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quarante-sept

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「なぁなつ姉」
 ん? あっそう言えば何で急にここに誘ったの?
「さっき通話するっつってたのって三井さん?」
「うん、社長からの言伝で『火曜日の朝出勤したら社長室に行け』って」
「そんなのメールで良くないか?」
「それ自体はメールで来たよ。ただちょっと変なことがあったみたいで」
 私は弥生ちゃんとの通話の内容をざっくりと説明した。今日は秋都とこんな話ばっかしてるような……。
「ふ~ん、待ち伏せねぇ。心当たりは?」
 心当たり……ありそうで無さそうな。
「う~ん、霜田さんは無いな」
「そらそうだろ、あの人はる姉に目移りさえしなきゃかなりマトモだぞ。身長も低くはないけど印象に残るくらいなら百八十くらいはあるんじゃねぇの?」
「弥生ちゃん小柄だから冬樹くらいでも十分高いかなぁって思っただけ」
 まぁなぁ。秋都はナッツを口に放り込む。
「あと一二三は無いわね、顔立ち整ってないもん」
「目鼻口の配置は許容範囲内だろ? いくら阿呆でも親父のメンツ潰すようなマネはしないって」
 だわなぁ、だったら誰だぁ? と思ったところで秋都が考えもつかなかった男性の名前を出してきた。
「えっ? 何でそうなるの?」
「何でって一番やりそうだからだよ」
「アンタ二度しか会った事ないじゃない」
「んなもん回数なんか関係ねぇだろ、直観で『コイツヤベッ』的な奴って少なからずいるだろうが」
 まぁそうだけど彼に限って言えばそれは無いと思う。それをするメリットあるとは思えないから。
「そんなことして何の得になるのよ?」
「知らねぇよそんなの、例え誰であっても同じだろうが」
 絶対に彼じゃない……そんな保障はどこにも無いが私は彼を信じたかった。だからという訳でもないが、弥生ちゃんが言ってた男に見合うんじゃないかという別の男性の名前を出してみる。
「あ~可能性はゼロじゃないな」
「やるとしたら多分そっちだよ、あとはもう思い付かない」
 私は残りの酒を飲み干した。
「まぁ最後のやけっぱちだと思えば考えられなくもねぇけど、俺の中では釈然としないとだけ言っとくわ……それよりもう一杯飲むか? 今戻っても部屋の中はカオスだぞぉ」
 うん、何となく想像つく……私は頷いてグラスワインを注文した。この辺りは内陸部なのもあったり国内有数のワイン産地にほど近いのもあって葡萄作りがそれなりに盛んらしい。んで地場産業の一環としてワイン産地で修行を積んだ醸造チームが一念発起して作り上げた物だと聞いたので飲んでみたくなったという訳。
「美味しかったら買って帰ろう」
 そうだ! この前のお詫びに小瓶があればあいつらに買ってやろう。労せずして詫びの手土産が決まった私はナッツをつまみながらワインが来るのを待つ。
「ところで仕事は慣れた?」
 秋都は最近職を変えて○○市中心街にあるビジネスホテルのフロント係になった。ラブホのベッドメイキングのアルバイト経験があったので元々はアメニティ部門で応募したのだが、ルックスの良さが気に入られてフロント係での採用になった。お陰で夜勤やら二日間ぶっ続け勤務とかもあるが、夜勤自体はコンビニのバイトで経験もあるし何より愛想が良いので割と楽しく……コイツ誰とでもすぐに仲良くなれるからどこへ行こうと上手くやっていけるのだが。
「おぅ大分な。俺アメニティの方が好きなんだけど、雇って頂いてる身で贅沢は言えんわな」
 基本秋都は好き嫌いを言わない、ラブホのベッドメイキングの仕事だって何気に楽しんでやってたから。
「そう、綺麗なお客さん捕まえてナンパとかしてないでしょうね?」
「んな余裕まだ無ぇわ、けど繁華街側だから出張で来るおっさんが多い」
「それなら江戸食品辺りのホテル使わない?」
 あの辺だって何だかんだで宿泊施設は充実してる、聞くとカプセルホテルが多いそうだけど。
「何言ってんだ、仕事済ませて繁華街でハメ外すからだよ。昔に比べればかなり減ったらしいけど、自腹切って遊ぶ分には自由だから一定数は居るよやっぱり」
 はぁ……何だかんだでネオンなお遊びが好きなのね男って。
「さっきの話に戻るけどさ、一応はる姉とかの耳に入れといた方がいいんじゃねぇの? 何かあってからじゃ手遅れだぞ」
「大丈夫だって、昨日の今日でこんな話したらお姉ちゃん発狂しちゃうわよ」
 折角の旅行が台無しになっちゃうよ。
「どのみち発狂するだろ、どうせなら早い方がいいと思うけどなぁ。三井さんだってそれを承知でわざわざ連絡くれたんだから、つまりはなつ姉の身を案じてくれてんだよ」
 そうかも知れないけど、秋都だとここで話した内容を全部言っちゃいそうで変な先入観を植え付けかねない。
「取り敢えず彼を疑うのはやめてね」
 そこだけは念を押しておかないと。秋都はそんな私を呆れ顔で見てから分かったよと少々不満げに答えた。
 その直後に出されたグラスワインはとても美味しかった。どこで販売しているのかと尋ねると、近所の土産物屋さんでも買える事とワイン工房の住所を教えて頂いた。早速明日買ってしまおうかな? 因みにお値段は一本あたり千円もしないとのこと、それならケチらず標準サイズにしますか。
 秋都との話し合いの結果、部屋に戻ったら姉には伝えるという方向でまとまった。そろそろカップルと冬樹コブのカオス状態はもう収まっているだろうとバーをあとにする。
「ただいまぁ、アレ? 兄貴とふゆは?」
 部屋に戻ると姉が一人でテレビを見て地ビールを開けていた。まだ飲むか姉よ……と人の事は言えないが。
「お帰り、今露天風呂に入ってるわよ」
「そうか、じゃあ今のうちに話済ませちまおう」
 秋都と私は姉の向かいに座ると、姉は何かを察してテレビを消しビールを退けた。

「……」
 私は弥生ちゃんの通話の内容を姉に話した。姉はひと通り聞いたところで眉間にシワを寄せて右のこめかみを押さえている。
「お姉ちゃん?」
「ったく次から次へと」
 えっ? 何? どういうこと?
「はる姉、心の声がダダ漏れてるぞ」
「もう黙っておく訳にいかないわ、今からちょっとショッキングなこと話すけどいい?」
「今ここでかよ?」
 秋都はギョッとした表情をして姉を見る。何? 何か知ってんの?
「家でするよりはマシかも知れない、壁に耳ありという意味ではね」
 姉はほぅと一息ついて瞳を伏せる。化粧を落としていても色が白くてはっきりした顔立ちなので見た目はそこまで変わらずお美しい……ってこんな時に言うことではないのだが。
「風呂に入ってる二人はどうすんだよ?」
「折を見て私からちゃんと話す」
 姉はそう言って綺麗な瞳を私に向けてから本当にショッキングなことを話し始めたのだった。

「全然気付かなかった」 
「と思って言えなかったの、怖がらせたくなくて」
 ゴメンねなつ。姉は私の手をそっと握ってくれる。冷え性なので指先はちょこっと冷たかったが、ほんのりとした温もりが体中に伝わってくる。ちょっとショックだし言ってくれてもよかったのにと思う気持ちはあるんだけど、それはきっと結果論であって姉なりに私を思って今まで黙っていたんだとも思う。
「正直両方の気持ちはあるんだけど」
 そうよね、姉もそれは解っていたみたいでゆっくりと頷いた。
「なぁ、しばらくなつ姉は一人で行動しねぇ方が……」
「でもどうすんのよ? 無理があるでしょ」
 誰か彼かが一日ベッタリいるの? それ引き受ける暇人なんているの?
「このところの状況を考えたらノゾムさんたちも警戒を解いていないと思うわ、しばらくは静観しましょ……っと噂をすれば何とやらかしらね、ちょっと待ってて」
 姉は何が入るの? と聞きたくなるくらいに小さなバッグの中からケータイを取り出し通話を始める。
 「はい……えぇ、少しだけなら……えぇ、さっき聞いたわ……分かった、あなたにも迷惑掛けるわね。取り敢えず『ありがとう』と言っておこうかしら……チッ、それ以上言ったら殺すぞてめぇ」
 最後は物騒な言葉を掛けて一方的に通話を切る姉、その口調だと多分社長だな。あのホストノゾムさんと大学が同じだそうで、私が海東文具に就職する云々以前から姉とは面識があるらしい。社長はバイなのもあって当時から随分と姉にご執心で、事ある毎に『俺と付き合え』だぁ『一発ヤラせろ』だぁ言ってはああやってかわされ続けている。そろそろ懲りろよとも思うが、姉を凌ぐほどのいいお相手が見つからない限り当面は続きそうだ。
「またあのスケベ社長か?」
 秋都はそう言ってケケケと笑う。
「うん、最後のクソ台詞さえ無ければ……」
 要はまた懲りずにヤラせろとでも言ったんだなあのホスト、姉は不服そうにぶつくさ文句を言いながらケータイをバッグにしまった。
「社長も懲りないね、先輩のこと話してないの?」
 姉はその辺律儀な性格だと思うんだけど……あのホスト勝手なところで耳に蓋しやがったか。
「してあるわよ。それであのザマなんだからいい加減にしてほしいわ」
 姉はげんなりとした表情でため息を吐く。言い寄られるのはイヤみたいだけど心底嫌っている訳でもないようで……私の雇い主でもあるから強く言えないのかな?いや結構辛辣な事言ってらっしゃるからあんま関係ないのか。
「ねぇ、社長は何て?」
「えぇ、弥生ちゃんからの通話内容とほぼ被ることよ、男のモンタージュ画像を作って社内でも警戒を呼びかけるって。それと石渡組には話したって、何かあってからじゃ遅いから」
 う~ん何だか大袈裟な気もするんだけど。でも実際有事がある方が問題な訳で、背に腹は変えられないとはまさにこのこと。
「大袈裟だって思うのは分かるけど、一定の解決がされるまでは我慢して」
 姉は私の手を更に力を込めて握ってきた。
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