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第8話 〜ちょっとした事やけど〜

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 ルミちゃんとコダマが居らんくなり、パンの焼けるいい匂いが充満するキッチンに一人残された俺はすっかり疲れ切って指定席に腰掛ける。

 「はぁ~何か疲れたぁ」

 俺はダイニングテーブルに体を預けると玄関の開く音が聞こえてきたが迎えに出る元気なんぞ残っとらん。

 「辛気臭い顔しとんなぁてっぺ。ほれ、あんこ」

 一旦自宅に戻っていたサキちゃんはさらの粒あんを持って再訪してきた。まぁ持って来たんはええねんけどガチで投げ付けるんはやめてくれ。幸い上手くキャッチ出来たが業務用やからずっしりと重みが伝わってくる。

 「……どうも」

 「ちゃんと持って来たったんやから不味いん作ったら承知せんぞ」

 徒歩一分以内の自宅からあんこ取ってったってだけで何でそこまでのドヤ顔が出来んねん?

 「なら脅すんやめてもらえません?」

 「その前にええ加減敬語やめろ、いつまで中坊気分やねんワレ」

 そう言や中学に入ると変に年齢を気にして妙な縦社会が暗黙の了解であったなぁ。全国的な事なんか俺らの通うてた中学だけやったんかは分からんけど、当時一つ上の幼馴染陽ちゃんこと河合陽平かわいようへいと普通に会話しとっただけで名前も知らん先輩に睨まれた事もあるしな(注釈しとくと陽ちゃんには敬語で話さんとってくれって事前に言われとった)。サキちゃんは二つ上やし異性やから、目ぇ付けられんよう意識して敬語で話しとるうちにすっかり慣れてしもてたわ。

 「一応先輩なんで」

 「今更もうええわ、てっぺに敬語使われるんモヤモヤすんねん」

 「どういう事です?そない変でもないでしょう」

 まぁサキちゃんみたいに身近過ぎる相手に敬語って最初は嫌やった憶えがある。何と言うか変な隙間が出来てしもたような寂しさと言うか……一気に遠い存在になった様な感覚があったように思う。

 「そういう事やのうて下手にガキん頃から知っとる分違和感が取れへんねん」

 「あぁそういう事……」

 多分サキちゃんも似たような事思ってたんやな。

 「そういやてっぺ」

 ん?俺は発酵出来たっぽいパン生地を炊飯器から取り出す。

 「ルミがコダマを部屋に入れとったけど何する気なん?JKの考えとる事はよう分からん」

 JKもそうやけどコダマの考えとる事もよう分からん。俺は知らんと答えながら生地を八等分に切り分け、円型に伸ばしてからサキちゃんが持ってきたあんこを包む。

 「ルミ居らんから手伝おか?」

 「一人でやった方が早い」

 俺はその申し出を断り、作業の手を休めない。

 「歳下のくせに態度悪いな」

 家事力壊滅的なサキちゃんにかかったら折角の料理が台無しになるやないか、頼むから食う以外触るな。

 「それが気に入らんのなら敬語に戻します?」

 「あ”ぁ?今やめろ言うたとこやないか」

 敬語取っ払うんはええけどさっきからガラ悪すぎひん?子供の頃はもうちょっと可愛かった思うんやけど幻覚やったんやろか?
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