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少女と座敷ぼっこ(3)
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オレンジ、ミックス、アップル、ピーチ……よし!
ハルカちゃんがいつ遊びに来てもいいように数種類のジュースを用意した。
「サチさん!ハルカちゃん明日も来るかな~」なんて、いつの間にかハルカちゃんが来るのを楽しみに待っている僕がいた。
けれど翌日も翌々日もハルカちゃんは来なかった。
そりゃあ、友達と遊んだり親と出掛けたりするだろうし……毎日遊びに来れるわけじゃないとわかっている。なのに寂しさを感じている自分にちょっと驚いた。
(サチさん一筋の僕がっ!他の女の子を待ってるなんて……まさか浮気!?いやいや、断じて違う!!)
意味不明にあわあわする僕の隣でサチさんはぼーと遠くを見ている。僕のことなんて目に入らない……といった感じだ。
先日ハルカちゃんを見送ったあとから、どうもサチさんの様子がおかしい。元気もないけど何か変だ。見送った時に浮かない顔をしていたので、寂しいだけかと思ってあまり気にしてなかった。まさか僕が余計な気を遣って二人だけにした時にケンカでもしたのだろうか?なんて思ってみたものの、そもそもサチさんの姿は見えてないのだから、ケンカのしようがない……。
後日、サチさんの様子がおかしいのも、ハルカちゃんが来ない理由も……ある人からの話で知ることになった。
ハルカちゃんを見送ってから三日が過ぎた。あれから店には来てない……。
(サチさん、ますます元気ないし……)
う~ん!と頭を抱えてるとカランとドアベルが鳴り、ハルカちゃん?と顔を上げたら目を真っ赤にした守山さんが立っていた。
僕が固まっていると「すみません……気持ちが落ち着く珈琲を淹れてください」と言った。
気になりつつも、とりあえず豆を挽きミルク多めの珈琲を淹れ守山さんの前に置いた。
近くで見ると腫れた瞼が痛々しい。守山さんは珈琲の香りを嗅ぐとゆっくりと飲み始めた。
何かあったの?と訊きたい……でも無神経に踏み込んでいいものかと躊躇してしまう。少し落ち着いたのか、「聞いて貰っていいですか?」と守山さんの方から話してくれた。
「私……家の近くにある……こども食堂の手伝いをしてて……」
僕はうんうんと聞いている。
「その……こども食堂に来てた子がっ……亡くなって……放ったらかしにされた……ままで……病院に運ばれた時は……もう……」
言葉を詰まらせ嗚咽が止まらない守山さんにスッとタオルを渡す。
「ずみま……ぜん。その子、この春に小学校に上がったばかりで……でも親はご飯もまともに食べさせてなかったみたいで……それで……いい子だったんでよ……はるかちゃん……」
……えっ!?
それまで相槌を打っていただけの僕は顔を強ばらせると物凄い勢いで聞き返した。
「あ、あの守山さん!今、言った名前……亡くなったた子の名前……もう一度教えて貰っていいですか!?」
いきなりのことに守山さんはきょとんとする。
「あ……えっと、はるかちゃん。木内はるかちゃんです」
守山さんは戸惑いながらも教えてくれた。
「あの、すみません。写真とかありますか?」
僕の心臓がバクバクと激しく鼓動する。下の名前が同じだからって、こんな確率の低い偶然がそうそうあるわけがない。もしあったら僕は神を恨むぞ!
「スマホで撮ったのなら……」と、カバンからスマホを取り出した。
この子がはるかちゃんです。と守山さんが指を指したのは、紛れもなくハルカちゃんだった。
「えっ……あ……そんな……」
僕は体の震えが止まらなかった。
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、なにをどう言葉にしていいのか……足がガクガクして立っていられなくなった……。
あきらかに尋常じゃない僕の様子に「また……来ますね」と守山さんは珈琲代を置いて帰って行った。
「……気づいてたの?」そう僕が訊くとサチさんはコクリと頷いた。
守山さんはハルカちゃんが“いつ”亡くなったのかは言わなかったけど。話から察するに店に現れた時には……もう……。
サチさんは最初から知っていて。だから……なのか、ハルカちゃんに初めから優しかった。
どうしてこの店だったのか……。
どうして僕には見えたのか……。
そんなことは今となってはどうでもいいことだけど……ただもっと何かしてあげられたんじゃ……と思うと悔しくて堪らない。もう遅い……もう今さらだ……。
また遊びにおいで……なんて呑気に言った自分を殴りたい。情けない……悔しい……胸がえぐられるほど悲しい……。こんな感情が自分の中にあったんだと初めて知った。
オレンジジュースを嬉しそうに飲んでくれた女の子。ミックスジュースに目を輝かせていた女の子。照れくさそうに名前を教えてくれた女の子。最後に会った日、お日様みたいな笑顔を見せてくれた女の子。
初めて会った時、女の子の寂しそうな目が誰かに似てると思った。
それは昔のサチさんと同じ寂しそうな目……。
そうか……だから気になって放っておけなかったのか……。今ごろ気づいた。
たった何日かの短い時間だったけど、僕とサチさんとの時間がハルカちゃんにとって少しでも幸せなものだったら嬉しい。
今度は優しい夫婦の元に生まれておいで……。
そう僕は願う。
『ウレシカッタ……ッテ』サチさんがポツリと言った。
「……うん」僕は頷いた。
“ありがとう”
そんなハルカちゃんの声が聞こえた気がしたーーー
ハルカちゃんがいつ遊びに来てもいいように数種類のジュースを用意した。
「サチさん!ハルカちゃん明日も来るかな~」なんて、いつの間にかハルカちゃんが来るのを楽しみに待っている僕がいた。
けれど翌日も翌々日もハルカちゃんは来なかった。
そりゃあ、友達と遊んだり親と出掛けたりするだろうし……毎日遊びに来れるわけじゃないとわかっている。なのに寂しさを感じている自分にちょっと驚いた。
(サチさん一筋の僕がっ!他の女の子を待ってるなんて……まさか浮気!?いやいや、断じて違う!!)
意味不明にあわあわする僕の隣でサチさんはぼーと遠くを見ている。僕のことなんて目に入らない……といった感じだ。
先日ハルカちゃんを見送ったあとから、どうもサチさんの様子がおかしい。元気もないけど何か変だ。見送った時に浮かない顔をしていたので、寂しいだけかと思ってあまり気にしてなかった。まさか僕が余計な気を遣って二人だけにした時にケンカでもしたのだろうか?なんて思ってみたものの、そもそもサチさんの姿は見えてないのだから、ケンカのしようがない……。
後日、サチさんの様子がおかしいのも、ハルカちゃんが来ない理由も……ある人からの話で知ることになった。
ハルカちゃんを見送ってから三日が過ぎた。あれから店には来てない……。
(サチさん、ますます元気ないし……)
う~ん!と頭を抱えてるとカランとドアベルが鳴り、ハルカちゃん?と顔を上げたら目を真っ赤にした守山さんが立っていた。
僕が固まっていると「すみません……気持ちが落ち着く珈琲を淹れてください」と言った。
気になりつつも、とりあえず豆を挽きミルク多めの珈琲を淹れ守山さんの前に置いた。
近くで見ると腫れた瞼が痛々しい。守山さんは珈琲の香りを嗅ぐとゆっくりと飲み始めた。
何かあったの?と訊きたい……でも無神経に踏み込んでいいものかと躊躇してしまう。少し落ち着いたのか、「聞いて貰っていいですか?」と守山さんの方から話してくれた。
「私……家の近くにある……こども食堂の手伝いをしてて……」
僕はうんうんと聞いている。
「その……こども食堂に来てた子がっ……亡くなって……放ったらかしにされた……ままで……病院に運ばれた時は……もう……」
言葉を詰まらせ嗚咽が止まらない守山さんにスッとタオルを渡す。
「ずみま……ぜん。その子、この春に小学校に上がったばかりで……でも親はご飯もまともに食べさせてなかったみたいで……それで……いい子だったんでよ……はるかちゃん……」
……えっ!?
それまで相槌を打っていただけの僕は顔を強ばらせると物凄い勢いで聞き返した。
「あ、あの守山さん!今、言った名前……亡くなったた子の名前……もう一度教えて貰っていいですか!?」
いきなりのことに守山さんはきょとんとする。
「あ……えっと、はるかちゃん。木内はるかちゃんです」
守山さんは戸惑いながらも教えてくれた。
「あの、すみません。写真とかありますか?」
僕の心臓がバクバクと激しく鼓動する。下の名前が同じだからって、こんな確率の低い偶然がそうそうあるわけがない。もしあったら僕は神を恨むぞ!
「スマホで撮ったのなら……」と、カバンからスマホを取り出した。
この子がはるかちゃんです。と守山さんが指を指したのは、紛れもなくハルカちゃんだった。
「えっ……あ……そんな……」
僕は体の震えが止まらなかった。
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、なにをどう言葉にしていいのか……足がガクガクして立っていられなくなった……。
あきらかに尋常じゃない僕の様子に「また……来ますね」と守山さんは珈琲代を置いて帰って行った。
「……気づいてたの?」そう僕が訊くとサチさんはコクリと頷いた。
守山さんはハルカちゃんが“いつ”亡くなったのかは言わなかったけど。話から察するに店に現れた時には……もう……。
サチさんは最初から知っていて。だから……なのか、ハルカちゃんに初めから優しかった。
どうしてこの店だったのか……。
どうして僕には見えたのか……。
そんなことは今となってはどうでもいいことだけど……ただもっと何かしてあげられたんじゃ……と思うと悔しくて堪らない。もう遅い……もう今さらだ……。
また遊びにおいで……なんて呑気に言った自分を殴りたい。情けない……悔しい……胸がえぐられるほど悲しい……。こんな感情が自分の中にあったんだと初めて知った。
オレンジジュースを嬉しそうに飲んでくれた女の子。ミックスジュースに目を輝かせていた女の子。照れくさそうに名前を教えてくれた女の子。最後に会った日、お日様みたいな笑顔を見せてくれた女の子。
初めて会った時、女の子の寂しそうな目が誰かに似てると思った。
それは昔のサチさんと同じ寂しそうな目……。
そうか……だから気になって放っておけなかったのか……。今ごろ気づいた。
たった何日かの短い時間だったけど、僕とサチさんとの時間がハルカちゃんにとって少しでも幸せなものだったら嬉しい。
今度は優しい夫婦の元に生まれておいで……。
そう僕は願う。
『ウレシカッタ……ッテ』サチさんがポツリと言った。
「……うん」僕は頷いた。
“ありがとう”
そんなハルカちゃんの声が聞こえた気がしたーーー
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