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quarante-trois

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 待ち時間の間は外の紅葉を楽しんで全く退屈しなかった。久し振りに四人で写真を撮りまくり、遊園地に誘われていた返事のついでに杏璃に画像を添付して送信した。
「なつ姉ちゃん旅行中はメール禁止ぃ!」
 冬樹はムスッとした顔でそう言ってくる。
「杏璃に用事があったからその返事と今撮った画像を送っただけ。はいもう終わった」
 私はケータイをバッグに放り込む。
「それくらい良いじゃないのふゆ」
 姉はにこやかな表情でふゆをたしなめてる。
「何だ杏璃かぁ、ならいいや」
 と言っている間に早くも返信、時間的にも多分杏璃だな……と思ってメールを開いてみると郡司君からだったので思わずドキッとしてしまう。
【今何してる? 昼休憩?】
 昨夜話さなかったっけ?今日の事。拉致られて腹が立ったのと告られちっくな展開でドキマギしたのがごちゃごちゃになってよく憶えていない。これは返信するべきなのか? ただ冬樹の視線がちょっと痛い。
「なつ姉?」
「ん? 杏璃から返事が来ただけ」
 私は取り敢えずその場を誤魔化し、再びケータイをバックにしまう。昨日の今日だからこのメールが郡司君だと分かると二人とも発狂しそうだ、折角の旅行をこんなことで雰囲気ぶち壊しなんて私だってまっぴらごめんだ。
「お待たせ致しました、天麩羅盛り合わせ蕎麦でございます。今日は比較的暖かいですのでざる蕎麦に致しました」
 四人分の天婦羅盛り合わせざる蕎麦を持って海斗さんと従業員の女性が個室に入ってきた。海斗さんは店長というか経営者だからともかく、この女性は休日出勤なんだよね? う~んウチのワガママで申し訳無いわ。
「うわぁ~い僕ざる蕎麦派~♪」
 さすがは蕎麦好き冬樹、あっさりと機嫌を直していの一番に座席に着く。さっきまで窓に張り付いていた私たちも座席に戻る。
「ありがとうございます、頂きましょうか」
「「「いただきます」」」
 私たちは早速料理を頂くことにする。姉と私はざる蕎麦から、秋都と冬樹は天婦羅から箸を付ける。市販のものとは明らかに違う蕎麦の香り、ん~美味い♪
「いい仕事するじゃ~んアンジェリカぁ」
 冬樹、もうちょいマトモに褒めなさいな。
「やぁねぇジョセフィーヌと呼んでぇ」
 きょうだいってそんなとこまで似るものなのか? でも見たところ双子だよね?
「いつからそんなニックネーム……」
「実は彼女が付けてくれたんですぅ」
 と紹介された女性従業員さん、彼女は少々恥ずかしそうに私たちに会釈してきた。
有働うどうさやかです」
「五条春香と申します、話には聞いてるけど結構な似た者夫婦・・・・・なのね」
 私たちも彼女に会釈を返したが……えっ? 夫婦なの?
「ある程度似たところが無いと夫婦関係なんて続けられませんよぉ」
「まぁバイなオカマとオコゲはアリだものね」
 姉はすぐさま立ち直って一見全く似た者感ゼロの夫婦を生温かく見つめている。
「でさ奥さん、アンジェリカ弟との馴れ初めは?」
 こういう時の秋都は全く遠慮が無い、他人様の恋バナホント好きだよな。
「見た目がどストライクなんです、あとこの喋りとのコントラスト最高じゃないですか!」
 と瞳をキラキラさせて熱弁を振るう奥様。うん、相当惚れてるのは分かったがコントラストってそういう使い方するのか? 仰りたいことはまぁ理解出来るのであまり気にしないでおこう。
「で、何でジョセフィーヌって名付けたんだ?」
大地だいちさんに源氏名があるんなら彼にもあっていいかなぁって、ジョセフィーヌって可愛くないですか?」
 ジョセフィーヌと言う名は可愛いと思うが海斗さんは可愛いというカテゴリーではないと思う。ってかアンジェリカ大地っていう名前なの? 今初めて知りました。
「俺的にはゴンザレスとかカルロスとかいう勇ましいイメージなんだけど」
「それだと彼の性格には合わないんです、女子力の高さは半端ないですから」
「あ~そこはきょうだい似るんだな」
 ですな、アンジェリカの女子力もかなりのものだからね。私も見習わないと……炊事だけ、それさえ身に付けば私の女子力も捨てたもんじゃない……はず。にしても本当に仲睦まじいご夫婦で日々幸せに暮らしてるんだなぁというのがビシビシ伝わってくる。
 私たちは海斗さん夫妻との会話も楽しみ、景色も料理も最高だった。店を出る直前にご両親とまだ生後間もないお子様も姿を見せてご挨拶させて頂いた。さやかさんが嫁いだ事でこの店の再建と初孫の夢が叶った、双子揃ってマイノリティなので孫を抱けるとは思ってもみなかっただけにとても感謝していると仰っていた。
 こういうご夫婦を見ると結婚に憧れてしまうアラサーの私、幸い我が両親も生前とても仲の良い夫婦で何かに付けよく二人で出掛けていたように記憶している。近いか遠いかは分からないが将来私にも幸せな家庭を作れるのだろうか?とふと郡司君の顔を思い出したが、まだお付き合いに至っている訳ではないせいかいまいちピンとこなかった。

 その後さっきのお蕎麦屋さんでの紅葉鑑賞に満足した私たちは、予定していた県立公園には寄らずに高級旅館に直行した。チェックインを済ませて部屋に案内してもらうとここの景色もまた最高で、露天風呂もめちゃくちゃ綺麗だった。この事を知らなかった姉は感激しきり、案内してくれた仲居さんが部屋を出てから涙ぐんでしまっている今。
「一生無理だと思ってた露天風呂……」
「大袈裟だろはる姉、俺らよか全然稼いでんじゃねぇかよ。外湯が無理でもこれなら存分に入れるぞ」
「もうふやけるまで入る、一生分浸かる」
 姉は相当嬉しかったようで、早速裸足になって足を付けてはしゃいでいる。
「ねぇ気持ちいいわよ、皆で足湯しよ♪」
 普段からにこやかにはしてるけどこんなに笑っているのは久し振りに見るかもしれない。
「折角だから普通に入れよ」
「それだとなつが入れなくなるじゃないの」
 あっそっか。秋都は完全に忘れてましたという顔をして私を見た、おい私は兄貴じゃないぞ。ってな訳で私たちは四人揃って靴下を脱いで秋都と冬樹はパンツを折り上げ、私はスカートにはき替えて足湯を楽しんだ。この時の私たちは綺麗な笑顔の裏で立て続く災難に苦悩していたことに全く気付いていなかった。
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