上 下
88 / 117

quatre-vingt-huit

しおりを挟む
 こういう時ってどうするものなの?彼と別れて六年、帰国したのが三年半前。『平賀時計』に転職したのはいつのことか知らないけど、何で今になって連絡を取ろうと思ったの?
 私は彼の番号をただじっと眺めている。傍から見るとぼんやりしているように見えるんだろうけど、脳内ではどうするのが正しいのか?彼の目的は何なのか?探しても見つからない答え探しに必死になっていた。
 「なつ姉ちゃ~ん?」
 そう言えば最近進級に向けてのレポート作成で、部屋に缶詰め状態だった冬樹がひょこっと顔を出していた。秋都とは未だに同じ部屋なので朝晩顔は合わせているらしいのだが、私は多分今年になってから数えるほどしか顔を見てないと思う。
 「ん~?」
 「喉乾いた~、お茶飲みた~い」
 パッと見は何もしてないけど、脳内は今半端なくグルグルしてる。
 「私要らないから自分でやんな」
 「え~、なつ姉ちゃんのお茶が飲みた~い」
 んもぅ、普段そんなこと絶対言わないくせにどうしちゃったのよ?私はケータイをポイッと投げて、面倒臭いけどお湯くらいは沸かしてやろうかとキッチンに入る。
 「あんたさぁ、電気ケトルくらいは使えた方がいいよ」
 何か気持ちがくさくさしてどうでもいいことにイライラしてしまう。考えてみれば私だって家電製品を上手く使えなくて色々と破壊してるんだけど。
 「う~ん、僕にはその才能が無いみたいだから~」
 「そんなんでどうすんの?一生皆でいられる訳じゃないのよ」
 私一体何に怒ってんだろ?分かってるけどこれじゃただの八つ当たりだ。
 「だからって今気にしなきゃいけないことなの~?」
 「備えは大事でしょ?」
 「リスク回避ばっかして何が楽しいの~?」
 「それじゃこの先困るでしょ?」
 「全然、この国ってある程度痒いところに手が届くサービスが充実してるから」
 他所の国は知らないけどね~、と冬樹は呑気そうにダイニングテーブルで寛いでる。この感じだと全くヤル気なんて無いんだろうな……私はため息を一つ吐いてお茶の支度をする。
 「そうしてるとお茶が欲しくなるでしょ~?」
 うっ、確かにそう言われると。
 「さっきから難しい顔してケータイ睨み付けちゃってさ~、そんなんで答えなんか見つかる訳ないじゃな~い」
 「……」
 そう言われちゃうと何も言い返せない。
 「よっぽど逼迫してない限りその問題から一旦離れちゃった方がいいと思うよ~、視野が狭くなると普段なら気付けることも見逃しちゃうからね~」
 「あら何してるの?」
 いつの間にか姉もキッチンに入ってきていた。今日はお仕事休みだから夜まで寝るって張り切ってたのに、まだ昼の三時過ぎだよ。
 「おはよう、今日は早いじゃない」
 「……高階君のメールで起こされたのよ」
 姉もまた不機嫌そうに言った。睡眠中のメールは姉にとって時として地雷になる、普段なら事前に電源を落としてから寝るのに。
 「今日は皆不機嫌だね~、あき兄ちゃんも珍しく機嫌が悪かったんだよ~」
 へぇ、珍しいこともあるんだね。秋都は馬鹿だけど、メンタルは多分この四人の中で一番安定してるのに。
 「バイクのミラーを壊されたらしいのよ」
 ……あ~そりゃ怒るわ。秋都はバイクの手入れは入念にしていて、名前まで付けるほどの愛着ぶりだ。
 「んで、ミッツに犯人探しさせてシメるって息巻いてたわ」
 そこは警察をご利用なさい秋都、それで今いないのか。
 「お湯沸かしたからお姉ちゃんもお茶飲む?」
 「そうね、頂くわ」
 姉もまた指定席に座り、私は三人分のお茶を淹れた。

 「ただいまー」
 それから大体二時間後くらいに秋都が出先から帰ってきた。
 「「「「お邪魔しやーっす!」」」」
 ん?この声は……まさかのヤ●ザ襲来か。
 「あー腹減ったぁ、あれ?なつ姉帰ってたんだ」
 「うん、昼過ぎには戻ってたよ。ところでまさか……」
 と言葉を続ける前に月島つきしま君がひょこっと顔を出した。ってことはあと一人チャラいのが来てるな。
 「ちゃーっすなつ姉さん」
 チャラい、コイツチャラい……彼もミッツの舎弟香月かつき君、キャラはこんなだけど腕っぷしは弱くないんだよってどうでもいいな。
 「で、何しに来たのあんたら?」
 一応はいっぱしのヤ●ザにこんな口叩いてる私も大概だな、だってミッツがヘタに秋都のダチなもんだからつい……。
 「「はる姉さんの豚汁食いに来ましたっ!」」
 「あっそう……」
 今まさに姉はキッチンで豚汁を作っている。一体どんな嗅覚してんだよ?そして更にこんな時必ず現るゲンとサク、この二人は多分仕事帰りだな。
 「ゲンとサクとは帰りがけにバッタリ会ったから連れてきた。一人増えようが五人増えようが一緒……」
 「一緒じゃないわよ、今日は至君が来るって言わなかったっけ?」
 あら、珍しく姉が秋都に凄んでるわ。まぁ上流階級育ちの兄にこんなの刺激が強すぎるもんね。
 「至さん来るんすか?クリスマスん時話したけどナイスガイだったぞ」
 あぁゲンとは面識あるもんね。それに対しサクはそうなのか?と何故か安心した~みたいな顔してる。
 「突然お邪魔してすみませんはる姉さん、僭越ながらお手伝いさせて頂きます」
 その辺ミッツは紳士だわ、一人ぱりっとした高級ブランドのスーツだし。でも姉の機嫌は非常に宜しくないご様子。
 「あ”ぁ?ったりめぇだろんなもん。メシ食いてぇんなら材料買ってこい、余ってる奴らで客間の支度しやがれ。それとあき、こういう時は先にメール入れろっつってんだろうが」
 「……はい」
 「ったく何遍同じこと言わせんだよ」
 「……すんません」
 弟の不手際で姉がオス化し、ヤ●ザ共+ゲンとサクは客であるにも関わらずただのパシリに降格していた。
 「ふふ~ん、馬鹿っていいよね~」
 姉に見事なまでにこき使われている大男五人を尻目にニヤニヤしてる冬樹、こういうところマジ性格悪いわコイツ。
 「こんなの見てたら悩むのって馬鹿馬鹿しくなるよね~」
 と私を見てニタニタ、何?何が言いたいんだお前?
 「何でこっち見てんのよ?」
 「ん~?だってあっちの馬鹿の方が楽しそうだと思わな~い?ケータイ睨んで小難しい顔されたらこっちの気も滅入るってもんだよ~」
 つまりは何か?考え無しで乗り込んでパシリにされてる馬鹿五人よりも、思わぬ出来事に真剣に悩んでる私の方が馬鹿だとでも言いたいのか?恋人いない歴イコール年齢のお前に私の気持ちが分かるかよコノヤロー!
 「生意気言ってんじゃないわよ!」
 「うわ~んなつ姉ちゃん恐いよ~!」
 「うっせぇわ!喧嘩すんなら庭でやれ!」
 いつもよりも沸点の低い姉に一喝されて意気消沈する私と冬樹、この家で一番恐ろしいのはオス化した姉である。 
 「ただいま、今日は随分と賑やかだな」
 「あきがゴロツキ五人も呼びやがった……」
 姉はオス化が抜けきれぬまま頭を抱え、仕事帰りの兄は我が家の光景に苦笑いなさっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...