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第26話 〜そこは侵さんとってくれ〜

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 「あーやっぱここやってんな」

 「おーてっぺ、なかなか帰ってこんから心配したぞ」

 正直ここにまで来てほしなかった……一旦帰宅しとうしおかんには連絡済みや。しかも何でサキちゃんまで付いてきてんの?

 「……陽ちゃんにちょっと用があったんで」

 「そうか。で、何の用や?」

 桐山陣あの人は当たり前の様に俺の隣に座ってくる。もう同じ空間は諦めるけどせめて他所の席に座ってくれ。

 「それはノーコメントで。それよりサキちゃん珍しいね、普段なら知った顔ぶれが集う店嫌うのに」

 陽ちゃんは俺の代わりにあの人の厚かましさをサラリとかわし、嫌そうにしているユイさんに目配せして奥に入らせる。

 「客として来たっとうのに何その言い方?」

 「嫌なら来んでええんやで、客や言うんならそのくらいの選択権行使しぃな」

 「嫌な言い方するなぁ、陽平のくせに」

 元々お姫様気質ではあったけど、女優と結婚に挫折してから更に質悪なってないか?

 「お客様は神様やないからね、何を勘違いしとんのかその言葉にあぐらかいてる奴好かんねん」

 「気ぃ悪いなぁその言い方」

 「それはお互い様、嫌なら他所行くか帰りんか」
 ‎
 ‎「サキ、そんくらいにしとき」

 あの人が二人を仲裁してサキちゃんにへらっと笑い掛ける。サキちゃんは大人しくあの人の隣の椅子に座り、壁に貼ってあるメニューを見ながら大したもん無いなぁとぼやき始める。陽ちゃんはそれ以上彼女の相手をせず、俺にどうする?と視線で訊ねてきた。俺は残っとったおでんと酒を消費し切って席を立つ、単純に一人で居りたかっただけやのにそれも崩されてしもたらここには居られん。

 「ごちそうさまでした」

 俺は席を立ってポケットから財布を出す。

 「お前どこ行く気や?」

 「もう十分食うたんで帰ります」

 あんたらの相手するメンタルは残ってない、二人で勝手に呑んでくれ。席を離れて会計をしようとレジに向かう俺をあの人が腕を掴んで引き留めてくる。

 「ちょっと話せんか?」

 「酔いが回ってるんで勘弁してください」

 「どこまでも態度悪いなぁお前!」

 サキちゃんは気に入らなさそうにカウンターをぶっ叩いて俺を睨み付けてくる。あの人の肩を持ちたいんは分かったけど、一方的に有無を言わせず悪者にされるんもこっちかて感じ悪いわ。

 「頼むわてっぺ、俺あんま時間無いねん」

 「俺の都合は無視ですか?」

 自分でも事態を悪くしてるんは分かってる、けど今あんたと一緒に居りたないねん。

 「今日やなくてもええやろ陣ちゃん、都合は皆それぞれあるもんやで」

 「そんなもん目下のてっぺが折れたらええ、明日陣ちゃんが死んだらどう責任取ってくれんの?」

 「それは皆条件同じやないん?第一それをようせんサキちゃんが言うても説得力無いわ」

 今日の陽ちゃんはかなり容赦無い発言をしまくってる。基本中立的な立場は崩してないけど、サキちゃんに対してだけはもう全否定レベルでばっさり斬り捨ててるわ。
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