コーヒーゼリー

谷内 朋

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告白編

ー9ー

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 年が明けて仕事始めとなるこの日、ほぼ全社員が顔を揃える中波那は早々に体調を崩してしまい、午前中のうちに病院で診察を受けてから進退を決める事にした。それが課長から伝えられると、奈良橋と望月は残念そうに波那のデスクを見つめている。
 「波那ちゃん、四年連続ならずだね」
 「まだ分からないよ、午後から出勤したら問題無いんだから」
 二人の会話に、年末に失態を冒した牟礼が反応する。
 「小泉さんってそんなに体が弱いんですか?」
 事情を知らない牟礼に二人が波那の持病について説明をしているところへ畠中が出勤してきた。
 居ない……。入社以来毎日密かに波那のデスクをチェックしており、仕事始めのこの日に出勤していなくて少々ガッカリする。体長崩したのか?本心では物凄く心配しているくせに、表向きは我関せずな振りをして普通に仕事に取り掛かった。

 検察に異常の無かった波那は、回復を待って午後から出勤する。
 「おはようございます、今年も宜しくお願いします」
 その姿を見た望月は、嬉しそうに彼を出迎えてくれた。
 「良かったぁ、今年も無事出勤出来たね」
 「でも午後だけになっちゃった」
 「良いじゃない、出勤出来れば御の字よ」
 昼食から戻ってきた奈良橋も声を掛けてくる。その後続々と社員たちが戻ってきて安堵の表情を見せる。
 「おめでとさん、別に休んでも良かったんじゃないのか?」
 それでも決して顔色が良いとは言えないのが気になる沼口は心配そうにしている。
 「仕事始めはちゃんと出勤したかったんだ」
 「だからってあまり無理するなよ、今日みたいな日はほとんど仕事なんて無いぞ」
 課長も戻ってきて波那の体を気遣う。彼は改めて正月の挨拶をし、年明け早々に体調を崩してしまった事を謝罪した。
 「年々病欠は減ってきてるんだ、あまり気に病むな」
 「はい、ありがとうございます」
 波那は早速デスクに着いて昨年後回しにしていた仕事に取り掛かり始めた頃、午前中の外回りを終えた畠中がようやく戻ってくる。このところ報連相もきちんと出来るようになり、課長に仕事内容の報告をしてからデスクに戻ると、出勤している波那を見て安心しているくせに、気持ちとは裏腹に毒を吐いてしまう。
 「早速重役出勤かよ」
 その言葉にシュンとした波那は、すみません……。とうなだれてしまう。
 「なぜそこで意地悪言う?」
 「あんたホント最低だね!」
 奈良橋には呆れ返られ、望月には非難されるも、うっせぇ。とその反旗を一切無視していると、今度は沼口が畠中を見る。
 「お前さぁ、振られた腹いせにしても醜いな」
 「そんなんじゃありません」
 畠中はこの日の外回りを終えたので、午後からはデスクワークに取り掛かると何かが足元にぶつかり、それに気付いて下を見ると消ゴムが一つ転がっていた。
 誰のだ?それを手に周囲を見回す彼の視界に、緊張気味にしている波那が、すみません……。と声を掛ける。
 「あぁ、あんたのか。……顔色良くないじゃねぇか、あんま無理すんな」
 波那はまさかそんな言葉を掛けられると思っておらず、一瞬思考回路がフリーズしてしまう。
 あっ、ありがとうございます……。波那は消ゴムを受け取って畠中の澄んだ黒目を見つめていると、前回食べられなかったのにまたしてもコーヒーゼリーを食べたくなってしまったのであった。
 この日を境に畠中は少しずつ波那に優しくなっていく。口の聞き方は以前のままだったので同僚たちには呆れられていたのだが、彼の中にあった苦手意識は少しずつ解きほぐされていった。

 それから少し経ったある金曜の夜、職場最寄り駅で火災が発生した。と騒ぎになる。事故なのか事件なのかは不明だが、いずれにせよ交通機関を利用している者たちにとっては大打撃な出来事である。
 波那も例にもれず帰宅が困難となり、どう帰ろうか思案に暮れていた。タクシーで帰ろうと乗り場で順番を待つ事にするが、タクシードライバーの田村さんから連絡があり、火災と交通渋滞で駅に近付けない。と言ってきた。
 『いやぁ、申し訳無い。渋滞にはまっちまって動けないんだ、他の奴らも似たような状況みてぇでさ』
 「そうですか……。わざわざご連絡ありがとうございます」
 帰宅を諦めて会社に戻ろうかなぁ?そんな事を考えながらも一縷の望みを持ってそのまま並んでうちに段々と気分が悪くなってくる。
 そんな波那を偶然見掛けた畠中は、というと翌日の休日出勤を考慮した上で早々に帰宅を諦めて既にホテルを押さえていた。宿は手配できた。と一人気楽に夕食処を探していたのだが、再びホテルに連絡を入れて、もう一人泊めて欲しい。と頼むと、エキストラベッドを入れる形でなら。と応対してもらえる事になった。
 それでお願いします。彼は二人で泊まれるよう手配を済ませると、行列に並んでケータイをいじっている同僚を引っ張り出した。
 「何やってんだ?来もしないタクシーなんか待っててもしょうがねぇだろ?」
 「そうなりそうなのでホテルを探しているのですが……」
 「それならさっき手配した。どこか店に入ろう」
 二人は初めて並んで歩き、少し離れた商店街にある居酒屋で食事を摂ってからホテルで体を休める事にする。

 「すみません、こんな事までして頂いて……」
 「良いよ、そんなの」
 波那は思わぬ親切に礼を言ったが、素っ気ない態度を取られて少々困惑してしまう。
 「部屋、別々の方が良かったんじゃ……」
 「何で?一応顔見知りな訳だし、俺らみたいなのがわんさか居るんだからさ。この方が少しでも多くの人が泊まれるじゃねぇか」
 「それもそうですね……」
 そう返事はしたものの、昨年末の告白劇もあって多少の気まずさを感じてしまう。もしかしたらもう踏ん切りを付けているのかも。そういう事にしてあまり意識しすぎない様にする。
 「風呂、先に入るぞ」
 「えぇ、どうぞ……」
 波那はその間に自宅に連絡を入れ、駅の火災で交通機関が麻痺している事とホテルで夜を明かす事を告げた。早苗の話によると麗未の方でも影響が出ているそうで、彼女は社内泊になると連絡があった。と教えてくれた。
 「何だか疲れちゃったなぁ……」
 彼は寝間着に着替えるとエキストラベッドに横たわり、運良く宿泊出来た安心感からかいつの間にかうたた寝をしてしまっていた。

 「疲れた顔してんな」
 風呂から上がった畠中はエキストラベッドで眠っている波那を見つめており、初対面の日に一瞬だけ目が合った時の事を思い出していた。
 こんな可愛い子居るんだ……。好きなタイプの顔立ちでほぼ一目惚れ状態だった。思わず見惚れていたのを勘付かれた様だったのだが、特に気にしていないのか実は偶然だったのか、微笑みを見せて会釈してくれたのに、罰の悪さから羞恥心が出てとっさに視線を逸らしてしまった。
 そのせいもあってなかなか声が掛けられず、その機会を得られても嫌味しか言えずにすっかり嫌われているのだが、それを打破したくて酒の力を借りる形で大勢の前で交際なんか申し込んでしまった。その場で既に振られているのだが、執念深く全く諦めておらず今は手の届く所に居る。
 畠中は波那の髪の毛をそっと触る。ほんの少しクセのある柔らかい髪質で、ずっと触っていたい衝動にかられてしまう。
 起こさないでおこう。眠っている隙に髪を触っている時点で理性など保たれていないのだが、どうにか衝動を抑えて手を離す。
 波那は何かを感じたのかうっすらと瞳を開けて時計を見ようと首を動かしたのだが、寝ぼけまなこながらも異変に気付き、慌てて飛び起きてその場から離れる。
 「なっ何してるんですか?」
 畠中に寝顔を凝視された波那はすっかり動揺して声が上ずっている。
 「あんたの寝顔見てた」
 「どうして……?」
 畠中はそれには答えず波那の腕を掴み、自身の方に引き寄せて背中に手を回してくる。波那は恋愛感情で男性に抱き締められた事など一度も無かったので、とにかくこの状況から逃れたくて抵抗はするものの、畠中の長い腕が彼の体にしっかりと巻き付いてびくともしない。
 「離してください、こんな事したくありません」
 しかし畠中はその言葉を聞き入れず、そのままベッドに押し倒すと波那の首筋に唇を這わせ、長い指を下着の中に滑り込ませてきた。波那は持てる力を振り絞って上に乗っている畠中の体を押し退けようとしたが、呼吸の乱れと疲労のせいで体力は奪われ、体は不可抗力のまま操られていく。
 「んん……!うぅ……」
 呼吸の浅くなった波那の体には酸素がまともに入らず、次第に息が苦しくなってくる。畠中は一気に動きの弱くなった波那の異変に腕の力を緩め、下着の中に入れていた手も抜き取ってぐったりしている体を支えてやる。
 「波那……」
 その声はとても優しく波那の耳に届いていた。呼吸を乱していて返事は出来なかったが、畠中に対する恐怖心と嫌悪感は一瞬にして消し去られる。波那は彼の逞しい体に身を預けてゆっくりと呼吸を整えており、その間は分からないなりに体をさすったり、胸を押さえている手を握ったりして落ち着くのをただじっと待っていた。
 本当はあの黒目が気になった時点で何かを感じていたのかも……。口が悪くて意地悪な事しか言わないのに、時折垣間見せるようになった優しい一面にときめきを覚える事も密かにあったのだ。
 「畠中さん、あの時はごめんなさい……。『嫌い』なんて言葉、使う必要無かったんです……」
 波那はくすぶり続けていた気持ちをようやく伝える事が出来てホッとした表情を見せる。そんな彼を可愛く思う畠中は、そっと体を抱き寄せて優しい口づけをし、汗で少し湿った髪の毛を触る。空いている手は再び下着の中に入れて股間を弄り始め、波那は戸惑いながらも少しずつ受け入れていく。畠中は着ている服を全て脱ぎ捨てて小さな体の上に乗り、二人はついに結ばれる。……のだが、女性としか経験の無い『処女』である波那の体は本能的に交わりを受け付けず、『異物』の『挿入』に痛がり始めた。
 痛ぁっ……!波那は交わりを解こうと畠中の体を押し退けようとするが、それがかえって自身の穴を狭める結果となってますます状況は悪化する。
 「ダメッ……!動かさないで……」
 波那は痛みに堪えきれず涙を滲ませながら懇願する。畠中はそんな彼の体を愛撫して気を紛らわす様仕向け、穴が少し緩んだ隙にすっと交わりを解いた。波那の力は一気に抜けて初めて経験する痛みに泣き出してしまい、ごめんなさい……。と言いながら畠中の胸に顔をうずめた。
 「謝るのは俺の方だ」
 今日は止めた方が良いのかも、と思いながらも三度股間に手を入れると、一旦交わった事で畠中に馴染み始めた波那は、脚を広げて体を擦り寄せてきた。畠中は指を穴の中に入れ、硬くなり始めた性器を弄ると精液が漏れ出てじっとりと濡れていく。
 「あぁっ……ああぁ……!あっ、あっ、あぁん……」
 波那は畠中に体にしがみついて少し恥ずかしそうに喘ぎ声を上げる。その体を一度引き剥がして見た波那の顔はほんのりと紅くなって欲情しており、瞳はとろんとして艶やかに潤んでいる。その表情にすっかりほだされた畠中は、無防備になった彼の体に自身の性器を挿入させて二つの体を一つに重ね合わせる。波那は瞳を閉じて畠中とのセックスを受け入れ、腰を動かして奥へ押し込んでも痛がらなくなっていた。
 畠中さん……。波那は本能を目覚めさせ、体を求めて甘えてくる。畠中はそんな彼がたまらなく愛しくて睡眠を惜しんで情事を重ねていく。波那は何度かの交わりを終えると疲れ切って眠ってしまったのだが、自身の腕枕で眠るその寝顔は天使にしか見えなかった。
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