傍観者

谷内 朋

文字の大きさ
上 下
2 / 39

しおりを挟む
 この日私は雑誌に載せる記事の打ち合わせで出掛けていた。香津は最近出来たと思われる若い恋人を事ある毎に連れ込み、既に由梨を味方に付けていた。お陰でミカの怒りは日に日に募り、帰りたくないのかこのところ残業三昧だ。私も出来れば関わりたくないのでなるべく部屋から出ないようにしており、幸いアルバイトにも多く入れて下手すれば大学生かと思える馬鹿男とは一度しか顔を合わせていない。

 「ところで、ルームメイトの彼氏とやらはまだ?」
 ひと仕事終えて帰宅しようと出版社を出ようとした私に、打ち合わせメンバーで大学時代の一つ先輩でもある檜山貴之ひやまたかゆきが声を掛けてくる。
 「えぇ、相変わらず。今日も来るんじゃないかな?」
 私は面倒臭いとため息を吐く。
 「一度ガツンと言ってやれば?」
 「それで聞くならとおにやってる。ミカが言っても右から左」
 そぉかぁ……檜山は悩ましげな表情で頭を掻く。私には家族がいないせいか、気付けばこうして彼に甘えている。彼は独身であるものの七年ほど交際して結婚を視野に入れている恋人もいる。
 そりゃあ私だって彼女さんこと北条伊織ほうじょういおりのご迷惑にならない様彼に頼るのは最小限にしたいのだが、このカップルは二人して天使の様な方々なので何かに付け私に優しく接してくれる。
 「ミカちゃんで駄目かぁ……」
 「えぇ、もう一人が完全にあちらさんの味方をするからどうやっても埒が明かなくて……」
 檜山はミカとも面識があり、彼女が自分にも他人にも厳しい女なのは知っている。それでも香津が相手じゃ糠に釘、本当なら家主である私がしっかりしなくちゃいけないんだろうけど……。
 香津は割と口が立つ。きっと頭は良いのだろう。しかし一般常識が欠落している私でさえも彼女のマナーの悪さは目を覆いたくなる。言っている事は正論なのだがやっている事はかなり無茶苦茶、そんなの相手にしてると命がいくらあっても足りない。
 「まともに相手してると私数年で死ぬる……」
 「おいおい勘弁してくれよ、そんなんで死なれたら俺後味悪いわ」
 先輩は苦笑いしながら私の肩を叩き、晩飯食いに行こうと誘ってくれた。
 「伊織さんは大丈夫なの?」
 「あぁ、昨日からお姉さんの出産に備えて実家に戻ってる」
 「そう、じゃあ奢ってもらおうかなぁ」
 私はわざと戯けた口調で檜山に集る。そこまでお金が無い訳じゃないし勿論本気で言ってないけれど、かなりの確率で奢ってくれるので本当なら足を向けては寝られない相手である(ベッドの配置上思いっきり足を向けているがそれは内緒にしておく)。
 「んじゃ行くか、ハイエナ」
 「酷いなぁ、人間扱いしてよね」
 私は檜山の悪態に口を尖らせつつ、真っ直ぐ帰らずに済んだ事にただひたすら安堵していた。

 立ち寄った居酒屋で一頻り愚痴りまくり、店を出て檜山と別れた時は既に日付が変わっていた。幸い彼がハンドルキーパーになってくれたお陰で車に乗せてもらい、身の安全を確保できた状態で帰宅する事が出来た。まぁ私に構ってくれる物好きな男なんぞこの世にいないのでそんな心配は皆無なのだが……なるべく音を立てないようゆっくりと鍵穴を回して抜き足差し足で中に入る。
 そろりそろりと爪先歩きで部屋に入ると……天井がいつになくミシミシと音を立てている。最初はネズミだと思ってさほど気にしていなかったのだが、止せばいいのにこんな時に限って妙な探究心が芽生えてしまうというか何というか。つい耳をそばだてたのが不味かった、次に聞こえてきたのはなるべく聞きたくなかった不快な音だった。
 『あぁん、あぁん、あぁん……』
 ……私は閉口するしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...