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薄紅の花が舞う四月ーー迎える正門は異国の宮殿を思わせる重厚でクラシカルな門、聳え立つ壁は先が見えないほどに続いていた。
都心の一等地によくこれだけの建物(もの)を構えることができると、庶民はただただ感心する。
国内屈指の超の付くお坊ちゃんお嬢様学校なのだから当然か……と納得するものの。
生徒の家から多額の寄付が入るんだから学園の品格を保つには困らないだろうな……なんて下世話なことを考えてしまった自分に呆れつつ、これからの学園生活に一抹どころではない不安を抱えまくるーー皇朱綺(すめらぎあき)は重い溜息をついた。
「本当に煌星学園(ここ)に通わないとダメなの?」
最後の足掻きとダメもとで呟く。
縋るような視線の先にはコクリと頷く者たち。
いくら両親の願いとはいえ、どう見ても自分のような人間が通える学校ではない。入学金や授業料、寄付金がバカ高いことは有名だ。そして自分の家にそんなお金が無いこともよく知っている。それなのになぜ『煌星学園に入れ』と遺言を残したのだろう?
そのことを知ってから朱綺は頭を傾げるしかなかった。
何よりいちばんの疑問は、なぜ入学できたのか……だ。
まず家柄や財力的な部分で落とされると思っていたのに……受かってしまった。
入学金をはじめ高校・大学までの六年間の学費・寄付金・その他諸々の費用が全て免除での合格通知が届いた時はさすがに驚いた。
『父君と母君の願いだからな。仕方あるまい』
『我々がいるのだから心配するな』
『折角なのだから楽しまぬとな』
『そうそう!ここの学食超美味いと評判だ!』
(なんでそんなこと知ってるのよ?)
それぞれが好き勝手なことを言う。
人の気も知らないで……と朱綺はガクリと肩を落とした。
気になることはたくさんあるが……今の自分にできることは親の遺言に従い“煌星学園”に入ること。
(まあ、なるようにしかならないし…)
気は進まないものの、唯一の家族になった者たちにせっつかれ……朱綺は重厚な門を潜った。
ただ、そこには朱綺の姿しかなかったーー
***
「今日はお粗末な食事は持ってきてないのかしら?」
穏やかな陽射しが心地良い昼下りーー
ひとりの令嬢の登場に朱綺は小さな溜息をついた。
(癒やしの時間が…)
煌星学園に入学して一か月余り……。
なぜか朱綺を目の敵にして絡んでくるお嬢様がいる。
白川礼華(しらかわれいか)。大企業の令嬢で派手な見た目に態度もデカく。世の中は自分の為にあると思っている典型的な(痛い)お嬢様だ。
昼どきになると現れて人のお弁当にケチをつけてくる。毎回どうでもいい嫌味を言ってくるので、さすがの朱綺もウンザリしていた。
だからと朱綺を助けてくれる者はもちろん、礼華に注意する者などこの教室には一人もいないのだが。
「白川さん…今日も麗しく《暑苦しく…》、まだお弁当に興味が?《ヒマ人ですね…》」
「上流階級の者として、下々の生活を知っておくことも必要ですわ!」
オホホとばかりに礼華の高笑いが教室に響き渡る。
(ほんと面倒くさい…)
入学してわかったのは、やんごとなき家の子たちが通う学校も、庶民が通う学校も中身はさして変わらないということ。ただ金や権力がある分……お坊ちゃんお嬢様たちの方が、出方を間違えれば質が悪いのでは……と若干構えてしまうことはなくはないが、こと白川礼華に関しては、ただのバカな勘違いお嬢様と認識している。
「…お弁当の中身はいつもと同じですよ?」
「まっ、あなたにはお似合いのお食事ね!わたくしは一流シェフが作ったフレンチでも頂いて来ようかしら」
したり顔の礼華は取巻きを連れて去って行った。
「ほんと、何なの…?」
貴重な昼休みを削ってまで何がしたいのか……お嬢様という理解しがたい生き物を朱綺は憐憫の眼差しで見つめた。
しかし、そんなことより大事なことがある!学園生活でお昼の時間とお弁当だけが唯一の楽しみである朱綺は「やっとお昼が食べられる!」と年季の入ったリュックからいそいそとお弁当箱を取り出した。
「…ん?軽い…」
お弁当箱の違和感に朱綺はおそるおそる蓋を開けた。
「ーー!!」
煌星学園の敷地内には、各所に“高級レストラン&カフェ”が併設されている。世間一般でいうところの“学食”のようなものだ。
朱綺たち高等科の生徒が利用する食堂は緑に囲まれた静かな場所にある。全面ガラス張りのお洒落な建物で、店内は自然の光で溢れていた。真っ白なテーブルクロスの掛かった丸テーブルはスペースを十分に取り配置され、仕切りの付いたカウンターテーブルが窓側全体に設置されている。高校の学食にはないゆったりとした空間と豪華なランチがそこにはある。もちろん調理をするのは食堂のおばちゃんではなく、一流ホテルやレストランで腕を振るったシェフたちだ。メニューも日本食にイタリアン、フレンチに中華、B級グルメとバラエティに飛んでいて飽きがこないように工夫されている。
入学当初お弁当を忘れた朱綺が軽い気持ちで足を運んだら、場違い過ぎてお昼を食べ損ねたことがあり、以来意地でもお弁当を忘れないように細心の注意を払うようになった。
ちなみに学園では食堂でも学食でもなく“カフェ”と教師も生徒も呼んでいる。
ーー“彼ら”は危機感を感じていた。
いつもより“朱綺の機嫌が悪い”からだ。“お弁当を食べた”のは、さすがにマズかった……と今さらながら慌てだす。悪さをしてもいつもは怒って終わりなのに、今回は口も聞いてくれず怒りも長い……。
焦った彼らは機嫌を直してもらおうと、彼らなりの反省の言葉を口にする……。
『そう怒るな』
『機嫌を直してはどうだ』
『すまぬと思っておるぞ』
『怒ると余計に腹が減るぞ~』
全然、反省ではなかった。
そもそも誰のせいでこんな状況になったと思ってるのか!
行きたくもない学食に向かってるのは、誰のせいか!?
朱綺のこめかみにピキピキと青スジが浮かぶ。
「人のお弁当を盗み食いした口がそれを言うかあ!?」
『い…っででで、悪かったよ~』
『盗み食いとは聞き捨てならぬ』
『少しばかり味見をしたまでだ』
『旨かった…』
朱綺は初めて殺意というものを抱いた。
食べ物の恨みは恐ろしいとはまさにこのことだ。
なら、彼らにも同じ目に合ってもらおう。朱綺の目の奥がキランと光る。
「向こう一週間、ご飯……」
『『『『…すまなかった』』』』
……。
………。
「…次はないよ!」
呆れた溜息とともに結局は許してしまうのだ……。
朱綺は子供のころ“あやかし”と契約をした。
赤鬼の紅(コウ)
青鬼の蒼(ソウ)
白狐の白(ハク)
天狗の天(テン)という、四人のあやかし達と。
といってもほとんど不可抗力だったが。今も朱綺のそばにいて朱綺を守っている。
小学校に上がる前、朱綺は家の蔵にあった薄汚れた“小箱”を見つけ蓋を開けた。その箱がどんな箱かも知らず。そして中から飛び出てきたのが“彼ら”だった。
“この日をどれほど待ち望んだか!娘!よくぞ開けてくれた!感謝する!”
そう言ってあやかしたちは泣いた。
子供にあやかしだと言ってもわからない。
単純に小さい動く人形が出てきた~くらいの感覚だろう。
お気に入りのぬいぐるみと同じくらいあやかしたちのことも好きになり、親に隠れてあやかしたちと遊ぶことが増えた。しばらくして“小箱”の封印が解かれた!!と、親が大騒ぎしていたのを朱綺は幼いながら覚えている。
その両親も一年前、車の事故で逝ってしまった。
だから朱綺にとっては、このあやかしたちが唯一の家族で心の寄り所だ。
そして彼らも。普段も適当でいい加減でしょっちゅう朱綺を困らせては怒られているが、彼らにとって朱綺は大切な主で家族だ。本当に朱綺を悲しませることはしない。
ただ、たまーにおイタが過ぎて本当に“ご飯抜き”にされるので、彼らにとって“ご飯抜き”は、何をおいても阻止すべき最重要ミッションだった。
「とにかく食堂では大人しくしててよ!」
『もちろんだ(紅)』
『気をつけよう(白)』
『心配無用じゃ(天)』
『任せてよ~(蒼)』
(本当に…?)
心もとなくはあるが、彼らもバカではない……はず。
ただ問題が一つある。校舎からカフェまで走っても最低五分……徒歩なら十分はゆうに掛かってしまうこと。
(昼休みが終わってしまう!)
食堂と教室の往復で時間を使うのは無駄としか言いようがない。昼休みはゆっくり過ごしたい朱綺にとって、今後の重要課題はあやかしからお弁当を死守すること。
「…!?」
カフェに急ぎ足で向かっていると、木の陰から人影が見え “ぶつかる!” と思った瞬間、衝突せずに済んだのは相手がとっさに避けてくれたのもあるが、彼らが “力” を使ったからだ。
「ごめん、大丈夫!?」
青年は落ち着いた口調で聞いてくる。ブレザーの衿のバッジの色で相手が三年の先輩だとわかった。
煌星学園の高等科と中等科は学年ごとにバッジの色が違う。
高等科:三年[金]二年[銀]一年[銅]
中等科:三年[赤]二年[黒]一年[白]になっている。
「こちらこそ、すみません!」
直接は関係ないが、相手は上級生なので一応頭を下げる。そして顔を上げた瞬間、朱綺は固まった。
「どうかした?」
「あっ……いえ、大丈夫です。ぼーとしてしまって…」
「なら良かった。驚かせて悪かったね」
「…いえ」
校舎に向かう青年の後ろ姿に「圧倒的に…綺麗な男の人っているんだね」と朱綺は感嘆の声を漏らす。
単純に綺麗とかではなく、どこか妖しい雰囲気を纏った……例えるなら漆黒の闇のような人。そんな印象を受けた。
『あり得ん(紅)』
『認められんな(白)』
『そこそこじゃな(天)』
『まあまあじゃね~(蒼)』
「あんた達!なに言って…っ、やっぱりご飯……」
『『『『撤回する』』』』
***
「何か良いことでもございましたか?」
そう口にするのは上質なスーツを着た上品な六十前後の男性。格好、佇まいからして、どこぞの由緒正しい家の執事だろう……。
「皇の娘に会ったよ」
問われた若い男は嬉しそうに言う。
「…小匣の封印を解いた娘ですな」
「穢れのない目をした娘だ。少々気は強そうだが。“四天王” が騎士(ナイト)気取りでそばにいたよ…くっ…くっ」
「あなた様に気づいたのでは…」
「いや…そんな素振りはなかった」
執事は一礼すると男の背後に立つ。
「次に会うのが楽しみだ」
男は執事の淹れた紅茶を一口含むと、愉しげな笑みを浮かべた……。
その頃ーー
朱綺とあやかし達は、呑気に夕飯の準備をしていた。
あやかし達にいたっては、ご飯はまだかとせっつくだけで、手伝いどころか邪魔をしているだけだ。
「もうすぐ出来るから! ちょっ…これは明日のお弁当のおかずなんだから、つまみ食いしたら本当に……」
あやかし達は秒でテーブルに戻ると、待てと言われた犬のように大人しくご飯が出てくるのを待つ。そんな彼らの姿が可愛いくて思わず笑ってしまう。
「お待たせー!今日は豆腐と鶏むね肉のハンバーグだよ!」
『『『『おー、ご馳走だ!』』』』
あやかし達の目がキラキラと輝いた。
「こらこら人数分あるから、取り合いしない!」
そして今日も騒がしいながら、あやかし達と食卓を囲めたことに朱綺は感謝したーー
都心の一等地によくこれだけの建物(もの)を構えることができると、庶民はただただ感心する。
国内屈指の超の付くお坊ちゃんお嬢様学校なのだから当然か……と納得するものの。
生徒の家から多額の寄付が入るんだから学園の品格を保つには困らないだろうな……なんて下世話なことを考えてしまった自分に呆れつつ、これからの学園生活に一抹どころではない不安を抱えまくるーー皇朱綺(すめらぎあき)は重い溜息をついた。
「本当に煌星学園(ここ)に通わないとダメなの?」
最後の足掻きとダメもとで呟く。
縋るような視線の先にはコクリと頷く者たち。
いくら両親の願いとはいえ、どう見ても自分のような人間が通える学校ではない。入学金や授業料、寄付金がバカ高いことは有名だ。そして自分の家にそんなお金が無いこともよく知っている。それなのになぜ『煌星学園に入れ』と遺言を残したのだろう?
そのことを知ってから朱綺は頭を傾げるしかなかった。
何よりいちばんの疑問は、なぜ入学できたのか……だ。
まず家柄や財力的な部分で落とされると思っていたのに……受かってしまった。
入学金をはじめ高校・大学までの六年間の学費・寄付金・その他諸々の費用が全て免除での合格通知が届いた時はさすがに驚いた。
『父君と母君の願いだからな。仕方あるまい』
『我々がいるのだから心配するな』
『折角なのだから楽しまぬとな』
『そうそう!ここの学食超美味いと評判だ!』
(なんでそんなこと知ってるのよ?)
それぞれが好き勝手なことを言う。
人の気も知らないで……と朱綺はガクリと肩を落とした。
気になることはたくさんあるが……今の自分にできることは親の遺言に従い“煌星学園”に入ること。
(まあ、なるようにしかならないし…)
気は進まないものの、唯一の家族になった者たちにせっつかれ……朱綺は重厚な門を潜った。
ただ、そこには朱綺の姿しかなかったーー
***
「今日はお粗末な食事は持ってきてないのかしら?」
穏やかな陽射しが心地良い昼下りーー
ひとりの令嬢の登場に朱綺は小さな溜息をついた。
(癒やしの時間が…)
煌星学園に入学して一か月余り……。
なぜか朱綺を目の敵にして絡んでくるお嬢様がいる。
白川礼華(しらかわれいか)。大企業の令嬢で派手な見た目に態度もデカく。世の中は自分の為にあると思っている典型的な(痛い)お嬢様だ。
昼どきになると現れて人のお弁当にケチをつけてくる。毎回どうでもいい嫌味を言ってくるので、さすがの朱綺もウンザリしていた。
だからと朱綺を助けてくれる者はもちろん、礼華に注意する者などこの教室には一人もいないのだが。
「白川さん…今日も麗しく《暑苦しく…》、まだお弁当に興味が?《ヒマ人ですね…》」
「上流階級の者として、下々の生活を知っておくことも必要ですわ!」
オホホとばかりに礼華の高笑いが教室に響き渡る。
(ほんと面倒くさい…)
入学してわかったのは、やんごとなき家の子たちが通う学校も、庶民が通う学校も中身はさして変わらないということ。ただ金や権力がある分……お坊ちゃんお嬢様たちの方が、出方を間違えれば質が悪いのでは……と若干構えてしまうことはなくはないが、こと白川礼華に関しては、ただのバカな勘違いお嬢様と認識している。
「…お弁当の中身はいつもと同じですよ?」
「まっ、あなたにはお似合いのお食事ね!わたくしは一流シェフが作ったフレンチでも頂いて来ようかしら」
したり顔の礼華は取巻きを連れて去って行った。
「ほんと、何なの…?」
貴重な昼休みを削ってまで何がしたいのか……お嬢様という理解しがたい生き物を朱綺は憐憫の眼差しで見つめた。
しかし、そんなことより大事なことがある!学園生活でお昼の時間とお弁当だけが唯一の楽しみである朱綺は「やっとお昼が食べられる!」と年季の入ったリュックからいそいそとお弁当箱を取り出した。
「…ん?軽い…」
お弁当箱の違和感に朱綺はおそるおそる蓋を開けた。
「ーー!!」
煌星学園の敷地内には、各所に“高級レストラン&カフェ”が併設されている。世間一般でいうところの“学食”のようなものだ。
朱綺たち高等科の生徒が利用する食堂は緑に囲まれた静かな場所にある。全面ガラス張りのお洒落な建物で、店内は自然の光で溢れていた。真っ白なテーブルクロスの掛かった丸テーブルはスペースを十分に取り配置され、仕切りの付いたカウンターテーブルが窓側全体に設置されている。高校の学食にはないゆったりとした空間と豪華なランチがそこにはある。もちろん調理をするのは食堂のおばちゃんではなく、一流ホテルやレストランで腕を振るったシェフたちだ。メニューも日本食にイタリアン、フレンチに中華、B級グルメとバラエティに飛んでいて飽きがこないように工夫されている。
入学当初お弁当を忘れた朱綺が軽い気持ちで足を運んだら、場違い過ぎてお昼を食べ損ねたことがあり、以来意地でもお弁当を忘れないように細心の注意を払うようになった。
ちなみに学園では食堂でも学食でもなく“カフェ”と教師も生徒も呼んでいる。
ーー“彼ら”は危機感を感じていた。
いつもより“朱綺の機嫌が悪い”からだ。“お弁当を食べた”のは、さすがにマズかった……と今さらながら慌てだす。悪さをしてもいつもは怒って終わりなのに、今回は口も聞いてくれず怒りも長い……。
焦った彼らは機嫌を直してもらおうと、彼らなりの反省の言葉を口にする……。
『そう怒るな』
『機嫌を直してはどうだ』
『すまぬと思っておるぞ』
『怒ると余計に腹が減るぞ~』
全然、反省ではなかった。
そもそも誰のせいでこんな状況になったと思ってるのか!
行きたくもない学食に向かってるのは、誰のせいか!?
朱綺のこめかみにピキピキと青スジが浮かぶ。
「人のお弁当を盗み食いした口がそれを言うかあ!?」
『い…っででで、悪かったよ~』
『盗み食いとは聞き捨てならぬ』
『少しばかり味見をしたまでだ』
『旨かった…』
朱綺は初めて殺意というものを抱いた。
食べ物の恨みは恐ろしいとはまさにこのことだ。
なら、彼らにも同じ目に合ってもらおう。朱綺の目の奥がキランと光る。
「向こう一週間、ご飯……」
『『『『…すまなかった』』』』
……。
………。
「…次はないよ!」
呆れた溜息とともに結局は許してしまうのだ……。
朱綺は子供のころ“あやかし”と契約をした。
赤鬼の紅(コウ)
青鬼の蒼(ソウ)
白狐の白(ハク)
天狗の天(テン)という、四人のあやかし達と。
といってもほとんど不可抗力だったが。今も朱綺のそばにいて朱綺を守っている。
小学校に上がる前、朱綺は家の蔵にあった薄汚れた“小箱”を見つけ蓋を開けた。その箱がどんな箱かも知らず。そして中から飛び出てきたのが“彼ら”だった。
“この日をどれほど待ち望んだか!娘!よくぞ開けてくれた!感謝する!”
そう言ってあやかしたちは泣いた。
子供にあやかしだと言ってもわからない。
単純に小さい動く人形が出てきた~くらいの感覚だろう。
お気に入りのぬいぐるみと同じくらいあやかしたちのことも好きになり、親に隠れてあやかしたちと遊ぶことが増えた。しばらくして“小箱”の封印が解かれた!!と、親が大騒ぎしていたのを朱綺は幼いながら覚えている。
その両親も一年前、車の事故で逝ってしまった。
だから朱綺にとっては、このあやかしたちが唯一の家族で心の寄り所だ。
そして彼らも。普段も適当でいい加減でしょっちゅう朱綺を困らせては怒られているが、彼らにとって朱綺は大切な主で家族だ。本当に朱綺を悲しませることはしない。
ただ、たまーにおイタが過ぎて本当に“ご飯抜き”にされるので、彼らにとって“ご飯抜き”は、何をおいても阻止すべき最重要ミッションだった。
「とにかく食堂では大人しくしててよ!」
『もちろんだ(紅)』
『気をつけよう(白)』
『心配無用じゃ(天)』
『任せてよ~(蒼)』
(本当に…?)
心もとなくはあるが、彼らもバカではない……はず。
ただ問題が一つある。校舎からカフェまで走っても最低五分……徒歩なら十分はゆうに掛かってしまうこと。
(昼休みが終わってしまう!)
食堂と教室の往復で時間を使うのは無駄としか言いようがない。昼休みはゆっくり過ごしたい朱綺にとって、今後の重要課題はあやかしからお弁当を死守すること。
「…!?」
カフェに急ぎ足で向かっていると、木の陰から人影が見え “ぶつかる!” と思った瞬間、衝突せずに済んだのは相手がとっさに避けてくれたのもあるが、彼らが “力” を使ったからだ。
「ごめん、大丈夫!?」
青年は落ち着いた口調で聞いてくる。ブレザーの衿のバッジの色で相手が三年の先輩だとわかった。
煌星学園の高等科と中等科は学年ごとにバッジの色が違う。
高等科:三年[金]二年[銀]一年[銅]
中等科:三年[赤]二年[黒]一年[白]になっている。
「こちらこそ、すみません!」
直接は関係ないが、相手は上級生なので一応頭を下げる。そして顔を上げた瞬間、朱綺は固まった。
「どうかした?」
「あっ……いえ、大丈夫です。ぼーとしてしまって…」
「なら良かった。驚かせて悪かったね」
「…いえ」
校舎に向かう青年の後ろ姿に「圧倒的に…綺麗な男の人っているんだね」と朱綺は感嘆の声を漏らす。
単純に綺麗とかではなく、どこか妖しい雰囲気を纏った……例えるなら漆黒の闇のような人。そんな印象を受けた。
『あり得ん(紅)』
『認められんな(白)』
『そこそこじゃな(天)』
『まあまあじゃね~(蒼)』
「あんた達!なに言って…っ、やっぱりご飯……」
『『『『撤回する』』』』
***
「何か良いことでもございましたか?」
そう口にするのは上質なスーツを着た上品な六十前後の男性。格好、佇まいからして、どこぞの由緒正しい家の執事だろう……。
「皇の娘に会ったよ」
問われた若い男は嬉しそうに言う。
「…小匣の封印を解いた娘ですな」
「穢れのない目をした娘だ。少々気は強そうだが。“四天王” が騎士(ナイト)気取りでそばにいたよ…くっ…くっ」
「あなた様に気づいたのでは…」
「いや…そんな素振りはなかった」
執事は一礼すると男の背後に立つ。
「次に会うのが楽しみだ」
男は執事の淹れた紅茶を一口含むと、愉しげな笑みを浮かべた……。
その頃ーー
朱綺とあやかし達は、呑気に夕飯の準備をしていた。
あやかし達にいたっては、ご飯はまだかとせっつくだけで、手伝いどころか邪魔をしているだけだ。
「もうすぐ出来るから! ちょっ…これは明日のお弁当のおかずなんだから、つまみ食いしたら本当に……」
あやかし達は秒でテーブルに戻ると、待てと言われた犬のように大人しくご飯が出てくるのを待つ。そんな彼らの姿が可愛いくて思わず笑ってしまう。
「お待たせー!今日は豆腐と鶏むね肉のハンバーグだよ!」
『『『『おー、ご馳走だ!』』』』
あやかし達の目がキラキラと輝いた。
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そして今日も騒がしいながら、あやかし達と食卓を囲めたことに朱綺は感謝したーー
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