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quatre-vingt-dix-huit

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 楽しい時間はあっという間に過ぎていく、プロジェクションマッピングを終えた私たちは席を立って帰路に向かう。
 「今日は家まで送らせて」
 えっ?お酒飲んじゃってるから運転はダメだよ。それに送って頂くほど遅い時間でもないし。
 「大丈夫よ、方向だって……」
 逆じゃないって言おうとしたんだけど、明生君は私の手をそっと握ってきた。
 「もう少し一緒にいたい、ダメかな?」
 そんなこと言われたら……私は彼の温かい手にドキドキしてしまう。見た目のほっそりとした感じとは違い、意外とガシッとした大きな手が大好きだった。夢でもいい、もう少しだけこのままでいたい。
 「ううん、そんなことない」
 「代行は頼んであるから、心配しなくていいよ」
 車で来てたんだ……お酒を飲むの分かっていたのに、私を送ることを考えて代行さんも手配していた彼の心遣いが嬉しかった。

 車はホテルの地下駐車場に停めてあった……のだが、彼の愛用車がまさかのマクラーレンとは意外だった。こっこれに乗るんですか?
 「外車、好きだったっけ?」
 彼は車にさほど興味が無かった印象なだけに違和感を覚える。マニアックとは言いませんがかなり個性的よこの車、いえどうしたの?何があったの?
 「帰国してから買い替えたんだ。しばらく乗ってなかったんだけど」
 そうよね?こんなの通勤向けじゃないよね?私も運転は嗜むけどこんなの……もとい高級車に乗りたいとは思わない。しかもこのメーカーイギリス製だけど左ハンドルなのね、まぁ国際基準で考えたら車は右側通行の国の方が多いけど。
 「日本じゃ乗りにくくない?」
 「韓国では左ハンドルだったからそっちに慣れちゃって」
 そっか、そういうのも生活習慣で培われていくものなのね。う~ん何かブルジョワちっくだなぁ、色は真っ黄色だし内装は嫌いじゃないけどウッディーなのはおじさんっぽい(嫌いじゃないんだよ、念押しすると)。それにこれドア開ける時横に開くんじゃなくて上に持ち上げるんだよね。
 「お待たせ致しました」
 なんて考えてる間に代行さん来られたわ。四の五の悩んでらんないなぁなんだけど、スポーツカーだから二人乗りですよね?あっじゃあこれに乗らなくていいんだ、私は失礼ながらもちょっとほっとしていた。
 「これだとお客様方はこっちだね」
 とタクシーの方に案内された私たちは、二人並んで後部座席にお邪魔する。うん、この方がいいわ。明生君は運転担当の男性に鍵を預け、先に家の住所を伝えていた。 
 「畏まりました、安全運転させて頂きます」
 さすがはプロのドライバーさん、見事なドライビングテクニックで車を走らせてくれていた。
 「今日は来てくれてありがとう」
 彼は連絡を滞らせてしまったことを一切責めなかった。
 「連絡が遅くなってごめんなさい、ちょっと仕事が立て込んでて」
 本当は連絡しようと思っていなかったなんて言えず、当たり障りのない言い訳をする。
 「人はそれぞれに都合があるからね、タイミングが合わないこともあるよ」
 彼は本当に優しいと思う。こんな人この先そう出会えないような気がする、そう思ったら彼と大学で出会えた私は運が良いと思う。
 「夏絵」
 彼の甘い声が私の耳をくすぐる、この声を聞くだけであの時の甘酸っぱい思いが蘇ってくる。
 「ん?」
 「また誘ってもいいかな?今度はドライブにでも行こう」
 「うん」
 ってことはあの車に乗るんですか?という思いも浮かんだのだが、それ以上に彼との時間をもっと過ごしたいという気持ちの方が勝っていた。

 「送ってくれてありがとう」
 私は車を降りて家に入ろうとしたが、何を思ったか明夫君も付いてくる。
 「もう大丈夫よ、家の前だし」
 「今日はご家族の皆さんにご挨拶だけどさせて頂こうと思って」
 もうあの時とは違うから。彼は私の隣に立って玄関のチャイムを鳴らした。
 『はぁい』
 あっ、姉の声だ。今日はお休みだったんだね。私は姉の出迎えを待たずに玄関を開けてただいまと言った。
 「あらお帰り……っと佐伯君ね」
 「先日はお邪魔しました」
 えっ?私に会うより先に会ってたの?
 「謝罪を兼ねてお店に寄らせて頂いたんだ」
 そうだったのね、相当気に病んでたんだ。
 「オカマバーに一人で来られたのよ、勇気あるわよね……本日は送って頂いてありがとうございます、お急ぎでなければ……」
 「いえ、車を待たせていますのでこれで失礼します」
 「そうですか、わざわざありがとうございます」
 姉の礼の言葉には会釈を返し、私にはまたねと言って彼は帰っていった。私はしばらく立ち止まったまま見えぬ彼の姿を見送る。
 「お帰りなつ、遅かったね」
 あれ?杏璃まだいたの?
 「今日はお泊りさせることにしたの、もうじきてつこが着替えと勉強道具を持ってきてくれるはず」
 てつこが来たらご飯にしましょ。姉はそう言ってキッチンに入っていく。
 「あっ、お姉ちゃん!私ご飯食べちゃってるの」
 今日はてつこと顔を合わせたくない。
 「おつまみも要らないの?」
 「うん、お腹いっぱい食べてきたから。早めに休んじゃうね」
 「そう、お休み」
 私もお休みと返し、さっさとお風呂に入って床に着く。それからすぐに眠ってしまったようで、てつこが来たことすら気付かぬままぐっすりと眠っていた。
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