上 下
14 / 14

十三

しおりを挟む
「淑妃の様子はどうだ」
「そ、それが一向……に、その……」
皇帝は政務の合間を縫って度々淑妃の宮殿に足を運んでいた。このひと月近く医官が手を尽くしているにも関わらず、淑妃が覚める気配がないことに憤りを感じていた。
そんな皇帝の横で歯切れが悪くおどおどと口にするのは妃嬪お抱えの侍医である。
宦官のせいか柔和な印象を与えるその医者は、なかなか目を覚まさない妃に焦っているのか、もしくは妃一人救うことが出来ない役立たずな医者と烙印を押され、皇帝の逆鱗に触れることを恐れているのか。侍医は尋常じゃない冷や汗をかいていた。
「何だ!はっきり申してみよ」
皇帝の言葉に侍医の丸まった背中がグンと伸びる。
「は、はい!では申し上げます……淑妃様の体内には処置が早かったこともあり、ほとんど毒は残っておりません。ですが、ひと月近くなっても目を覚まされないのは異常と申しますか……他に原因があるとしか思えないのです……」
侍医の言葉に皇帝の表情が険しくなり、侍医は「ヒィ」と顔を引き攣らせた。
「して、その原因とは何だ」
「げ、現状でははっきりとはわかりません。ただ考えられることは……御心の問題ではないかと……」
昨晩、翠季に呼ばれ明琳が推測した事柄を聞かされたばかりだ。淑妃が目を覚まさない原因が本当に……。
「毒と目を覚まさないことは何か関係はあるのか」
「……毒はきっかけに過ぎないかと……」
「そうか……だが何が原因であろうと治療に手は抜かぬよう努めよ」
これ以上は手の尽くしようがない侍医ではあるが、皇帝に命令されれば何もしないわけにはいかない。とりあえず役立たずの烙印を押されずに済んだことに安堵して侍医は薄い頭を深々と垂れた。

「もう少し淑妃を思いやるべきだったのだろうか……」
執務室で皇帝は先ほどと打って変わって小さくなっていた。
「……そんなことより、早く書簡に目を通してくれ」
「永鍬……ちょっと冷たくないか、淑妃がこんな時に……」
「いやいや、お前が淑妃殿の見舞いに行く度に大量の仕事が俺に降りかかっているんだぞ!」
こめかみに青筋を立てながら苛立ちを隠せない永鍬に皇帝はますます小さくなっていく。
「淑妃殿のことは心配ではあるが、皇帝のお前が妃一人に振り回されてどうする?」
「それは……わかってはいるが、淑妃が嫁いできた時……後宮で生きていけるのだろうかと思うほど儚く見えたのだ……」
「まあ、淑妃殿は後宮で生きていくには確かに繊細すぎるな。だが妃として後宮に入った以上、本人も覚悟の上だろう。ただ後宮には守られているだけの花は必要ない……がな」
皇帝は切れ長の目を瞬かせた。
「何だ?」
「お前って、時折……辛辣なことを言うな。淑妃に恨みでもあるのか」
永鍬は少し呆れたように息を吐くと、躊躇なく口にした。
「そうだな、しいていえば宴の時に体調を崩して簡易天幕(テント)で休んでいた俺を、本当なら明琳が見舞ってくれるはずだったと凌恂から聞いたんだが、淑妃殿のことがなければ俺は愛しい明琳に会えたんだよな」
目一杯の皮肉を込めて永鍬がちらりと皇帝を見る。
心のさもしい男がここに一人。文官としては非常に優秀で頼りになる友であり片腕でもあるのだが、こと明琳のことになると理性がふっ飛ぶようである。
昔から永鍬にとって明琳は特別な存在であり、明琳以外の女はそこら辺に転がる石ころぐらいにしか思っていない。かといって明琳を女として見ているわけでもない……。
皇帝は友の一風変わった思考に呆れつつ、友の言葉に重い溜息を吐いた。





***





「守られているだけの花は必要ない。と永鍬に言われてしまったよ」
「まあ、永鍬ったら案外辛辣なのね」
ふふ、と翠季は愉しそうな声を漏らした。
「私も同じことを言ったよ。けれど間違ってはいない……だからこそ、色々と考えてしまうのだよ」
「まあ、お優しいこと。では、わたくしも一つよろしいかしら?」
「ああ、かまわないよ」
「後宮に弱い女は要りません!永鍬が言うように守られるだけの妃は邪魔なだけですわ」
「……」
「わたくしも明琳も淑妃様にはそうなってほしくないのです。ここは陛下の御力で是非とも淑妃様を一人前の妃にして差し上げてくださいませ」
「……翠季」

妃一人に振り回されるような男では困るが、女心がわからないのも困る。皇帝としては申し分ない人物ではあるが、男としては幾分頼りないこの男を上手く動かすのも皇后としての役目だと翠季は心得ている。

それでも溜息を吐かずにはいられない翠季なのであったーーーー


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

ルテニアR(スパイ会議)

門松一里
ライト文芸
日本の神戸市で各国のスパイが集まって戦争回避をするのですが、話し合いになるはずもなく、会議は踊り続けるのでした。#blackjoke #小説 平和を祈ります

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...