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~かりそめ夫婦の解消~

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『森園主任がすごい美女とホテルに入るとこ見ちゃった!』
と、元同僚の亜希から連絡が入った。
『森園主任もか~ちょっと残念!』
と、ショックを滲ませる亜希に理名は驚くでもなく、悲しむでもなく『そうだね……』と淡々と返した。
『気を落とさないでよ!』と言って電話を切った亜希だが、だったらわざわざ知らせなくてもいいのに……と理名は思う。
こうゆうところが女の嫌なところだ。心配だかといいながら、わざわざ相手がショックを受けるだろう情報を教えてくる。
本当に心配しているなら、意気揚々と連絡はしてこないだろう。
ただ亜希の場合はわざとというより、元々デリカシーがないのだ。昔から大雑把な性格で本人は悪気がない……のが余計に質が悪い。これが計算なら本当に恐ろしい限りではあるが……。

友人のいらぬお節介で朝から気分が落ち込んでしまった理名ではあるものの、京介に浮気確定ならぬ“恋人あり確定”してしまった以上、婚姻関係は続けることは出来ないと判断した。

(あとは、その恋人にお任せしよう……)

とりあえず役所に行って離婚届け……もらってこないと……。
胸のモヤモヤはスルーして、出掛ける準備をする。

「え?何……?」

思いもよらず流れた生温かいものに理名は胸を締め付けられた。

「男なんて……バカで学習しない生き物……なのに」

学習しないのは……自分……だ、と気づいてしまった。いや……気づかないふりをしていたのだ。
あくまで“かりそめの夫婦” もし個人的感情を持ち込めば終わってしまう関係だ……理名は“かりそめ”でも“夫婦ごっこ”を楽しいと思い始めてから、この関係を壊したくないと思った。
男なんて信じるに値しない……もう誰も信じないし好きにならないと……決めたのに。
どんなに胸の奥に押し込めても、どれだけ自分の気持ちを偽っても、溢れる思いは止まらない……。

“京介さんが………” 胸のうちで囁くけれど、残るのは虚しさだけ……。
京介に恋人の存在が発覚したのなら、自分の存在は必要ない。契約結婚でもかりそめの夫婦でも“夫婦”という形を楽しめた……それだけで十分だ。






「これは……!?」
目の前に出された緑の用紙に京介は愕然とした。
「契約結婚……婚姻関係を解消しようと思います」
理名はいたって冷静にそう答えた。
「ど、どうしてそんな急にっ!」
めずらしく狼狽える京介に何をそんなに驚いて……?と理名は思ったけれど、理名の気持ちは固まっている。
別れるなら傷の浅いうちがいい!
「京介さんに恋人がいることは知っています。このまま私と婚姻関係を続けるのは相手の方に失礼ですし、やはり結婚は好きな人とするのが……一番ですから……」
理名が淡々と喋るなかで京介の整った顔が徐々に何を言ってるんだ?と盛大に歪んでいく。
「こ、恋人? 誰の……だ!?」
「?……ですから、京介さんに好きな人が出来たことは知っているので、私と無理して婚姻関係を続けなくても、その方にお願いして……」
「無理? 君は……何を勘違いしているんだ」

(京介……さん怒ってる? どうして?)

「ですが京介さん……最近家にいても電話があるといそいそと出掛けますし……その時々……香水を付けて帰ってきますし……それに京介さんが女の人と……ホテルに入って行くところを見たと友人が……ですから……」

京介は頭を抱えた。怪しまれる行動を取った自分が悪いが……まさか恋人がいると勘違いされるとは……と。
「……何から言えばいいんだろうか? まずそのホテルは父の会社が取引先の接待やパーティーを開催する時に使わせて貰っているホテルで……彼女は……」
「あ、やはり“彼女”なんですね!別に私に隠さなくても?」
「その“彼女”じゃない!俺は……っ」
京介は慌てて口をつぐんだ。
「?」
「とにかく彼女とは仕事の打ち合わせでホテルで落ち合っただけだ。怪しまれるようなことは一切ない」
「……そうですか。でも、これ以上婚姻関係を続けるのは無理なので。それと私が一方的に契約を破棄するので、約束の“報酬”は結構です……」
一歩も引かない理名に京介は震えた。このままでは本当に終わってしまう……。
「り、理名さん……理由を教えてほしい。確かに契約結婚ではあるが、こんな一方的な“離婚”は納得出来ない!」
「京介さん……それは……」
「君は前に軽い気持ちで契約結婚したんじゃないと、責任は果たすと言った。俺も適当に選んで君に頼んだわけじゃない。確かにあの時の君は冷静な判断が出来ていなかったかもしれない。でも君が信頼できる人間(ひと)だったから、契約結婚なんて失礼だと知りながら恥を忍んでお願いしたんだ……君は途中で責任を放棄するのか?」
「……」
理名は何も言えなかった。返す言葉が見つからなかった……。
京介は何一つ間違ったことを言っていないから……。

「とにかく、この破棄(はなし)は……すぐには受け入れられないから、俺は……」

少し悲しそうな表情を浮かべる京介に理名は気づくことはなかった。
その夜、マンションを出て行った京介は帰って来なかった。

リビングのテーブルには緑の紙が置かれたままになっていた。

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