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第1章
お前なんか嫌いだ
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何故だか俺は甘い言葉をかけられる。
微かに、だが芯のある男の声。妙に聴き慣れた感じのある声。
まさか俺に言葉をかけているのか…?
(やっぱきついね…しんどかったら言って…?)
また何か言っている。やはり甘い声、言葉。
確かに尻に異物感がある。
いや、何故か尻がはち切れそうだ。でも…嫌じゃない…。
何かが俺の腹をうずかせている。
(椿さん…気持ちい…?)
あぁ。気持ちいよ。お前となんだからなおさら…。…?
誰なんだろうか。俺を下に敷くコイツは。
でも、コイツの声、確かに聴き馴染みがある。
もっと聴きたいと思う。心地良い声。……!もしやコイツ…
「◾️◾️◾️…?」……。
目が覚めた。何か夢を見た気がする。幸せで…甘い…。
恋人か…?いや、あの夢に女はいなかった。そんなことより……
「仕事…行かねぇと…」
目を擦りながら支度をする。片手間に淹れたコーヒーがやけに甘い。
いつも通り7:15発の電車に乗り、4駅先が最寄りの職場に行く。いつも通りの日常。甘さなど何も無いじゃないか。
今日の電車はやけに混んでいる。
「ついてねぇ…。」
静かに呟いた。そうしているうちに、俺は自分が降りる側と逆側のドアのところまで押し込められてしまった。身動きがとれない。
「…あれ?佐々木さんじゃあないですかぁ。居るなら言ってくれたらいいのに。」
甘くて嫌な声がした。…恐る恐る振り返る。
「おまっ…青木っ…⁉︎ なんで居るんだよっ…⁉︎」
思わず声を上げる。コイツ…また俺を揶揄うつもりか…?
「えぇ~?いいじゃないですかぁ~。僕がこの時間に出勤しても~。」
青木は口を尖らせ不満気に言う。だけど、俺にはもっと不満があるんだよ。お 前 に 対 す る不満がな。
「駄目だ。お前は俺より先か後に来い。」
この青木という男、正直嫌いだ。何をやっても形になる、器用な奴。女子社員の目を集めても、別に当然と言わんばかりの王子様のようなルックス。高身長。タッパがデカくて背が高い。(一番腹が立つ) なんでコイツと同じ部署なんだよ…営業にでも行けよ…
「クソが…。」
口から負け惜しみが漏れた。すると青木はニヤリとして言った。
「えぇ~?酷いなぁ~。つ・ば・き・さん♡」
「やめろっ‼︎」
はっとした。この車両中の人間が俺を冷ややかな目で見ている気がする。つい叫んでしまった。…これもコイツのせいだ。
コイツと居るから…。
「~っ!」
顔が熱い。どうか早く天瀬に着いてくれっ!
青木が俺を注意する。
「もう。叫んじゃ駄目じゃないですかぁ。でも…」
「…でも…?何だよ…?」
嫌な予感がする…。
青木は俺に耳打ちした。
「椿さんのそういう反応、揶揄い甲斐があって大好き♡」
背筋にゾクゾクしたのが走った。顔がますます熱くなるのを感じる。
「~っ!もう黙れ!俺に近づくんじゃねぇ!こンの性悪野郎!」
「はぁい。でも、満員だから離れらんないですね♡」
図星だ。でも腹立つ。
「~っ!もうお前タヒね!」
「あらぁ。そんな乱暴な言葉使っちゃダメですよぉ。
せっかくこんなにかわいいのに。」
「知るかよ!」
不毛な口喧嘩(?)を繰り返していたその時だった。
ー『まもなく天瀬~天瀬です。お忘れ物のないよう…』
「ほら、着くぞ!」
俺はドアが開いたと同時に改札へ駆け込み、ICカードをタッチさせる。その勢いのまま職場のビルへと向かう。
「待ってくださいよ~。」
青木の声が遠くなっていく。こんな言葉を無視して走り続ける。良い気味だ。
「よし…!」
4分くらい走ってビルに着いた。これでやっと青木と離れ…
「つーばーきーさん♡」
俺の肩に男の手が乗っている。恐怖心から、ゆっくりと振り返ると…
「青木ぃ⁉︎なんでっ…⁉︎」
俺は確かにコイツの遠ざかる声を聞いたはずだっ…。
「もう。椿さん、走っちゃうから裏の道からショートカットしてきちゃいましたよ~」
ヘラヘラしながら青木が言う。
「裏の…道…。」
もうコイツ嫌いだ…大嫌いだ…。
自然と目頭が熱くなった。
「嫌い…お前…嫌い…!」
青木がガッカリしたように言う。
「えぇ~!それだけは言われたくなかったんですけど…って、あれ?椿さん?つばきさ…⁉︎」
久しぶりに走ったせいか、意識が朦朧とする。青木の声が…遠く…。くっそ…俺…みっともな……。
「……うん?」
頭が痛い。ガンガンする…。
…ってか、ここどこだ?あと何故俺はベッドに…。
「…あ!気がつきましたか!よかったぁ。」
とても嬉しそうににんまりしている。…ところで…なぜ青木がいるんだ?
「なんでお前がっ…。ってか、ここどこだよぉっ…。」
「ここは医務室ですよ。使われることはあまりないですけど。あと、僕はあなたを運んだついでに、医務室の人に言われて付き添ってるんですぅ。」
青木は経緯を話した。大体はそうだろうだが、ひとつだけ引っかかるところがある。
「…運んだ…?」
「そうですよぉ。椿さん軽かったから良かったですけど。」
…そうか。肩を貸してくれたんなら、いくらコイツといえども感謝しなきゃな。
「…肩を貸してくれたんだな…。それはありがとう…。」
「いえいえ、椿さんのためならお安い御用ですよ。ってか肩?というより腕?ですかね。」
「……は?」
「ですから、肩じゃなくて、腕ですよぉ。
僕は椿さんをお姫様抱っこで運んだんですぅ。負担かけたくなかったのでぇ。」
青木は『忘れちゃったんですか?』と言わんばかりの顔をしている。
顔がまた熱くなるのを感じる。
「はぁ⁉︎もしかしてここでお姫様抱っこしたのかぁ⁉︎」
「そうです。」
「誰も見てないよな⁉︎」
「いや、ほかの社員とか部長とかが見てました。『どうしたの⁉︎』とか『青木君凄いね~。』とか『佐々木さん、なんかかわいいね。』とか言われした。最後のは余計ですけど。」
当然と言いたげなそのツラを思いっきり殴ってやりたいと思った。
「~っ!」
もう最悪だ。一生分の恥を晒した気分だ。
俺は年甲斐もなく駄々をこねた。
「もう帰る!」
「ダメですよぅ。」
「いやだね。」
「ダメですって。さぁ、行きますよ。」
「うっ…ゔぅ…。」
今日のいつより顔が熱い。涙が溢れて止まらない。青木にだけは見られたくない。布団を必死に目に当てることしかできない自分が世界一みじめに思えてくる。
ガバッ
青木が無理矢理布団を剥ぎ取った。
「やっ…!やめろよぉっ…!」
涙でぐちゃぐちゃの赤面が見られる。
青木は目をまんまるにした。
「…っ!えr…じゃなくて、落ち着いたらちゃんと来てくださいね。」
青木は俺を置いて出ていった。
今日からどんな顔して仕事すりゃあ良いんだよ。本当最悪だ。あのクソ野郎が。
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