瞬くたびに

咲川 音

文字の大きさ
上 下
34 / 82
もう一度

34

しおりを挟む
小さく口に運んでみる。

卵の優しい甘さとダシがきいた、シンプルな味が体にしみこんでゆく。

「おいしい」

葵のつぶやく声に、結々はほっとしたのか少し泣きそうな顔をした。

「よかった。まだありますから、たくさん食べてください」

ベッドの横に座って、葵が食べるのを眺めている結々に、葵が問いかける。

「俺、倒れてたの?」

「はい、ベッドの上に倒れててびっくりしました。あ、勝手に入ってきてごめんなさい。おかずを届けに来たんですけど、鍵が開いていて、それでどうしたんだろうって思って」

しどろもどろに説明する結々は、必死に言葉を探しているようだ。

葵はそんな結々から視線を外すと、自分の手元を見つめながら言った。

「今何時?」

「あ、えっと、もう九時になります。ごめんなさい、食器とかお鍋とかどこにあるのか分からなくて手間取っていたらこんな時間に……あっ、勝手にお家の中探し回っちゃって、すみませ……」

「もういいって、謝らないで」

遮る葵の言葉に、結々はびくりと身をすくめる。

「むしろこっちが迷惑かけたんだから。ごめん」

けれどその後に続いた葵の言葉に、結々はぶんぶんと首を横に振る。

「迷惑なんかじゃないです!全然!」

その言葉に葵はまた食べるのを再開して、部屋に静けさが戻った。

食器のぶつかる小さな音だけが聞こえるのみで、二人とも口を開かない。

ひざを抱えてじっとしていた結々であったが、いたたまれなくなったのか突然立ち上がってシンクの方へ向かうと、手にタッパーを持って葵に見せた。

結々がおかずを詰めて持ってきていた、空のタッパーである。

「先輩、あの、これ食べてくれたんですね。ありがとうございます。持って帰っておきますね」

「ああ……」

何も作る気が起きなくて、ここ数日、結々の持ってきてくれた差し入れを食べていたことを思い出す。

シンクにそのまま放り込んであったのを、結々が見つけて洗ってくれたのであろう。

と、足元におかれたビニール袋からリンゴを取り出した結々はにっこりと笑ってみせた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】婚約破棄の代償は

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,789pt お気に入り:385

侯爵令嬢のお届け便☆サビネコ便が出来るまで☆

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,146

思い付き短編集

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:121

わたしたち、いまさら恋ができますか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,192pt お気に入り:379

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,891pt お気に入り:4,075

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,535pt お気に入り:11,873

この逆ハーレムには理由(ワケ)がある!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:852pt お気に入り:2

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14,563pt お気に入り:1,874

処理中です...