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quatre-vingt-huit

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 こういう時ってどうするものなの?彼と別れて六年、帰国したのが三年半前。『平賀時計』に転職したのはいつのことか知らないけど、何で今になって連絡を取ろうと思ったの?
 私は彼の番号をただじっと眺めている。傍から見るとぼんやりしているように見えるんだろうけど、脳内ではどうするのが正しいのか?彼の目的は何なのか?探しても見つからない答え探しに必死になっていた。
 「なつ姉ちゃ~ん?」
 そう言えば最近進級に向けてのレポート作成で、部屋に缶詰め状態だった冬樹がひょこっと顔を出していた。秋都とは未だに同じ部屋なので朝晩顔は合わせているらしいのだが、私は多分今年になってから数えるほどしか顔を見てないと思う。
 「ん~?」
 「喉乾いた~、お茶飲みた~い」
 パッと見は何もしてないけど、脳内は今半端なくグルグルしてる。
 「私要らないから自分でやんな」
 「え~、なつ姉ちゃんのお茶が飲みた~い」
 んもぅ、普段そんなこと絶対言わないくせにどうしちゃったのよ?私はケータイをポイッと投げて、面倒臭いけどお湯くらいは沸かしてやろうかとキッチンに入る。
 「あんたさぁ、電気ケトルくらいは使えた方がいいよ」
 何か気持ちがくさくさしてどうでもいいことにイライラしてしまう。考えてみれば私だって家電製品を上手く使えなくて色々と破壊してるんだけど。
 「う~ん、僕にはその才能が無いみたいだから~」
 「そんなんでどうすんの?一生皆でいられる訳じゃないのよ」
 私一体何に怒ってんだろ?分かってるけどこれじゃただの八つ当たりだ。
 「だからって今気にしなきゃいけないことなの~?」
 「備えは大事でしょ?」
 「リスク回避ばっかして何が楽しいの~?」
 「それじゃこの先困るでしょ?」
 「全然、この国ってある程度痒いところに手が届くサービスが充実してるから」
 他所の国は知らないけどね~、と冬樹は呑気そうにダイニングテーブルで寛いでる。この感じだと全くヤル気なんて無いんだろうな……私はため息を一つ吐いてお茶の支度をする。
 「そうしてるとお茶が欲しくなるでしょ~?」
 うっ、確かにそう言われると。
 「さっきから難しい顔してケータイ睨み付けちゃってさ~、そんなんで答えなんか見つかる訳ないじゃな~い」
 「……」
 そう言われちゃうと何も言い返せない。
 「よっぽど逼迫してない限りその問題から一旦離れちゃった方がいいと思うよ~、視野が狭くなると普段なら気付けることも見逃しちゃうからね~」
 「あら何してるの?」
 いつの間にか姉もキッチンに入ってきていた。今日はお仕事休みだから夜まで寝るって張り切ってたのに、まだ昼の三時過ぎだよ。
 「おはよう、今日は早いじゃない」
 「……高階君のメールで起こされたのよ」
 姉もまた不機嫌そうに言った。睡眠中のメールは姉にとって時として地雷になる、普段なら事前に電源を落としてから寝るのに。
 「今日は皆不機嫌だね~、あき兄ちゃんも珍しく機嫌が悪かったんだよ~」
 へぇ、珍しいこともあるんだね。秋都は馬鹿だけど、メンタルは多分この四人の中で一番安定してるのに。
 「バイクのミラーを壊されたらしいのよ」
 ……あ~そりゃ怒るわ。秋都はバイクの手入れは入念にしていて、名前まで付けるほどの愛着ぶりだ。
 「んで、ミッツに犯人探しさせてシメるって息巻いてたわ」
 そこは警察をご利用なさい秋都、それで今いないのか。
 「お湯沸かしたからお姉ちゃんもお茶飲む?」
 「そうね、頂くわ」
 姉もまた指定席に座り、私は三人分のお茶を淹れた。

 「ただいまー」
 それから大体二時間後くらいに秋都が出先から帰ってきた。
 「「「「お邪魔しやーっす!」」」」
 ん?この声は……まさかのヤ●ザ襲来か。
 「あー腹減ったぁ、あれ?なつ姉帰ってたんだ」
 「うん、昼過ぎには戻ってたよ。ところでまさか……」
 と言葉を続ける前に月島つきしま君がひょこっと顔を出した。ってことはあと一人チャラいのが来てるな。
 「ちゃーっすなつ姉さん」
 チャラい、コイツチャラい……彼もミッツの舎弟香月かつき君、キャラはこんなだけど腕っぷしは弱くないんだよってどうでもいいな。
 「で、何しに来たのあんたら?」
 一応はいっぱしのヤ●ザにこんな口叩いてる私も大概だな、だってミッツがヘタに秋都のダチなもんだからつい……。
 「「はる姉さんの豚汁食いに来ましたっ!」」
 「あっそう……」
 今まさに姉はキッチンで豚汁を作っている。一体どんな嗅覚してんだよ?そして更にこんな時必ず現るゲンとサク、この二人は多分仕事帰りだな。
 「ゲンとサクとは帰りがけにバッタリ会ったから連れてきた。一人増えようが五人増えようが一緒……」
 「一緒じゃないわよ、今日は至君が来るって言わなかったっけ?」
 あら、珍しく姉が秋都に凄んでるわ。まぁ上流階級育ちの兄にこんなの刺激が強すぎるもんね。
 「至さん来るんすか?クリスマスん時話したけどナイスガイだったぞ」
 あぁゲンとは面識あるもんね。それに対しサクはそうなのか?と何故か安心した~みたいな顔してる。
 「突然お邪魔してすみませんはる姉さん、僭越ながらお手伝いさせて頂きます」
 その辺ミッツは紳士だわ、一人ぱりっとした高級ブランドのスーツだし。でも姉の機嫌は非常に宜しくないご様子。
 「あ”ぁ?ったりめぇだろんなもん。メシ食いてぇんなら材料買ってこい、余ってる奴らで客間の支度しやがれ。それとあき、こういう時は先にメール入れろっつってんだろうが」
 「……はい」
 「ったく何遍同じこと言わせんだよ」
 「……すんません」
 弟の不手際で姉がオス化し、ヤ●ザ共+ゲンとサクは客であるにも関わらずただのパシリに降格していた。
 「ふふ~ん、馬鹿っていいよね~」
 姉に見事なまでにこき使われている大男五人を尻目にニヤニヤしてる冬樹、こういうところマジ性格悪いわコイツ。
 「こんなの見てたら悩むのって馬鹿馬鹿しくなるよね~」
 と私を見てニタニタ、何?何が言いたいんだお前?
 「何でこっち見てんのよ?」
 「ん~?だってあっちの馬鹿の方が楽しそうだと思わな~い?ケータイ睨んで小難しい顔されたらこっちの気も滅入るってもんだよ~」
 つまりは何か?考え無しで乗り込んでパシリにされてる馬鹿五人よりも、思わぬ出来事に真剣に悩んでる私の方が馬鹿だとでも言いたいのか?恋人いない歴イコール年齢のお前に私の気持ちが分かるかよコノヤロー!
 「生意気言ってんじゃないわよ!」
 「うわ~んなつ姉ちゃん恐いよ~!」
 「うっせぇわ!喧嘩すんなら庭でやれ!」
 いつもよりも沸点の低い姉に一喝されて意気消沈する私と冬樹、この家で一番恐ろしいのはオス化した姉である。 
 「ただいま、今日は随分と賑やかだな」
 「あきがゴロツキ五人も呼びやがった……」
 姉はオス化が抜けきれぬまま頭を抱え、仕事帰りの兄は我が家の光景に苦笑いなさっていた。
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