平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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trente-deux

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「聞かせてもらおうかしら?」
 四人仲良く夕食中、ちょうど話題が途切れたところで姉が『この前・・・』の件を蒸し返してきた。顔はにこやかにしてるけど目はオス化してるから!
「う、うん……(お姉ちゃん怖いから! 取り敢えずステイ)」
 私はバーベキューでの出来事をざっくり……にしたかったんだけど、姉が納得してくれなくてかなり詳細に話す羽目になった。
「あんのエリンギ!」
 あ~、予測は出来てたけどかなりのご立腹だ。
「何もかもすっ飛ばしてプロポーズだなんて」
 まぁそうなんだけど、ちゃんと断ったし一発殴ってきたからもう来ないと思うよ。
「いやはる姉、時としてそういうことって……」
 秋都、今余計な事言うな。冬樹、お前は完全にこの状況を楽しんでんだろ?
「冗談じゃないわよ! あんなのに告らせるためにここまで可愛く・・・育てたんじゃねぇんだよ!」
 ちょっと待ってお姉ちゃん、身内上げにも程があるわそれ。
「ま、待ってくれはる姉! 一般論だ、一般論」
「あのクズを一般論に当てはめる事自体おこがましいっ! ミジンコ以下の知能すら持ち合わせてねぇくせに何で人の形してんだよっ!」
 いやいや怒りの論点ズレてきてるから! 姉は手に力を込め過ぎて長年愛用してきたお気に入りのお箸を片手でへし折ってしまった。今思いっきりバキっ! て言いましたからね。あなた私よりも上品で女性的ですが、怪力ではないにしろ決して軟弱でもないですからね。
「「「「あっ……」」」」
 塗り箸さん、この度はご愁傷様です。
「お気に入りだったのに……」
 姉は無残にへし折られたお箸を悲しそうに見つめている。今は怖くて言えないけど自業自得よお姉ちゃん。
「もぅ~、しばらく割り箸で我慢してね~」
 冬樹は水屋から割り箸を持ってくる。あぁ、祝箸の残りね。姉は多少ショックだったのかしゅんとしてしまい、気持ち元に戻したかったのか九十度近くへし折られた箸を真っ直ぐにしていた(全然直ってないけど)。
「箸供養してこよう」
 姉はその箸を普段通り丁寧に洗い、水切りラックに置く。
「行く暇あるの~?」
「近いうちにまとまった休み取るわ」
「じゃあじゃあみんなで旅行行こうよ~。僕の入試終わったら旅行行くって言ってたよね~」
 あぁそうだったわ。その計画立ててる最中にお見合いの話が来てその話頓挫してたんだった。
「じゃあまずは捻挫治そうね」
「うん! 速攻治す! 治るまで学校行かない!」
 ちょっとくらいは行け、送り迎え君がいるんだから。単位は二年生までにある程度取っておかないと卒業がしんどくなるぞ。
「ふゆ、行きたい所ある?」
 姉はすっかり元の素敵女子・・に戻ってる。当分オス化はお腹いっぱい。
「アカプルコ!」
「国内にしなさい!」
「んじゃ北海道!」
「寒いからイヤ! って最初どこで計画してた?」
「「「……」」」
 忘れてんだねみんな、まぁ私も忘れてますけど。

 とまぁ不機嫌そのものだった姉の機嫌も治り、夕食を済ませてからお風呂に入る事にした。秋都は国語ドリル、冬樹はレポート作成で二階に上がっている。姉は普段客間として使っている十畳間に四人分の布団を敷いているはずだ。もうすっかり成長しているにも関わらず、両親が亡くなった当時まだ三歳だった冬樹のためにきょうだいみんなで考えた“恒例行事”である。今はこうして全員が夜自宅に揃っている日だけ客間に布団を敷き、四人一部屋で一緒に寝るのを冬樹は未だ楽しみにしているのだ。
 私は風呂を出てから髪の毛を乾かし、パジャマに着替えて客間に着くと三人ともしっかり定位置を陣取っていた。部屋の奥から姉、冬樹、私、秋都の順で、真冬以外は出入口の襖は開けっ放しにしている。理由? 秋都の寝相が悪いから。
「思ったんだけど、結構久し振りよね?」
 姉は布団の上にちょんと座って私たちを見回している。
「だってはる姉ちゃんとあき兄ちゃん最近朝帰りなんだも~ん」
 冬樹は大学生になった今でも布団の上をゴロゴロ転がって遊んでいる。う~ん……まぁ家の中でくらい良いか。
「うん、そうだったわね。でももう落ち着いたから」
「おぅ、俺も当分無いわ」
 ん? 二人して何かあった?
「どうしたの? 何かあったの?」
「俺は別れた」
 へっ? 何この急展開!
「彼女転勤が決まった。一応『付いて来て』的な事は言われたけど、俺この街離れたくねぇから断ったらそうなった」
「そう。でも本当に良いの? あきにしては長く続いてたじゃない」
 姉は弟の破局話に少々悲しそうな表情を見せている。
「まぁ、俺の場合主夫みたいなもんだから、バイト辞めて新天地行って一からやんなきゃいけねぇだろ? 確実に足手まといになるし、セックスの相性で乗り切れるほど甘くないだろさすがに」
 秋都はそう言ってゴロンと横になる。
「んじゃまだこうして四人でいる時間はあるんだね~。はる姉ちゃんもうまくいかなかったの~?」
 冬樹なんだか嬉しそう……多分不幸を喜んでる訳じゃないんだろうけど。
「違うわよ、彼の引っ越しの片付けが落ち着いただけ」
「ヘぇ~。はる姉ちゃんの新彼さんってどんな人~?」
「普通のサラリーマンよ」
 え? そうだったの?
「はる姉ちゃんにしては普通だね~、ひょっとして打ち止め~?」
 打ち止めってあんた……。
「うん、そうなると思う。すぐって訳じゃないけど将来的には仕事も辞めるつもり」
「そっかぁ、ジンちゃんには戻んないかぁ」
 “ジンちゃん”とはかつて姉がお付き合いしていたバンドマンの名前だ。そう言えば新作映画の主題歌に決まってテレビで見かける事も多くなった。
「当たり前じゃない、彼とはあそこまでだったのよ」
「だったらもう変な遠慮しなくていいだろ、連絡取り合う必要は無いけどライヴには顔出してやんなって」
 そうね。姉は微笑みながら頷き、壁にもたれ掛かって私の方を見た。
「今度の彼先々月転勤でこっちに来られたんだけど、元々は▼▼町の方でね」
「ヘぇ、こっちの人なんだな」
 秋都は姉の恋話に興味を示す。
「うん。県立高校出身でなつは面識があるかも知れない、私の一つ下だから」
 って事は私の一つ上、まさか……私は先日遠目から見た先輩の事を思い出していた。
国分寺至こくぶんじいたるさん、憶えてない?」
「……」
 やっぱり……出張だと思ってあまり気にしない様にしてたけど、先々月なら私が見かけた時期に戻ってきたばかりだったんだ。
「なつ?」
「うん、忘れては、ないよ。少し前に見掛けたの、遠目からだったけど」
「そっか、彼なつに会いたがってたよ」
 姉は優しく微笑んでそう言うけど……私はビミョーに会いたくない。
「折角だから一遍連れてこいよ、俺も会ってみたいしさ」
「僕も~! 何なら五人で行く~?」
 冬樹の奴姉には少々甘くない? と言うよか私に対して煩すぎないか?
「それは四人で行きましょ。いきなり泊まりの旅行に同行するのはハードルが高すぎるわよ、どうせなら紅葉シーズンに合わせて行きたいね、旅行」
「んじゃなるべく早く決めねぇと。明日にでも旅行パンフ取ってくるわ」
「うん、そうだね~。僕電車に乗って駅弁食べた~い」
「車で行った方が安いよ、四人だと」
「え~、僕運転ヤダ~」
 うん、知ってる。あんた普免持ってるけどもっぱら原付だもんね。
「運転なら私がする! ふゆは後部座席で寝てろ」
 私は運転大好きなので全部任せてもらっても全く苦にならない。因みに姉も割と好きみたいだ。
「時々代わるわよ、ぶらっと観光する時に電車に乗れば良いじゃない」
「おぅ、どうせなら宿に金かけようぜ。俺美味いもん食いたい」
「それなら隣県辺りでなるべくゆったりしたプランで行きましょ、箸供養なら郵送可能な神社もあるから」
「なぁんだそうなんだ~。それが無くても旅行は約束してたんだからね~」
 冬樹はゴロゴロが収まったかと思えば今度はバタ足を始める。こういうとこ三歳の頃からちっとも変わってない。それを姉が冬樹の足を叩いて窘め、隠し持ってくるクソ難しい本を姉か私に読ませて就寝……これがいつもの流れである。今日も例に漏れず冬樹はクソ難しい本を出してきて姉に読むようせがみ、読み始めてしばらくするといつの間にかスヤスヤと眠っていた。
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