コーヒーゼリー

谷内 朋

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恋愛編

ー13ー

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 「何であの二人引き合わせたかなぁ?」
 ある日の夜、ゲイバーの客として現れた津田に文句をたれている毛利は、最近波那が中林と交際を始めた事を不安がっている。
 「ちょっと待てよ、俺のせいにしてないか?」
 「してるよ、あの男がどれだけ粗暴か知ってんの?」
 「知る訳無いだろ、仕事でそんなの出たら即クビになってるよ」
 津田は知り様も無い事を責め立てられて少々迷惑顔だ。遊園地の一件からしばらく後、彼の担当エリアが変わった事で毛利が勤務している診療所でも顔を合わせる様になっていた。それで更に親しくなった二人は、今やお互い誰よりも接する時間が多くなっている状態である。
 「まぁ確かに。十年ほど会ってなかったから偏見もあると思うけどさ、ガキの頃から僕よりでかかったから力で勝った事無いんだよ」
 「へぇ、でもそう言えば悠麻の奴遊び半分の相撲で体重百キロの男投げ飛ばしてたよ」
 「あいつ見た目より怪力なんだってば。悪い風に作用して波那ちゃんに暴力なんて振るおうものなら即死しちゃうよ」
 「変な心配するなよ。十年前はともかく今はそんな事しないって」
 津田は不安そうにしている毛利の二の腕をパン!と叩く。
 「大丈夫だよ。波那ちゃんと付き合い始めて、あいつの目付きが優しくなってる様な気がするんだ」
 「ホントに?」
 そう言えば波那ちゃんから来るメールの内容はいつも幸せそうだな……、毛利はもしかして何らかのSOS?と変に勘ぐって読んでいたのだが、本当に取り越し苦労なのかな?その答えはわずか数日後にもたらされ、彼はこれまで見た事の無い光景を目の当たりにするのだった。

 「うっそでしょ……?」
 交際を始めたばかりの中林と波那が仲良くゲイバーに姿を見せると、一目見て分かる程に善人化している知人に毛利は一人驚いている。自身以上に悪人だと思っていた男がごくごく真面目な二十代男子に変貌を遂げており、口の聞き方以外はむしろ好青年だった。
 「?何見てんだよ?」
 「そりゃ見るよ、アンタ頭でも打ったのか?」
 大袈裟なまでにびっくり顔の毛利を波那は不思議そうに見つめている。
 「どうしたの?」
 「だってさぁ、ほぼ別人じゃん」
 「何言ってんの?翼君、このところ変だよ」
 イヤイヤイヤ。粗暴な中林を知っている毛利には別人にしか見えず、今の中林しか知らない波那には言っている事が今一つピンと来なかった。
 「僕の知ってるこの男はこんなじゃないんだよ?十年前の姿見たら波那ちゃん絶対引く」
 「あぁ、それは否定出来ない。今俺魔法にかかってるから」
 中林は思春期時代いかにもな不良少年だった自身を思い出して苦笑いする。
 「魔法?」
 「中途半端に上手い事言ってんじゃないよ」
 毛利は中林の言わんとしている事が理解出来て思わず笑ってしまう。
 「……そうか、あんたにも分かるんだな」
 古い知人同士ながら初めて意志疎通を図った二人の姿に、ちょっと何?二人で。と軽く嫉妬した波那だったが、その様子を一人微笑ましく見つめていた。

 しばらくして偶然客として店に入ろうとしていた畠中の足が止まる。傍らには最近交際を始めた大学生の男の子もいて、どうかした?と声を掛けられる。
 「いや、会いたくない知り合いが居たもんだから」
 「そう。じゃお店替える?」
 ちょっと覗いてくる。畠中は男の子にここで待つように言ってから、階段を更に降りて中の様子を伺うとかつて仲違いした同級生と毛利が仲良く話していた。
 あの二人いつから親しくなったんだ?見た事の無い光景に引き寄せられて入口の前に立つと、奥のトイレから戻ってきた男性客が同級生に寄り添う様に座った。その男性客とは一度だけとは言え体の関係を持った小泉波那で、二人は人目もはばからず仲睦まじく体を寄せ合っている。
 何なんだよ!?これ。畠中は自身の事を棚に上げて猛烈な嫉妬心を湧き上がらせていた。最近体調良いみたいだよ。と小田原から聞いていただけに、この男との交際も一役買っていたのかと思うと無性に悔しくなってくる。
 「店、替えよう」
 「え?うん……」
 結局店に入らず階段を上がり、男の子の腕を掴んで外に出る。彼の脳裏には波那の事しか頭に無く、一緒に居る恋人の事などそっちのけになっていた。

 『あの女がどうしてああなったか、教えてあげよう……』
 ドスの効いた低音の女の声が再び畠中の耳の中で鳴り響く。その女は全てのパーツが大きく浅黒い肌色をしており、大きな手で畠中の体を押さえつけて大きな口から大きな歯を覗かせて不気味な笑顔を見せている。今の彼であれば振り払えただろうが、この時は小学生くらいの体格になっていてそこまでの力は備わっていなかった。
 女は大きな顔を畠中の美しい顔に近付けてニヤニヤしている。彼に対してだけは無かったものの、日頃からこの女の暴力行為を目の当たりにしているせいで恐怖心を植え付けられていて体が硬直してしまう。それを良い事に女は子供の体を触り、服の中に手を入れてくる。
 キモチワルイ……。畠中少年は不快感を滲ませていても女はお構い無しで、少年の穿いているパンツのファスナーをゆっくりと下ろし、剥き出しになった少年の性器に自身の股間を密着させてきた……。

 畠中は悲鳴に近い声を上げて右手を振り上げていた。既に女の姿は無く、少し気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。今彼は自宅のベッドの上に居るのだが、誘い込んでいるはずの恋人の姿が何処にも見当たらない。
 千郷チサト?彼は恋人を探すついでにシャワーを浴びようと部屋を出ると、リビングから微かに光が漏れていて小さいながらもテレビの音が聞こえてくる。
 「眠れないのか?」
 リビングを覗いた畠中は、探していた恋人の背中に声を掛ける。彼は小さな肩をビクッ、と震わせ、驚いた表情を見せながらも可愛らしい笑顔を向けた。
 「……うん。ゴメンね、起こしちゃった?」
 「いや、夢見が悪かったんだ」
 風呂入ってくる。とだけ言い残して洗面所へと入っていった畠中の後ろ姿を、千郷はもの悲しげに見つめていたのだった。

 火曜日の昼休み、波那は今やすっかり親しくなっている同僚の小林と共にお弁当持参で中庭に行くと、最近自炊をする様になった愛梨が参加していた。
 「久し振りだね、波那ちゃん。そちらの方、もしかして小林さん?」
 「うん。紹介しますね、営業二課の南さん」
 初めまして。二人は笑顔で挨拶を交わし、早速お互いのお弁当を披露し合っていた。波那も中身を見せてもらうと、本当に家事が出来なかった人なの?と思えるくらいにハイレベルなもので、味もしっかりと上達している。
 「凄いよ愛梨ちゃん、上達早いね」
 「そう言ってもらえると自信になるよ。今度これまでのお礼にお弁当作ってあげるね」
 「ホント?楽しみにしてる」
 二人がそんな話をしている間、小林のお弁当に一課の女性社員たちが注目していた。彼女はかつてお料理雑誌主催のお弁当コンテストで入賞しており、小田原の後継者に最も近いと言われている。
 「波那ちゃん、久し振りだね」
 そこへ外回りから戻ってきた小田原と畠中が中庭にやって来る。
 「ご無沙汰してます。最近外回りが増えたそうですね」
 そうなんだよ??。小田原は嬉しそうに会話を楽しんでいたのだが、畠中は先日のデート現場がちら付いてしまい、先行ってます。と一声掛けて屋内に入っていく。その時波那のすぐ傍で何かが落ちる音がしたので、食事の手を止めて付近を見ると古びた懐中時計が転がっている。
 誰のかな?波那はそれを拾い上げてよく見てみると、『S.H』のイニシャルが彫られてあった事で畠中の物ではないか、と推測し慌てて彼を追い掛ける。
 「畠中さん」
 早足で歩く畠中に小走りで追い付こうとするも、聞こえていないのか足を止めてくれない。
 「畠中さん、落とし物です!」
 普段なかなか出さない大きな声で呼び止めると、ようやく足を止めて振り返った。波那は乱れた呼吸を整えながら畠中に近付き、手にしている懐中時計を見せる。
 あぁ……。畠中は反応薄くそれを受け取り、波那の顔を見る。
 「あなたの物で合っていたみたいですね」
 「あぁ、ありがとう……」
 気の抜けた返答しか無かったが、波那は特に表情を変えず安堵した笑顔を見せる。しかし畠中はその顔をまともに見る事が出来ず、じゃ。とだけ言ってさっさと立ち去ってしまった。
 波那は少し寂しそうに背中を見送ったが、見えなくなるとすぐ踵を返して中庭に戻る。小田原と営業一課の女性社員たちの輪の中に入ると、かつてビジネスパートナーであった志摩の話題で少しばかり暗い表情を見せている。聞くと後任の係長が大人しくてお人好しな彼の性格を悪用してこき使っているようで、係長の悪評を知っている波那もそうならない事を祈っていただけに少々気になる話だった。
 「今日は僕お弁当じゃないんだよ、畠中君と食堂で食べるんだった」
 じゃあまた。小田原も中庭の集まりから離れて屋内へ消えていった。一課の女性社員たちと共に上司を見送った波那に奈良橋が声を掛けてきた。
 「そう言えば波那ちゃん、品評会に参加するの久し振りじゃない?」
 「はい、最近は一人一品料理を持ち寄って課の皆と一緒に食べてるんです」
 「そんなのやってるんだ、庶務課の方たちだけでなの?」
 「えぇ、今のところは。まだ始まったばかりなので」
 「何だか楽しそうですね」
 その話に牟礼が食い付いてくる。
 「楽しいですよ、来週の月曜日に何か一品作って遊びに来てください」
 好反応を示している一課の女性社員たちを小林が誘うと、彼女たちは、小田原さんも誘おう。と言い出した。
 「その日でしたら志摩さんも誘いませんか?あの方自炊なさいますから」
 「そうだね、一緒に声掛けてみるよ」
 波那の提案に望月の後任で一課に加入した大澄玲子オオスミレイコが乗り、その日のうちに話を付けてくれた。

 翌週の月曜日、志摩は小田原と共に庶務課へ遊びに来たのだが、今月いっぱいで家業を継ぐ決意をして退職する事になり、これが最初で最後の参加となった。
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