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プロローグ

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…サク……サク……

山間に程近い長閑な住宅街ーー
狭い路地を抜けた静かな通りには人影はほとんどなく、凍てつく寒さが町を覆っていた。それは前の晩から降り続ける雪のせいだろう……。

そんな厳寒の中をしれっと歩くふたりの男。
重厚な山門が建つ屋敷の前で立ち止まると、二十代後半とおぼしき若い男は冷ややかな表情で一点を見つめた。

「なんだ、このちんまいのは?」

若い男は人ならざる美しい顔を歪めながら、となりにいる年配の男に尋ねた。

「人間の赤ん坊でございましょう」

年配の男は至極当然に答える。だが若い男が聞きたかったのは、当然そんなことではない。

「そんなことは見ればわかる。どうしてこんな所に人間の赤ん坊がいるのかを、聞いているんだ」
「……はて?」と、年配の男は少々惚けたように首を傾げる。

人間の事情など知ったことではないが、捨てるならもっと他をあたってくれればと若い男は思う。しかもこんな冬の寒い日に……、もし自分たちが帰って来なければ、この赤ん坊はどうなっていたか……。
時に人間は身勝手で残酷だ。それは人間に限ったことではないが……ただ無力な赤ん坊を置き去りにする人間の愚かさを感じずにはいられない……。
少し騒がしかったのか、眠っていた赤ん坊の目がふわりと開く。一ミリの穢もない澄んだ瞳は若い男を映すと屈託のない笑みを浮かべた。

「……!」
「あ、目を開けましたぞ!」

年配の男の声に驚いた赤ん坊はマシュマロのようなほっぺを真っ赤にして、あーうーと泣き出した。
自分が捨てられたことも知らず……赤ん坊は無邪気に小さな手を伸ばす。

「い、いかがいたしましょう?」

おろおろと右往左往する年配の男。若い男は溜息をつくと、「この寒空に放って置くこともできまい……屋敷に入れてやれ」と面倒臭そうに口にした。

「はっ!」

年配の男は赤ん坊を抱えると足早に屋敷の中に入っていく。

「面倒なことにならなければいいが……」若い男はポツリと呟いた。

運よく拾われた赤ん坊は亜子(あこ)と名付けられ、その屋敷に住む鬼・祗園寺遠夜(ぎおんじとおや)の娘として育てられることになった。
最強のあやかしゆえに誰にも心を開くことなく孤独を抱えてきた遠夜は、その赤ん坊により安らぎという癒しを得るーー


「亜子すごいぞ! さすが俺の娘だ!」
「ちち! だいすき」
「父も亜子が大好きだぞ!」


最強の鬼と恐れられた遠夜は最強の親バカとなり、周囲のあやかし達からは、また違った意味で恐れられる存在となったーー

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