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quatre-vingt-deux
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会長のお供のため普段よりも一時間遅い出勤。なので電車もいつもよりちょこっと空いていて、乗り換え前の私鉄だけではあるが座ることができた。
それだけでもラクができたと九時四十五分頃に会社に入り、会長室で待たせていただく。秘書課の方……前回社長から呼び出し食らった時にいらした境さんのご案内で、わざわざお茶菓子まで出して頂いた。
「いえ私内部の人間ですので……」
と一応お断りさせて頂いたのだが、彼女曰く『会長夫人からのお土産』だそうで、あくまでも『お裾分け』であるらしい。
「私たちも頂きましたが、美味しかったですよ」
前回もそうだったが、この方気取ってなくて話し易いという印象だ。聞くと東さんと同期だそうで、今や残っているのは二人だけになってしまったと仰っていた。
「珍しいんことなんですけど、同期だった男共は全員一年も持たなかったんです。研修の宿坊で三人が逃亡しました」
あの宿坊はなかなかのものでしたが、逃げるほどでもなかったと思う。貴重な体験ができたと私の同期は全員そこそこ楽しんで乗り切ってたけどなぁ……因みに寿した二人以外は全員残ってます、弥生ちゃんは三月までだけど。
「やぁ、揃ったね」
と会長がカジュアルないでたちで部屋に入ってこられた。ところで今回はどちらへ?
「今日は運転手を付けてるから夏絵ちゃんは楽チンにしてていいよ」
あっそうなんですの、実際問題今後もそうなさった方が宜しいかと思われますよ。
「んじゃ行こうか」
「行ってらっしゃいませ」
境さんは会長に一礼なさってるが……。
「ん?塔子ちゃんも行くんだよ」
「は?」
彼女は聞かされてすらいなかったらしい。私も知らなかったけど、たまにこういうことなさるのよ。
「君行きたがってたじゃない、『平賀時計』の資料館。今日は社長の計らいで開けてもらえることになったんだよ」
「えっ?今リニューアル閉館中では?」
さすが、行きたがってらっしゃるだけあってよくご存知なんですね。で、何となく左腕にはめてらっしゃる腕時計を見るとやっぱりファンなんですね。そのデザイン限定モデルですもの。
「十一時に待ち合わせしてるんだ、余り時間が無いぞぉ」
会長に急かされる形で、私たちは車で一時間弱かかる『平賀時計資料館』へと赴くことになった。
「海東様、本日はお越し頂きありがとうございます」
そう言って私たちを出迎えてくださった見るからに高級感あふれるスーツを身に着けていらっしゃる男性。三十代前半くらいとお若めなのだが、去年先代が急逝なされたとかで跡を継がれた若社長さん……だったと思う。
「少しは慣れたみたいだね」
「いえまだまだです、専務や常務に頼りきりで」
「それは仕方ないさ。有無を言わさずの状況だったんだし、君会社勤めの経験無いじゃない」
マジですの?それでいきなり社長って正直重荷だろうなぁ。
「元々は画家さんだったんです、海外では個展を出されるくらいでかなり注目されていたんですよ」
境さんが無知な私にこそっと耳打ちしてくださる。さすがは秘書課、勉強量も半端ないわ。
「では早速ですがご案内致します」
若社長は重厚そうなドアを開け、館内の案内を始めてくださった。館内の照明は全体的に少々暗めで、展示品に明るめの照明を使ってライトアップしている感じだった。
古くは幕末から明治初期に作られた柱時計を始め、アンティークでセンスの良いぜんまい仕掛けの真鍮製かな?の懐中時計とか腕時計が展示されている。
時計に詳しくない私は凄ぇくらいしか分からないが、境さんは瞳を輝かせて一つ一つ丁寧に見て回り、若社長さんに色々と聞きまわっている。
彼もまだまだと言いながらもこの一年で相当お勉強されてきたと見えて、彼女の質問に一つ一つ丁寧に応えていらっしゃる。会長と私は毎度ながらテキトーにぷらぷらと見回しているだけだったが、一枚の油絵にふと視線が止まった。
「ん?どうした夏絵ちゃん」
その絵は外国の平屋一戸建て……簡単に言えばドールハウスの外装みたいな感じの建物が描かれている。ここにあるのとは色合いが違うんだけど、見たことあるんだよなぁ。
「この絵見たことあるんですよ、どこでだったかなぁ?と思いまして」
「『ライムライト』でしょ。あっちのは星空、これは夕焼け空だね」
そっかミッツんとこのバーか!あそこはいる奴らが奴らなだけに、あの絵だけやたらとアーティスティックで目立ってたんだよね。
「この絵はどなたが?」
「若社長の作品だよ」
そりゃあ凄いわ……私は主役である時計そっちのけで絵画の方に気を取られていた。
「リニューアルの目玉をご案内致します」
若社長さんの声に我に返り、彼の後を付いて奥に入っていく。境さんは既にパンフレットを手にしており、若社長さんと二人時計のことを色々とお話していらっしゃる。
「実はね夏絵ちゃん」
会長が私の耳に顔を近付けてきた。何か内緒話がお有りのようだ。
「何でしょう?」
「実は今回“新社会人”企画で平賀さんとのコラボを考えててね、彼そのプラン会議に来られたことがあるんだよ」
「社長直々にですか?」
お若いだけあって結構アクティブだなぁ。そういうのって企画課と営業課が赴くもんなんじゃないの?
「うん。それでね、和仁と面会した時に秘書として付いてた塔子ちゃんに一目惚れしたらしいんだよ」
境さんって芯の通った強さと賢さを備えてらっしゃいますからね、そこに惚れられた感じなんでしょうか?それともつやつやサラサラストレートな黒髪に惚れられたんでしょうか?
いずれにせよ秘書課はデキる美女の宝庫、社長曰く『ウチきっての才媛揃い』とご満悦ですからなぁ。以前にもお話したかもですが、あのホストはバイですので好みに合えば誰でもウェルカムな男です、はい。
……と話が脱線している間に少し明るくなった奥の部屋に入ると、数名の職人さんたちが机に向かってひたすら時計と向き合ってらした。ベテランさんも若手の方もいらして、皆さま真剣な表情で一つ一つパーツを組み立てていらっしゃる。
うーわぁ細かい作業なさってるなぁ……こういう男の人超素敵だなぁと思う。私は手先の器用な男性の手が大好きだ、フェチレベルと言っていいと思う。そんな職人さんたちの手を見て一人ときめきまくっていた。
さすがベテランさんの手の動きはなめらかで熟練されている。若い方もそれなりなのだが、たまに動きが止まったりしていてまだまだ修行中なんだなと思いながら眺めていた。
ゆっくりと歩きながら、ひと通り職人さんたちのハイレベルな手作業を堪能し、最後に視界に入った同世代らしき男性に驚きを隠せなかった。確か別の時計会社に入社なさってたはずだけど……まさかこんな所で見かけるなんて思ってもみなかった。
元カレがそこにいた。
それだけでもラクができたと九時四十五分頃に会社に入り、会長室で待たせていただく。秘書課の方……前回社長から呼び出し食らった時にいらした境さんのご案内で、わざわざお茶菓子まで出して頂いた。
「いえ私内部の人間ですので……」
と一応お断りさせて頂いたのだが、彼女曰く『会長夫人からのお土産』だそうで、あくまでも『お裾分け』であるらしい。
「私たちも頂きましたが、美味しかったですよ」
前回もそうだったが、この方気取ってなくて話し易いという印象だ。聞くと東さんと同期だそうで、今や残っているのは二人だけになってしまったと仰っていた。
「珍しいんことなんですけど、同期だった男共は全員一年も持たなかったんです。研修の宿坊で三人が逃亡しました」
あの宿坊はなかなかのものでしたが、逃げるほどでもなかったと思う。貴重な体験ができたと私の同期は全員そこそこ楽しんで乗り切ってたけどなぁ……因みに寿した二人以外は全員残ってます、弥生ちゃんは三月までだけど。
「やぁ、揃ったね」
と会長がカジュアルないでたちで部屋に入ってこられた。ところで今回はどちらへ?
「今日は運転手を付けてるから夏絵ちゃんは楽チンにしてていいよ」
あっそうなんですの、実際問題今後もそうなさった方が宜しいかと思われますよ。
「んじゃ行こうか」
「行ってらっしゃいませ」
境さんは会長に一礼なさってるが……。
「ん?塔子ちゃんも行くんだよ」
「は?」
彼女は聞かされてすらいなかったらしい。私も知らなかったけど、たまにこういうことなさるのよ。
「君行きたがってたじゃない、『平賀時計』の資料館。今日は社長の計らいで開けてもらえることになったんだよ」
「えっ?今リニューアル閉館中では?」
さすが、行きたがってらっしゃるだけあってよくご存知なんですね。で、何となく左腕にはめてらっしゃる腕時計を見るとやっぱりファンなんですね。そのデザイン限定モデルですもの。
「十一時に待ち合わせしてるんだ、余り時間が無いぞぉ」
会長に急かされる形で、私たちは車で一時間弱かかる『平賀時計資料館』へと赴くことになった。
「海東様、本日はお越し頂きありがとうございます」
そう言って私たちを出迎えてくださった見るからに高級感あふれるスーツを身に着けていらっしゃる男性。三十代前半くらいとお若めなのだが、去年先代が急逝なされたとかで跡を継がれた若社長さん……だったと思う。
「少しは慣れたみたいだね」
「いえまだまだです、専務や常務に頼りきりで」
「それは仕方ないさ。有無を言わさずの状況だったんだし、君会社勤めの経験無いじゃない」
マジですの?それでいきなり社長って正直重荷だろうなぁ。
「元々は画家さんだったんです、海外では個展を出されるくらいでかなり注目されていたんですよ」
境さんが無知な私にこそっと耳打ちしてくださる。さすがは秘書課、勉強量も半端ないわ。
「では早速ですがご案内致します」
若社長は重厚そうなドアを開け、館内の案内を始めてくださった。館内の照明は全体的に少々暗めで、展示品に明るめの照明を使ってライトアップしている感じだった。
古くは幕末から明治初期に作られた柱時計を始め、アンティークでセンスの良いぜんまい仕掛けの真鍮製かな?の懐中時計とか腕時計が展示されている。
時計に詳しくない私は凄ぇくらいしか分からないが、境さんは瞳を輝かせて一つ一つ丁寧に見て回り、若社長さんに色々と聞きまわっている。
彼もまだまだと言いながらもこの一年で相当お勉強されてきたと見えて、彼女の質問に一つ一つ丁寧に応えていらっしゃる。会長と私は毎度ながらテキトーにぷらぷらと見回しているだけだったが、一枚の油絵にふと視線が止まった。
「ん?どうした夏絵ちゃん」
その絵は外国の平屋一戸建て……簡単に言えばドールハウスの外装みたいな感じの建物が描かれている。ここにあるのとは色合いが違うんだけど、見たことあるんだよなぁ。
「この絵見たことあるんですよ、どこでだったかなぁ?と思いまして」
「『ライムライト』でしょ。あっちのは星空、これは夕焼け空だね」
そっかミッツんとこのバーか!あそこはいる奴らが奴らなだけに、あの絵だけやたらとアーティスティックで目立ってたんだよね。
「この絵はどなたが?」
「若社長の作品だよ」
そりゃあ凄いわ……私は主役である時計そっちのけで絵画の方に気を取られていた。
「リニューアルの目玉をご案内致します」
若社長さんの声に我に返り、彼の後を付いて奥に入っていく。境さんは既にパンフレットを手にしており、若社長さんと二人時計のことを色々とお話していらっしゃる。
「実はね夏絵ちゃん」
会長が私の耳に顔を近付けてきた。何か内緒話がお有りのようだ。
「何でしょう?」
「実は今回“新社会人”企画で平賀さんとのコラボを考えててね、彼そのプラン会議に来られたことがあるんだよ」
「社長直々にですか?」
お若いだけあって結構アクティブだなぁ。そういうのって企画課と営業課が赴くもんなんじゃないの?
「うん。それでね、和仁と面会した時に秘書として付いてた塔子ちゃんに一目惚れしたらしいんだよ」
境さんって芯の通った強さと賢さを備えてらっしゃいますからね、そこに惚れられた感じなんでしょうか?それともつやつやサラサラストレートな黒髪に惚れられたんでしょうか?
いずれにせよ秘書課はデキる美女の宝庫、社長曰く『ウチきっての才媛揃い』とご満悦ですからなぁ。以前にもお話したかもですが、あのホストはバイですので好みに合えば誰でもウェルカムな男です、はい。
……と話が脱線している間に少し明るくなった奥の部屋に入ると、数名の職人さんたちが机に向かってひたすら時計と向き合ってらした。ベテランさんも若手の方もいらして、皆さま真剣な表情で一つ一つパーツを組み立てていらっしゃる。
うーわぁ細かい作業なさってるなぁ……こういう男の人超素敵だなぁと思う。私は手先の器用な男性の手が大好きだ、フェチレベルと言っていいと思う。そんな職人さんたちの手を見て一人ときめきまくっていた。
さすがベテランさんの手の動きはなめらかで熟練されている。若い方もそれなりなのだが、たまに動きが止まったりしていてまだまだ修行中なんだなと思いながら眺めていた。
ゆっくりと歩きながら、ひと通り職人さんたちのハイレベルな手作業を堪能し、最後に視界に入った同世代らしき男性に驚きを隠せなかった。確か別の時計会社に入社なさってたはずだけど……まさかこんな所で見かけるなんて思ってもみなかった。
元カレがそこにいた。
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