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再生編
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畠中と和解した中林は、夏休みを取らなかった代わりに紅葉真っ只中のこの時期に五日間の休暇を勝ち取り、高速バスで信州に向かっている。片目が見えない彼は運転免許を取得しておらず、ターミナル駅で久留米千郷と待ち合わせをしているのだった。
千郷は普段運転を嗜み、実家が片田舎にあるため車が無いと生活そのものが不便であるらしい。ターミナル駅から彼の実家までは車で最低でも二時間ほど掛かり、鉄道も通っていなければバスも直通は無いそうだ。
彼の実家は兼業農家で、父親は農業を、母親(男性)は獣医をして生計を立てている。母親の仕事に憧れて、一旦就職して学費を稼いでから大学に入ったのだが、精神的病にかかって現在は休学している。
両親は子供の頃から一心同体の様に仲が良過ぎたそうで、思春期になって恋愛感情を持つようになっても双方の両親は二人の気持ちを尊重し受け入れてくれたらしい。大人になって子供を欲しがった二人は施設から千郷を迎え入れ、家族総出で愛情一杯に育ててくれた、と話していた。
地元で暮らしていた頃は友達も普通に居て、ゲイである事をカミングアウトしても全然いじめられなかった。それが当たり前な環境で育ち、大学でもそのままでいた事で誹謗中傷に晒されてしまい、波那の横恋慕や畠中との破局よりも堪えたそうだ。
中林は千郷とやり取りした内容を思い出しながら外の景色を眺めており、バスは四時間ほどで信州に到着した。千郷は既にターミナルで待ち構えていて、顔付きは見違えるほど健康的になっている。
「よぉ、本当に元気そうじゃねぇか。口先だけなのかと思ってハラハラしてたんだ」
その言葉に千郷は笑顔を見せる。
「皆が慰めてくれたから」
そうか。中林は小柄な彼を見下ろして安堵の表情を浮かべた。二人はすぐターミナルから離れ、千郷の運転で彼の実家へと向かう。
途中道の駅に立ち寄り、休憩がてら土産物を物色していた中林は特産品であるリンゴジャムに興味を示す。
「ここの凄く美味しいよ、家にもあるんだ」
千郷は、あとで食べてみる?と中林を見上げて言った。
「あぁ、帰りにもう一度寄ってくんないか?ここで土産買うよ」
「うん、良いよ。お昼食べてこうよ」
二人はついでに有名な蕎麦も堪能してから再び車を走らせ、更に奥地へと入っていく。舗装もままならない山道を越えると山間部の平地が広がり、その中の一軒が千郷の実家だった。そこは築何十年、下手をすると百年超えではというほどの立派な古民家で、かなり広い田畑も所有している。
ここだよ。千郷は車を停めて農作業をしている男性に声を掛ける。
「ただいま、友達連れてきた」
お帰り。男性は作業の手を止めて二人の元へ歩いてくる。
「父さん、こちら中林悠麻さん」
息子に中林を紹介された父親は、軍手を外して握手を求めてきた。それに応えて縦長の手で大きく角張った手を握り返す。
「初めまして、父の理彦です。息子が大変お世話になったそうで……。あの時はありがとうございました」
何のお礼も出来ず……。父親というには少し若めの理彦は深々と頭を下げる。中林は恐縮してしまい、一人ではなかった事を強調した。
「えぇ、小泉さんと仰る方からご連絡頂いたんです。彼にも宜しくお伝えください」
はい。二人は和やかな雰囲気で言葉を交わしている。その様子を見て安心した千郷は家に入り、台所に立っているひょろっと背の高い男性にも声を掛けた。
「母さん、友達連れてきたよ」
すぐ行く。と台所仕事を中断し、玄関まで出てきた男性の所作はほぼ女性と言ってよかった。こうして見ると一つ一つの動きがしなやかで上品な印象を与え、男性ではあるが『母親』の方がしっくりくる。
「匠と申します。古い家ですがごゆっくりなさってくださいね」
「ありがとうございます、三日ほどお世話になります」
喋り口調も上品な彼(女)につられた中林はいつもより畏まってしまう。それを見ていた千郷はムッとした表情を見せる。
「何?母さんみたいなのが好みなの?」
「お前お父さんの前でなんちゅう事言うんだ!?」
中林は考えてもみなかった事を言われて少々慌ててしまう。
「普段と違い過ぎるじゃない、話し方が」
「そりゃそうだろ、目上の方相手なんだからさ。社会人の嗜み程度だろ?」
ふぅん……。千郷は上目遣いで『友達』の様子を伺っていた。一方の中林は早速歴史的建造物レベルの家の中を楽しそうに見回している。
「歴史博物館の等身大模型みたいだな」
「あんま見ないでよ、恥ずかしい」
「あっ悪い、良い家だな、と思って。マンションより全然落ち着くだろ?」
うん、確かに。千郷は中林を見上げて頷いた。
「ただ俺が住んでる所だと、鉄筋コンクリート製とかの建物の方が耐震性に優れてたりするから。好き嫌いはあっても善悪は一概に決めらんないよ。でもこういう家には憧れる」
日本人だと思うよ。中林は再び家の中を見回し始めた。
「そんな家で宜しかったら好きなだけご覧になってください」
自宅に興味を示している客人に声を掛けてから理彦は畑へ、匠は台所へと戻っていく。
「屋根裏が僕の部屋なんだ、小さい頃からそこが好きで」
「へぇ、見せてくれよ」
「良いけど……。あんま片付いてないからそこは目瞑っててね」
千郷は少し恥ずかしそうにしながらも、個人スペースとなっている屋根裏部屋を案内するため、これまた古くアンティークレベルの階段を使う。元々は隠し階段だったのだが、一度その機能が壊れてしまって以来、修理はしてあるがそのまま出しっ放しにしている、と言った。
屋根裏と言っても、天井は思っていたよりも高かった。しかし中林にはギリギリの高さで、低い部分は屈まなければ頭を打ってしまう。
「悠麻君の身長だと頭すれすれだね」
「あぁ、建てられた当時の日本人の身長がそれだけ低かった、って訳だ」
「うん。明治時代にはあったらしいんだ、この家」
「じゃあ男でも身長百五十センチ台がザラに居た時代だな……」
中林はこの家が建てられた頃の時代背景も然る事ながら、生物図鑑の多さにも気を取られている。
「凄いな、どれもこれも難しそうなのばっかじゃねぇか」
「これでも物足りないくらいだよ、載ってる内容も古くなっちゃってるから。この分は母さんのお下がりだから当然なんだけど」
買い換えようかな?口ではそう言いながらもとても大切に取り扱っている様で、年季は入っていても物はとても綺麗だった。
「買い換えたところで棄てたりはしないんだろ」
「もちろん、プレミア付くかも知れないし」
「そこ期待してるのか?」
意外とゲンキンなその発言に中林は思わず苦笑いしてしまう。
二人は階段を降りて居間に入る。部屋の中央に囲炉裏があって火もおこしてあるので室内はほっこりと暖かかった。
「暖かいな……、今の暖房器具より良い」
「うん、エアコンって意外と暖まらないんだよね。復学する時はストーブ持って行こうかな?」
「契約によってはNGの所があるから事前に聞いといた方が良いぞ」
そうなの?千郷は意外そうな顔をする。しかし想像は出来た様で、都会の不便さに少々不満げな表情を見せた。
中林は家の中をくまなく見せてもらうと、今度は理彦の居る畑に興味を示す。
「ここの農作業って何人くらいでやってるんだ?」
「基本は父が一人でやってる。母方の家族も時々は手伝ってくれるし、田植えと稲刈りは御近所総出で手伝い合って、僕も久し振りに稲刈り参加したんだ」
どおりで。中林は出逢った頃の青白い肌を思い出しながら、少し日焼けしている可愛い顔を見る。
「俺小学校の授業でした事あるわ」
「授業でするの?稲刈りを?」
「あぁ。父兄の田んぼを学校が借りてて、課外授業でもち米作るんだ。田おこしから餅つきまで、見学したり体験したりしながら一年かけて勉強するんだよ」
都会っ子なんだね。千郷にとっては稲作が小学校の授業にある事自体が意外だった様だ。そんな話をしながら畑の中に入っていくと、中林は仕事の手伝いを申し出た。
「お客さんにそんな事させられないよ」
「そうですよ、長旅でお疲れでしょう?」
二人はその申し出を断ってきたが、これも一つの経験だから、と中林も譲らない。
「しかし服とか汚れますよ」
「大丈夫です、実はそれ用の服も靴も持ってきてるんです」
着替えてきます。中林は申し出を押し切って一旦家に入る。千郷も彼に付いて行き、作業用の服に着替える事にした。
「どおりで荷物が多いと思ったんだ」
「こんなチャンスなかなか無いからさ、でも遊び感覚でやるのは申し訳ないな」
「そんなの気にしなくて良いよ、あれで人を招くの好きだから」
二人は着替えを済ませて外に出る。中林は理彦からレクチャーを受けながら、日が暮れるまで畑仕事を手伝ったのだった。
千郷は普段運転を嗜み、実家が片田舎にあるため車が無いと生活そのものが不便であるらしい。ターミナル駅から彼の実家までは車で最低でも二時間ほど掛かり、鉄道も通っていなければバスも直通は無いそうだ。
彼の実家は兼業農家で、父親は農業を、母親(男性)は獣医をして生計を立てている。母親の仕事に憧れて、一旦就職して学費を稼いでから大学に入ったのだが、精神的病にかかって現在は休学している。
両親は子供の頃から一心同体の様に仲が良過ぎたそうで、思春期になって恋愛感情を持つようになっても双方の両親は二人の気持ちを尊重し受け入れてくれたらしい。大人になって子供を欲しがった二人は施設から千郷を迎え入れ、家族総出で愛情一杯に育ててくれた、と話していた。
地元で暮らしていた頃は友達も普通に居て、ゲイである事をカミングアウトしても全然いじめられなかった。それが当たり前な環境で育ち、大学でもそのままでいた事で誹謗中傷に晒されてしまい、波那の横恋慕や畠中との破局よりも堪えたそうだ。
中林は千郷とやり取りした内容を思い出しながら外の景色を眺めており、バスは四時間ほどで信州に到着した。千郷は既にターミナルで待ち構えていて、顔付きは見違えるほど健康的になっている。
「よぉ、本当に元気そうじゃねぇか。口先だけなのかと思ってハラハラしてたんだ」
その言葉に千郷は笑顔を見せる。
「皆が慰めてくれたから」
そうか。中林は小柄な彼を見下ろして安堵の表情を浮かべた。二人はすぐターミナルから離れ、千郷の運転で彼の実家へと向かう。
途中道の駅に立ち寄り、休憩がてら土産物を物色していた中林は特産品であるリンゴジャムに興味を示す。
「ここの凄く美味しいよ、家にもあるんだ」
千郷は、あとで食べてみる?と中林を見上げて言った。
「あぁ、帰りにもう一度寄ってくんないか?ここで土産買うよ」
「うん、良いよ。お昼食べてこうよ」
二人はついでに有名な蕎麦も堪能してから再び車を走らせ、更に奥地へと入っていく。舗装もままならない山道を越えると山間部の平地が広がり、その中の一軒が千郷の実家だった。そこは築何十年、下手をすると百年超えではというほどの立派な古民家で、かなり広い田畑も所有している。
ここだよ。千郷は車を停めて農作業をしている男性に声を掛ける。
「ただいま、友達連れてきた」
お帰り。男性は作業の手を止めて二人の元へ歩いてくる。
「父さん、こちら中林悠麻さん」
息子に中林を紹介された父親は、軍手を外して握手を求めてきた。それに応えて縦長の手で大きく角張った手を握り返す。
「初めまして、父の理彦です。息子が大変お世話になったそうで……。あの時はありがとうございました」
何のお礼も出来ず……。父親というには少し若めの理彦は深々と頭を下げる。中林は恐縮してしまい、一人ではなかった事を強調した。
「えぇ、小泉さんと仰る方からご連絡頂いたんです。彼にも宜しくお伝えください」
はい。二人は和やかな雰囲気で言葉を交わしている。その様子を見て安心した千郷は家に入り、台所に立っているひょろっと背の高い男性にも声を掛けた。
「母さん、友達連れてきたよ」
すぐ行く。と台所仕事を中断し、玄関まで出てきた男性の所作はほぼ女性と言ってよかった。こうして見ると一つ一つの動きがしなやかで上品な印象を与え、男性ではあるが『母親』の方がしっくりくる。
「匠と申します。古い家ですがごゆっくりなさってくださいね」
「ありがとうございます、三日ほどお世話になります」
喋り口調も上品な彼(女)につられた中林はいつもより畏まってしまう。それを見ていた千郷はムッとした表情を見せる。
「何?母さんみたいなのが好みなの?」
「お前お父さんの前でなんちゅう事言うんだ!?」
中林は考えてもみなかった事を言われて少々慌ててしまう。
「普段と違い過ぎるじゃない、話し方が」
「そりゃそうだろ、目上の方相手なんだからさ。社会人の嗜み程度だろ?」
ふぅん……。千郷は上目遣いで『友達』の様子を伺っていた。一方の中林は早速歴史的建造物レベルの家の中を楽しそうに見回している。
「歴史博物館の等身大模型みたいだな」
「あんま見ないでよ、恥ずかしい」
「あっ悪い、良い家だな、と思って。マンションより全然落ち着くだろ?」
うん、確かに。千郷は中林を見上げて頷いた。
「ただ俺が住んでる所だと、鉄筋コンクリート製とかの建物の方が耐震性に優れてたりするから。好き嫌いはあっても善悪は一概に決めらんないよ。でもこういう家には憧れる」
日本人だと思うよ。中林は再び家の中を見回し始めた。
「そんな家で宜しかったら好きなだけご覧になってください」
自宅に興味を示している客人に声を掛けてから理彦は畑へ、匠は台所へと戻っていく。
「屋根裏が僕の部屋なんだ、小さい頃からそこが好きで」
「へぇ、見せてくれよ」
「良いけど……。あんま片付いてないからそこは目瞑っててね」
千郷は少し恥ずかしそうにしながらも、個人スペースとなっている屋根裏部屋を案内するため、これまた古くアンティークレベルの階段を使う。元々は隠し階段だったのだが、一度その機能が壊れてしまって以来、修理はしてあるがそのまま出しっ放しにしている、と言った。
屋根裏と言っても、天井は思っていたよりも高かった。しかし中林にはギリギリの高さで、低い部分は屈まなければ頭を打ってしまう。
「悠麻君の身長だと頭すれすれだね」
「あぁ、建てられた当時の日本人の身長がそれだけ低かった、って訳だ」
「うん。明治時代にはあったらしいんだ、この家」
「じゃあ男でも身長百五十センチ台がザラに居た時代だな……」
中林はこの家が建てられた頃の時代背景も然る事ながら、生物図鑑の多さにも気を取られている。
「凄いな、どれもこれも難しそうなのばっかじゃねぇか」
「これでも物足りないくらいだよ、載ってる内容も古くなっちゃってるから。この分は母さんのお下がりだから当然なんだけど」
買い換えようかな?口ではそう言いながらもとても大切に取り扱っている様で、年季は入っていても物はとても綺麗だった。
「買い換えたところで棄てたりはしないんだろ」
「もちろん、プレミア付くかも知れないし」
「そこ期待してるのか?」
意外とゲンキンなその発言に中林は思わず苦笑いしてしまう。
二人は階段を降りて居間に入る。部屋の中央に囲炉裏があって火もおこしてあるので室内はほっこりと暖かかった。
「暖かいな……、今の暖房器具より良い」
「うん、エアコンって意外と暖まらないんだよね。復学する時はストーブ持って行こうかな?」
「契約によってはNGの所があるから事前に聞いといた方が良いぞ」
そうなの?千郷は意外そうな顔をする。しかし想像は出来た様で、都会の不便さに少々不満げな表情を見せた。
中林は家の中をくまなく見せてもらうと、今度は理彦の居る畑に興味を示す。
「ここの農作業って何人くらいでやってるんだ?」
「基本は父が一人でやってる。母方の家族も時々は手伝ってくれるし、田植えと稲刈りは御近所総出で手伝い合って、僕も久し振りに稲刈り参加したんだ」
どおりで。中林は出逢った頃の青白い肌を思い出しながら、少し日焼けしている可愛い顔を見る。
「俺小学校の授業でした事あるわ」
「授業でするの?稲刈りを?」
「あぁ。父兄の田んぼを学校が借りてて、課外授業でもち米作るんだ。田おこしから餅つきまで、見学したり体験したりしながら一年かけて勉強するんだよ」
都会っ子なんだね。千郷にとっては稲作が小学校の授業にある事自体が意外だった様だ。そんな話をしながら畑の中に入っていくと、中林は仕事の手伝いを申し出た。
「お客さんにそんな事させられないよ」
「そうですよ、長旅でお疲れでしょう?」
二人はその申し出を断ってきたが、これも一つの経験だから、と中林も譲らない。
「しかし服とか汚れますよ」
「大丈夫です、実はそれ用の服も靴も持ってきてるんです」
着替えてきます。中林は申し出を押し切って一旦家に入る。千郷も彼に付いて行き、作業用の服に着替える事にした。
「どおりで荷物が多いと思ったんだ」
「こんなチャンスなかなか無いからさ、でも遊び感覚でやるのは申し訳ないな」
「そんなの気にしなくて良いよ、あれで人を招くの好きだから」
二人は着替えを済ませて外に出る。中林は理彦からレクチャーを受けながら、日が暮れるまで畑仕事を手伝ったのだった。
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