平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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cent trois

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 そう言えば前にもこんなことがあったような気がする。
 十年くらい前……大学に通っていた頃、ある日突然冬樹に拒否反応を示された時期があった。詳しい理由は分からない、姉もそれには勘付いてたみたいだけど、年齢的に考えて反抗期なのかもって言っていたと思う。
 それまではむしろ私に一番懐いてくれていた。何かと言えば私のそばに貼り付き、時々は一緒に寝たりもしたものだ。
 ところがその日を境に弟は私に寄り付かなくなり、二~三年くらいその状態が続いた。最初のうちはこっちから寄ってみたり理由を訊ねたりもしたけれど、あまりにも避けられるから途中から諦めて放置する以外の策が無かった。
 『思春期と反抗期が一気に来てるみたいね』
 姉に窘められてほとぼりが冷めるまで待つことにしたが、やっぱり居心地が悪くて何日かに一度は明生君宅にお泊りしていた。こんな時に彼がいてくれて本当に良かったと思う、腐れ縁だと『一遍話し合え』的な展開になってそう何度も逃げ込めはしなかっただろうが、彼だけは何も聞かずただ優しく私を受け入れてくれた。
 彼がいてくれなければきっと乗り越えられなかったと思う。弟に急激に嫌われたといつまでもメソメソしていただけのように思う。私にとって家族は人生のウェイトの多くを占めている、だからこそ大切にしたいのだが、その思いが冬樹に届かなくて当時はかなり精神的負荷がかかっていた。 
 『今夏絵にとって自立の時期なんじゃないかな?』
 『弟さんは今成長期だからね、むしろ喜ぶべきことだと思うよ』
 明生君のそのひと言で随分と楽になった憶えがある。
 『時には距離を置くことも大切なんだと思う。そうして初めて見えてくることもあるんじゃないかな?』
 彼はいつだって冷静で的確なアドバイスをくれる、その度に私は何度も救われた。だから彼に振られた時は辛かった、生きていても仕方が無いんじゃないかとさえ思った。
 けど不思議なのが、その時期以降冬樹の態度が徐々に軟化していき、今ではほとんど元の関係性に戻っていることだ。結局理由は分からずじまい、今更ほじくり返す気も無いしもういいと思っていた。
 ところが今になってまたあの頃と似たような態度を見せてくる冬樹、明日の朝もあの状態だと私のメンタルが殺られそうだ。只でさえ現状が上手くいっていないのに……私はこの場にいることそのものに息苦しさを感じて、ダイニングテーブルに置いていたお弁当箱を棚の中に仕舞い込んでいた。

 翌朝……と言ってもまだ午前四時頃なので辺りはまだ真っ暗だ。私はケータイの振動音に起こされていて、昨日設定していたアラームの解除を忘れていたのかと恨めしく思っているところだ。
 「ん~……えっ?」
 てっきり自分のドジだと思っていたのだが違っていた。振動させていたのはアラーム機能ではなくメール受信だった。
 こんな時間に?朝早くどころか基本相手にメールなんかする時間帯じゃない。姉に何かあったのか?私は慌ててケータイを操作すると、【おはよう】というタイトルのメールが届けられた。
 姉じゃない……ことにはほっとしたが、明らかにおかしな時間にメールを送りつけてきた明生君にちょっとした苛立ちを感じていた。いくら彼がこの時間に起床するからと言っても、九時始業の私からしたら午前六時起床で充分間に合うのでもう少し寝ていたい。
 「冗談でしょ……」
 昨日の今日でまた情緒不安定だなんて……これじゃ仕事に差し支えちゃうじゃない。この後もう一度ケータイが震えたのだが、それをも無視できるほどの睡魔に襲われてそのまま眠ってしまっていた。
 
 『……つ、なつ……』
 遠くから誰かに呼ばれているよな気がする。声の感じからすると姉だと思うんだけど、まだ午前四時だからお仕事終わってないはずだよ。
 『なつ、そろそろ起きないとマズいんじゃないの?』
 何言ってるのお姉ちゃん、六時過ぎに起きれば大丈夫なんだよ。毎日そうしてるじゃ……。
 「なつっ!」
 「ふへっ?」
 姉に一喝されて体がピクンと跳ね上がる。外はもう明るい、今何時なの?
 「今日仕事じゃないの?」
 「……うん、今何時?」
 「七時半、送ってあげるから支度しなさい」
 「えっ!」
 ヤバイ!このままだと遅刻する!私はベッドから飛び出して部屋を出る。シャワーは無理だ、歯磨きと洗顔、寝癖を直してもう一度部屋に戻ってから着替えて髪の毛をまとめる。ちょっとくちゃっとなってるけど職場でまた直そう。こういう時に思う、営業職とか販売職じゃなくて良かったと。
 ここまで済ませて午前八時ちょっと前だから電車はアウト、『送って』くれるとは言ってたけどご飯食べるとなるとそれも無理。
 「なつ、もう出られる?」
 「うん」
 私は脇目も振らず玄関に直行して靴を履く。今日も例に漏れずフルメイクばっちりお出掛け着の姉は、車のキーと小さめのビニール袋を持ってスニーカーを履いて待っていてくれていた。
 「じゃ、行くわよ」
 「うん」
 私は姉の運転で会社に向かうことになり、出勤ラッシュの渋滞にも巻き込まれてハラハラした時間を過ごしていた。

 で、何とか十分前に会社の前に到着し、私はありがとうと言って慌てて車から降りようとすると……。
 「なつ」
 姉は自宅から持ち出していたビニール袋を差し出した。
 「隙間時間にでも食べなさい、あとね、ふゆが『このところ顔色が悪い』って言ってたから今日は敢えてお弁当入れてる」
 「えっ?」
 冬樹がそんなことを?ビニール袋を受け取って中を覗いてみると、普段使っているお弁当箱専用の巾着袋、アルミホイルに包まれている小さめのおにぎりが三個入っている。
 「……ごめんなさい」
 「何謝ってるの?もう時間無いわよ」
 「うん、行ってきます」
 私は車から降り、滑り込みセーフで社内に入った。 
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