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第三章 お城暮らし
第三十話 企みと拒絶と自己嫌悪
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人のない部屋へと連れ込めたまではおおよそ読み通り。
心許ない様子の聖女殿は、諦めたかのように私を受け入れていたはずであった。
肌襦袢の紐を解こうと手を伸ばす私の耳に、前触れもなく、すすり泣きが聞こえてきたのだ。
手を止める。
その娘の目に溢れる涙は、私への拒絶を意味していた。
どういうことだ、と逡巡する。
私の手際に、不快に思う隙はあったはずもない。
「違うんです」と聖女殿はなおも幼い少女のようにしゃくりあげる。
強行は悪手か。こうなってしまっては、致し方もない。
手を触れぬように乱れた服をお戻しし、少しだけ、距離を取る。
ちらりと退席も考えたが、単身で放っておく訳にもいかず、溢れ出る涙の枯れるのをただお待ちするしか手立てはなかった。
翌日、朝の務めを終えた私は、珍しい時刻に聖女殿と出くわした。
「おはようございます」
いつも通りの笑顔を向ける。昨日のこともあり心中を探っておこうという腹積もりであった。
しかし思いもよらぬことに、聖女殿はかねてのように取り乱すこともなく、平然とした様で挨拶を返された。
「おはようございます。僧正様」
一体どういうことだと、表には出さずに頭を巡らせる。
昨日、この娘は泣いていたでは無いか。
私の腕の下で、あのように声を震わせながら泣いていたというのに・・・。
思い出したことで、心の臓が掴まれるような感覚に苛まれる。
御しやすいと思うていた娘であったが、見誤ったか?
「朝からお務めご苦労様です」
その笑顔は裏も表も感じれぬものであったが、目元には確かに涙の跡があった。
突如として降って沸いた自責の念は、時間と共に形を大きくして行くこととなる。
脳裏から消えぬ泣き顔が、刻一刻と私を責めたてる。
ただ、涙が流れただけではないか。
何のことは無い、あれしきのこと。あれしきのことだ。
ただ触れて、拒絶され、泣かせてしまった、それだけの話。
たったそれだけの話を、過去のものと出来ぬ我が身の未熟さに、知れず息を衝いていた。
その夜、私があのような思いをする事になろうとは・・・。
「道明様、朝でございます」
日の出と共に、晴彦が朝を告げる。
私が身を起こすと、音もなく下がった。
「・・・」
起き抜けの頭が、ある光景を脳裏に焼き付けながら覚醒して行く。
夢を、見ていた。
淫らな、夢であった。
夢であったはずだが、艶かしい肌触りが思い起こされ、胸の奥でザワザワと騒ぎ立てるものがあった。
あの娘への自責の念を感じていたことは認めよう。だがしかし、このような情欲が許されていいはずもない。
夢の中にて、私は泣きじゃくる聖女殿へととてもではないが、許されざれぬほどの狼藉を働いていた。
欲望のままに、その身を蹂躙していたのだ。
なんてことを、と、大罪を犯したかのような思いが、ギリギリと困惑する思考を縛り上げていた。
幸運と言うべきか、苦しい思いの元であるその娘にこの日会うことはなかった。
こちらから赴かなかったのだから当然ではあるのだが。
3日後の宴への用意は大方済んでおり、計画も滞りなく進みつつある。
宴までに聖女殿を篭絡できなかったことは予定外であったが、その程度で狂う計画でもない。
あの娘は、さぞかし驚くであろう。また泣かせてしまうやもしれぬ。
まさかかねてより進めていた計画に、間近もなってこのような迷いが生まれるとは。
冷酷になりきれぬ未熟な身が、この時だけはわずかばかり恨めしいと思うた。
心許ない様子の聖女殿は、諦めたかのように私を受け入れていたはずであった。
肌襦袢の紐を解こうと手を伸ばす私の耳に、前触れもなく、すすり泣きが聞こえてきたのだ。
手を止める。
その娘の目に溢れる涙は、私への拒絶を意味していた。
どういうことだ、と逡巡する。
私の手際に、不快に思う隙はあったはずもない。
「違うんです」と聖女殿はなおも幼い少女のようにしゃくりあげる。
強行は悪手か。こうなってしまっては、致し方もない。
手を触れぬように乱れた服をお戻しし、少しだけ、距離を取る。
ちらりと退席も考えたが、単身で放っておく訳にもいかず、溢れ出る涙の枯れるのをただお待ちするしか手立てはなかった。
翌日、朝の務めを終えた私は、珍しい時刻に聖女殿と出くわした。
「おはようございます」
いつも通りの笑顔を向ける。昨日のこともあり心中を探っておこうという腹積もりであった。
しかし思いもよらぬことに、聖女殿はかねてのように取り乱すこともなく、平然とした様で挨拶を返された。
「おはようございます。僧正様」
一体どういうことだと、表には出さずに頭を巡らせる。
昨日、この娘は泣いていたでは無いか。
私の腕の下で、あのように声を震わせながら泣いていたというのに・・・。
思い出したことで、心の臓が掴まれるような感覚に苛まれる。
御しやすいと思うていた娘であったが、見誤ったか?
「朝からお務めご苦労様です」
その笑顔は裏も表も感じれぬものであったが、目元には確かに涙の跡があった。
突如として降って沸いた自責の念は、時間と共に形を大きくして行くこととなる。
脳裏から消えぬ泣き顔が、刻一刻と私を責めたてる。
ただ、涙が流れただけではないか。
何のことは無い、あれしきのこと。あれしきのことだ。
ただ触れて、拒絶され、泣かせてしまった、それだけの話。
たったそれだけの話を、過去のものと出来ぬ我が身の未熟さに、知れず息を衝いていた。
その夜、私があのような思いをする事になろうとは・・・。
「道明様、朝でございます」
日の出と共に、晴彦が朝を告げる。
私が身を起こすと、音もなく下がった。
「・・・」
起き抜けの頭が、ある光景を脳裏に焼き付けながら覚醒して行く。
夢を、見ていた。
淫らな、夢であった。
夢であったはずだが、艶かしい肌触りが思い起こされ、胸の奥でザワザワと騒ぎ立てるものがあった。
あの娘への自責の念を感じていたことは認めよう。だがしかし、このような情欲が許されていいはずもない。
夢の中にて、私は泣きじゃくる聖女殿へととてもではないが、許されざれぬほどの狼藉を働いていた。
欲望のままに、その身を蹂躙していたのだ。
なんてことを、と、大罪を犯したかのような思いが、ギリギリと困惑する思考を縛り上げていた。
幸運と言うべきか、苦しい思いの元であるその娘にこの日会うことはなかった。
こちらから赴かなかったのだから当然ではあるのだが。
3日後の宴への用意は大方済んでおり、計画も滞りなく進みつつある。
宴までに聖女殿を篭絡できなかったことは予定外であったが、その程度で狂う計画でもない。
あの娘は、さぞかし驚くであろう。また泣かせてしまうやもしれぬ。
まさかかねてより進めていた計画に、間近もなってこのような迷いが生まれるとは。
冷酷になりきれぬ未熟な身が、この時だけはわずかばかり恨めしいと思うた。
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