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十一

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夏の宴からしばらく経つものの、淑妃は目を覚ます様子はなかった。

今回の騒ぎはあっという間に尾ひれが付きにつきまくり後宮中を駆け巡った。

これは上級妃の地位を狙って下位の妃が毒を仕込んだとか。
やれ上級妃の確執が原因だの。
はたまた淑妃に横恋慕する官吏の仕業などなど。あらぬ憶測があれよあれよとひとり歩きしていた。
後宮という場所にいると宮女の娯楽といえば噂話くらいしかなく、その中でも刺激的なものならなお嬉しいものだ。自分たちに毛が生えたような下っ端妃嬪の間で起こるしょうもない罵り合や喧嘩より、上位の妃の間で起こる揉め事の方がよっぽどわくわくして何倍も刺激的だ。
今回は上級妃が毒を盛られたという衝撃的なことではあるが、それでも宮女たちにとっては、かっこうの暇潰しの材料だ。

「その淑妃って亡くなったの?」
「まだらしいよ」
宮女や宦官と一緒に夕餉を取っていた香寿の耳に、心配するでなく淑妃の不幸を待っているような宮女たちの話し声が聞こえてきた。

二日ぶりに後宮の端の端に来てみると、なぜか山盛りの洗濯物がそのまま残っていた。洗濯係の下女は他にも大勢いて、なぜ洗濯物がこんなに残っているの?と香寿は呆れた溜息を吐くしかなかった。
以前から何かと理由をつけてはサボる下女がいるのは知っていた。少しの息抜きくらいならと見逃してきたが、全く手を付けられていない山のような洗濯物を見ては給金泥棒と言わざる得ない。下女にもそれなりの給金が払われているのだ、その分の仕事はしてもらわないと困る。と思っていても新参者の自分が余計な口を出すと仕事がやりづらくなることもあって、ここは黙って仕事をするしかなく、山盛りの洗濯物をなんとか洗い終えると、夕餉の時間だった。

噂話をするのは自由だが、毒を盛られて目を覚まさないからと“亡くなった”とか“まだ”とか無神経としかいいようのない言葉に香寿はカチンとする。
宮女たちに文句の一つも言ってやりたいが、香寿が問題を起こすわけにはいかず我慢するしかなかった。
「あんたたち、仕事もしないで下らないお喋りばかりするなら他の所に行ってくれても構わないんだけどねえ」
そう言って現れたのは由稟だった。
宮女の監督係の由稟に睨まれるとしゅんと押し黙る宮女たち。
由稟のことだから誰がサボっているとか把握しているのだろう。
宮女の仕事はどれも大変だが、洗濯場は他の所よりかは比較的自由が利くこともあり他の仕事場には行きたがらない宮女が多いのだ。
「今後、決められた仕事が出来ないなら他にいってもらうよ!それに、まだも何も淑妃様が亡くなると決まったわけじゃないよ」
由稟の剣幕に圧された宮女たちは小さくなり、そそくさと立ち去って行った。

「食堂で会うなんてめずらしいじゃないか」
由稟は夕餉の盆を持ちながら香寿の前の席に座った。
「ええ、たまたま……」
「ほんと無駄口ばかり叩いて仕事しないって、後宮に何しに来てるんだか」
「由稟さんでも愚痴を言うことあるんですね」
「そりゃ、うちも人間さあね。愚痴の一つくらい言うさ」
「そうですね……人間ですもの愚痴くらい……」
「え?」
「あ、いえ……それより淑妃様は大丈夫でしょうか?」
由稟の大きな体には宮女の質素な食事は到底足りないだろう。あっという間に由稟の汁物と粥はなくなっていた。
「……うちは仕事上、後宮をうろうろすることが多いだろう?淑妃様をお見掛けすることもあって、最近どこか元気がないとは思ってたんだけど……さ」
それを聞いた香寿はぐいっと由稟に詰め寄った。
「それは、いつ頃ですか?」
香寿の食いつきに、思わず大きな体をのけ反る由稟。
「ああ、はっきりとは言えないけど、この間の宴のちょっと前くらいだと思うけど……」

香寿は何かを思いついたように席を立ち「あ、由稟さん。わたしの夕餉食べちゃっていいですよ」と、その場を足早に去って行った。

あ然とする由稟の前には、手を付けられていない夕餉が寂しく残されていた。


香寿は慌てて翠季のいる宮殿に向かったーーーー
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