聖女の私にできること

藤ノ千里

文字の大きさ
上 下
31 / 55
第三章 お城暮らし

第三十話 企みと拒絶と自己嫌悪

しおりを挟む
 人のない部屋へと連れ込めたまではおおよそ読み通り。
 心許ない様子の聖女殿は、諦めたかのように私を受け入れていたはずであった。
 肌襦袢の紐を解こうと手を伸ばす私の耳に、前触れもなく、すすり泣きが聞こえてきたのだ。
 手を止める。
 その娘の目に溢れる涙は、私への拒絶を意味していた。
 どういうことだ、と逡巡する。
 私の手際に、不快に思う隙はあったはずもない。
 「違うんです」と聖女殿はなおも幼い少女のようにしゃくりあげる。
 強行は悪手か。こうなってしまっては、致し方もない。
 手を触れぬように乱れた服をお戻しし、少しだけ、距離を取る。
 ちらりと退席も考えたが、単身で放っておく訳にもいかず、溢れ出る涙の枯れるのをただお待ちするしか手立てはなかった。


 翌日、朝の務めを終えた私は、珍しい時刻に聖女殿と出くわした。
「おはようございます」
 いつも通りの笑顔を向ける。昨日のこともあり心中を探っておこうという腹積もりであった。
 しかし思いもよらぬことに、聖女殿はかねてのように取り乱すこともなく、平然とした様で挨拶を返された。
「おはようございます。僧正様」
 一体どういうことだと、表には出さずに頭を巡らせる。
 昨日、この娘は泣いていたでは無いか。
 私の腕の下で、あのように声を震わせながら泣いていたというのに・・・。
 思い出したことで、心の臓が掴まれるような感覚に苛まれる。
 御しやすいと思うていた娘であったが、見誤ったか?
「朝からお務めご苦労様です」
 その笑顔は裏も表も感じれぬものであったが、目元には確かに涙の跡があった。


 突如として降って沸いた自責の念は、時間と共に形を大きくして行くこととなる。
 脳裏から消えぬ泣き顔が、刻一刻と私を責めたてる。
 ただ、涙が流れただけではないか。
 何のことは無い、あれしきのこと。あれしきのことだ。
 ただ触れて、拒絶され、泣かせてしまった、それだけの話。
 たったそれだけの話を、過去のものと出来ぬ我が身の未熟さに、知れず息を衝いていた。
 その夜、私があのような思いをする事になろうとは・・・。


「道明様、朝でございます」
 日の出と共に、晴彦ハルヒコが朝を告げる。
 私が身を起こすと、音もなく下がった。
「・・・」
 起き抜けの頭が、ある光景を脳裏に焼き付けながら覚醒して行く。
 夢を、見ていた。
 淫らな、夢であった。
 夢であったはずだが、艶かしい肌触りが思い起こされ、胸の奥でザワザワと騒ぎ立てるものがあった。
 あの娘への自責の念を感じていたことは認めよう。だがしかし、このような情欲が許されていいはずもない。
 夢の中にて、私は泣きじゃくる聖女殿へととてもではないが、許されざれぬほどの狼藉を働いていた。
 欲望のままに、その身を蹂躙していたのだ。
 なんてことを、と、大罪を犯したかのような思いが、ギリギリと困惑する思考を縛り上げていた。


 幸運と言うべきか、苦しい思いの元であるその娘にこの日会うことはなかった。
 こちらから赴かなかったのだから当然ではあるのだが。
 3日後の宴への用意は大方済んでおり、計画も滞りなく進みつつある。
 宴までに聖女殿を篭絡できなかったことは予定外であったが、その程度で狂う計画でもない。
 あの娘は、さぞかし驚くであろう。また泣かせてしまうやもしれぬ。
 まさかかねてより進めていた計画に、間近もなってこのような迷いが生まれるとは。
 冷酷になりきれぬ未熟な身が、この時だけはわずかばかり恨めしいと思うた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...