上 下
5 / 9

少女と座敷ぼっこ(3)

しおりを挟む
オレンジ、ミックス、アップル、ピーチ……よし!
ハルカちゃんがいつ遊びに来てもいいように数種類のジュースを用意した。
「サチさん!ハルカちゃん明日も来るかな~」なんて、いつの間にかハルカちゃんが来るのを楽しみに待っている僕がいた。
けれど翌日も翌々日もハルカちゃんは来なかった。
そりゃあ、友達と遊んだり親と出掛けたりするだろうし……毎日遊びに来れるわけじゃないとわかっている。なのに寂しさを感じている自分にちょっと驚いた。
(サチさん一筋の僕がっ!他の女の子を待ってるなんて……まさか浮気!?いやいや、断じて違う!!)
意味不明にあわあわする僕の隣でサチさんはぼーと遠くを見ている。僕のことなんて目に入らない……といった感じだ。
先日ハルカちゃんを見送ったあとから、どうもサチさんの様子がおかしい。元気もないけど何か変だ。見送った時に浮かない顔をしていたので、寂しいだけかと思ってあまり気にしてなかった。まさか僕が余計な気を遣って二人だけにした時にケンカでもしたのだろうか?なんて思ってみたものの、そもそもサチさんの姿は見えてないのだから、ケンカのしようがない……。
後日、サチさんの様子がおかしいのも、ハルカちゃんが来ない理由も……ある人からの話で知ることになった。

ハルカちゃんを見送ってから三日が過ぎた。あれから店には来てない……。
(サチさん、ますます元気ないし……)
う~ん!と頭を抱えてるとカランとドアベルが鳴り、ハルカちゃん?と顔を上げたら目を真っ赤にした守山さんが立っていた。
僕が固まっていると「すみません……気持ちが落ち着く珈琲を淹れてください」と言った。
気になりつつも、とりあえず豆を挽きミルク多めの珈琲を淹れ守山さんの前に置いた。
近くで見ると腫れた瞼が痛々しい。守山さんは珈琲の香りを嗅ぐとゆっくりと飲み始めた。
何かあったの?と訊きたい……でも無神経に踏み込んでいいものかと躊躇してしまう。少し落ち着いたのか、「聞いて貰っていいですか?」と守山さんの方から話してくれた。
「私……家の近くにある……こども食堂の手伝いをしてて……」
僕はうんうんと聞いている。
「その……こども食堂に来てた子がっ……亡くなって……放ったらかしにされた……ままで……病院に運ばれた時は……もう……」
言葉を詰まらせ嗚咽が止まらない守山さんにスッとタオルを渡す。
「ずみま……ぜん。その子、この春に小学校に上がったばかりで……でも親はご飯もまともに食べさせてなかったみたいで……それで……いい子だったんでよ……はるかちゃん……」
……えっ!?
それまで相槌を打っていただけの僕は顔を強ばらせると物凄い勢いで聞き返した。
「あ、あの守山さん!今、言った名前……亡くなったた子の名前……もう一度教えて貰っていいですか!?」
いきなりのことに守山さんはきょとんとする。
「あ……えっと、はるかちゃん。木内はるかちゃんです」
守山さんは戸惑いながらも教えてくれた。
「あの、すみません。写真とかありますか?」
僕の心臓がバクバクと激しく鼓動する。下の名前が同じだからって、こんな確率の低い偶然がそうそうあるわけがない。もしあったら僕は神を恨むぞ!
「スマホで撮ったのなら……」と、カバンからスマホを取り出した。
この子がはるかちゃんです。と守山さんが指を指したのは、紛れもなくハルカちゃんだった。
「えっ……あ……そんな……」
僕は体の震えが止まらなかった。

色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、なにをどう言葉にしていいのか……足がガクガクして立っていられなくなった……。
あきらかに尋常じゃない僕の様子に「また……来ますね」と守山さんは珈琲代を置いて帰って行った。

「……気づいてたの?」そう僕が訊くとサチさんはコクリと頷いた。
守山さんはハルカちゃんが“いつ”亡くなったのかは言わなかったけど。話から察するに店に現れた時には……もう……。
サチさんは最初から知っていて。だから……なのか、ハルカちゃんに初めから優しかった。

どうしてこの店だったのか……。
どうして僕には見えたのか……。

そんなことは今となってはどうでもいいことだけど……ただもっと何かしてあげられたんじゃ……と思うと悔しくて堪らない。もう遅い……もう今さらだ……。
また遊びにおいで……なんて呑気に言った自分を殴りたい。情けない……悔しい……胸がえぐられるほど悲しい……。こんな感情が自分の中にあったんだと初めて知った。

オレンジジュースを嬉しそうに飲んでくれた女の子。ミックスジュースに目を輝かせていた女の子。照れくさそうに名前を教えてくれた女の子。最後に会った日、お日様みたいな笑顔を見せてくれた女の子。
初めて会った時、女の子の寂しそうな目が誰かに似てると思った。
それは昔のサチさんと同じ寂しそうな目……。
そうか……だから気になって放っておけなかったのか……。今ごろ気づいた。

たった何日かの短い時間だったけど、僕とサチさんとの時間がハルカちゃんにとって少しでも幸せなものだったら嬉しい。
今度は優しい夫婦の元に生まれておいで……。

そう僕は願う。


『ウレシカッタ……ッテ』サチさんがポツリと言った。

「……うん」僕は頷いた。



“ありがとう”



そんなハルカちゃんの声が聞こえた気がしたーーー


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【声劇台本】バレンタインデーの放課後

茶屋
ライト文芸
バレンタインデーに盛り上がってる男子二人と幼馴染のやり取り。 もっとも重要な所に気付かない鈍感男子ズ。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! 夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで  Another Storyを考えてみました。 むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...