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最近、宮女の間でとある噂が流れていた。

 “医局に幽霊が出る” と。

後宮にある医局には一人の医官が常駐しているのだが、それがどうも藪医者ともっぱらの噂で。熱が出たと薬を貰いに行くと、特に診ることもせず効かない薬を渡されたり。切り傷やあかぎれなどで薬を貰いに行っても、これも適当な軟膏を渡され余計に酷くなったり……と、とにかく余り良い噂を聞かない医官なのだが、そんな医局に夜中ゆらゆらと揺れる白い影が見える……と宮女の間で騒ぎになり、いつの間にか “幽霊” になったようだ。

それを香寿が知ったのはつい先日のこと。
たまたま洗い場で一緒になった宮女たちが興奮気味に話していたのを、たまたま耳にしたのだ。
夜更けに医局から白い影が出て来た……とか、白い玉のようなものが揺ら揺ら浮いていたとか……など。尾ひれを付ければきりがないが、そもそも最初に “見た” という宮女は、なぜそんな夜更けに医局のあるあの場所にいたのだろうか……という不粋なことは触れないでおこう。

というわけで、香寿は噂の真相を確かめるために皆が寝静まった深夜、運良く後宮入りしていた凌恂を伴って医局近くに忍んでいた。
「明……明琳?これはどういうこと?」
茂みに隠れている香寿の後ろで凌恂が何か違う……と言いたげに口にする。
「しっ!静かに、それに今は香寿よ!」
細い指を艶やかな小さい唇に当てる姿に凌恂の顔が思わず緩む。
「いやいや、夜に宮殿に来て……って、この為?」
「そうよ!最近医局で幽霊が出るって噂なの……凌恂がいてくれて助かったわ!それ以外になにかある?」
「いや別に……はは」
夜に来てと言われた日の夜は一睡もできなかった。凌恂の淡い期待は見事に散ったのだ。
というか、そもそも初めから甘い夜……など存在しない。
妄想するなど烏滸がましい!と翠季がいたらどんな目に合わされていたかわからない。なんなら不敬罪で首が飛びかねない案件である。

「明……香寿、帰ろう! こんなこと香寿のすることじゃないよ! 宦官長にお願いして巡回して貰えばいい!」
凌恂のある言葉に香寿の綺麗な眉尻がピクンと反応した。
「宦官長……遊鬢(ゆびん)にお願い……!?」
凌恂はしまったと口を押さえたこところで後の祭りである。
「いや……これは、別に遊鬢殿ではなく……他の宦官に頼めばいいことだし……」
「いいえ! これはわたしが解決します!」
昔から言い出したら聞かない性格で。それを幼なじみである自分が嫌というほど知っていた……のに、自分の余計な一言でさらに火を付けてしまうとは……とガックリ項垂れる凌恂だった。
「と、取り敢えず今日はもう帰ろう! これだけ待ってもなにも出てこないし……」と口にした矢先、少し先の所で女の悲鳴が聞こえてきた。
「え……なに?」
香寿と凌恂は目を合わせると、声のした方へ急いで向かう。
「……香寿、待って!」
深い闇の中を走るのは容易ではないが、香寿はお構いなしだ。高貴な姫のすること……できることではない。
そういえば明琳は昔から木登りやかけっこが得意だったな……と、この状況で昔を懐かしむ凌恂は如何せん呑気過ぎるだろうと思わなくもないが、そんな凌恂のすぐ横を “お前の仕事はなんだ!!” と、二つの影が通り過ぎていった。
「!」
やや遅れて到着すると、香寿の足下には宮女が一人倒れていた。
「……これは?」
「わたしが着いた時にはすでに倒れていて……」
「……っうう」
「気がついた? 大丈夫?」
「……あ、わたし……ゆ、幽霊、見たんです!」
宮女は香寿にすがりつくように蒼白な顔をして叫んだ。
「あ……あそこに白い……影が……」そういって、宮女が指をさした先には、確かに白い薄ぼやけた影が揺れていた。
「ぎゃあああっ!!」と、情けない声を上げたのは、宮女でも香寿でもなく………凌恂だった。

 “大丈夫か、この男?”と思ったのは香寿ではなく、身を潜めていた二つの影だった。


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