものすごく不服そうな声で答え、お小姓さんが立ち去る。
 なおも込み上げてくる笑いを堪えつつ、やっと自分の下着を着終わった私は、僧正様の下着を差し出した。
 彼は不服さを隠しもせずに、しぶしぶと受け取り身に付け始めた。褌ってあんな風に着けるのかとまじまじと見てしまう。
 そうしている間に、建物の隙間から朝日が漏れ入って来て、ぼんやりと彼の体の輪郭が見えてくる。
 触れた感触で分かってはいたが、それにしても、程よく締まった綺麗な体をしている。
 彫刻に例えるには妙に生々しく、人目に晒すには淫猥な、うっとりと見蕩れてしまいそうな美しさだった。
 布の下に隠れてしまうとほんの少しだけ残念な気もした。
「夜に、また」
 名残惜しさを隠しもせずにそう言うと、僧正様は帰って行った。
 部屋にはまだ、彼の香りが色濃く残っていた。


 少し久しぶりになってしまった医療所への出勤中。私の少し後ろを、1人のお侍さんが歩いていた。
 毒殺未遂事件のせいで、なんと護衛が着くことになってしまったのだ。
 事件についてはてっきり終わった話だと思っていたが、聖女として有名になって来ていることからまた同じような輩が現れかねないとの殿のご配慮だった。
 それに、「兄上の善き人であるしな」と言われてしまえばもう何も言えない・・・。
「おはようございます」
「聖女殿、おはようございます」
 例によって護衛の話はもう伝え聞いているのだろう、木村先生は普段通りに挨拶をしてくれた。
 他の先生方もいつも通りに接してくれてなんだかホッとしてしまう。
 その中に信介先生がいないのが一瞬だけ悲しかったが。
 今日の私の仕事はもう決まっていた。しばらく出勤してなかったので、私の治療待ちでの泊まり患者が何人もいたからだ。
 木村先生が事前に仕事の割り振りを決めてくれていたらしい、泊まり患者への対応は幸太郎コウタロウ先生と一緒に回ることになった。
 いつもは別々で仕事しているため話すのは初めての先生だ。
「聖女ちゃん、よろしくね」
 幸太郎先生はチャラいお兄さんといった風体で、うっすらとホストという言葉を連想させた。
 ちなみにお凛さんは1週間のお休み中らしく、「え、じゃあこの人と2人で回るのか・・・」と苦々しく思ってしまったのは内緒の話。
「てかさ、聖女って仰々しすぎるから別の呼び方じゃ駄目かな?」
 うん、チャラいのは見た目だけでは無いらしい。
 32歳と言うと、山田先生と同い年のはずだ。あの仏頂面とこのヘラヘラした2人が同い年・・・。
 少しだけ幸太郎先生の腕に不安を感じてしまう。
「呼び方はお好きにどうぞ」
 そもそも聖女呼びですら周りが勝手に始めたことだ。呼び方にこだわりなんてなかった。
「じゃあ・・・お花ちゃんとかどう?いつも花みたいないい匂いするし」
 こだわりが無いとはいえ、さすがにセンスが無さすぎる。
 だが、お好きにと言った手前断るのも悪いか・・・。
 そんな事を考えていると不快感が顔に現れていたらしい、幸太郎先生はハハハッと笑い声を上げた。
「その顔!そんなに嫌なら嫌って言っていいのに。聖女ちゃん真面目だねぇ」
 私からすると幸太郎先生が不真面目過ぎるのだ。
 ここで、最初の泊まり患者の部屋に着く。あだ名を考えるのは一旦後回しになった。
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