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soixante treize

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 公園に到着するとまこっちゃんが一人で木製のベンチに座っていた。彼割と遅刻の常習犯なんだけど……と思いながらも取り敢えず合流、手にしてるその紙切れ何?
 「あれ?私たち遅かった?」
 時間厳守のこうたとげんとく君なら居そうなもんだけど。
 「ううん、有砂がまだ。他のみんなはお寺にいるよ」
 そう言ってから紙切れを見せてくれた。半紙っぽい紙に毛筆で何か書いてある、多分げんとく君の字だな。
 「何だそれ?」
 てつこも紙切れに対しての疑問はあるみたいだ。
 「うん、除夜の鐘突かせてくれるってさ。これ整理券ね」
 まこっちゃんから“整理券”を受け取ったはいいけど、何でまたそんなことしようと思ったのかな?
 「珍しい計らいだな」
 「僕ら今年で三十歳になるじゃない?人生の節目とも言える年齢だから、景気付けにどうだ?って」
 へぇ。そう言えば両親が亡くなった最初の正月、当時住職だったげんとく君のお父様の計らいできょうだい四人で突かせてもらったわ。
 確か当時は大晦日の深夜から百八回鐘を突くのが慣例で、深夜にわざわざ車出して送り迎えしてくださったのよね。冬樹はまだ三歳くらいだったから音の大きさにびっくりして泣き出しちゃってたけど、アレはかなり貴重な体験だったなぁと思う。
 「僕は有砂の目印になってるから先に行ってて」
 まこっちゃんに促され、てつこと二人ほぼ隣接してるお寺に入ると結構な行列が出来上がっていた。こうたとぐっちーの後ろにも既に何人か並んでいたので、声掛けは諦めて最後尾に並んで待つことにする。
 「今年は一緒に来たんだな」
 とお袈裟姿のげんとく君が声を掛けてくる。
 「途中で会ったから」
 てつこは軽い物言いでこうなった経緯を説明、ビミョーに違うけどまぁいいか。
 「そうか。もうじき始めるから」
 げんとく君も他人の行動に深入りするタイプじゃないから会話はあっさり終了し、鐘の方向へと歩いていく。後方を見てからだったから、有砂とまこっちゃんはまだ合流してないみたいだ。
 それから程なくげんとく君が鐘を突き、周囲の雰囲気が厳かになった。私語を交わしていた人たちも静かになり、止まっていた列がゆっくりと流れ始める。
 「……になった」
 ちょうど二回目の鐘が鳴ったタイミングでてつこが何か言葉を発していた。
 「えっ?何?」
 音の余韻が残っていたので、普段よりも少し大きめの声で問いただしてみる。てつこは信じられないくらいの真顔でこっちを見ていた。普段からそんなにおちゃらけた人間ではないけど、不自然なくらいに神妙な表情を見せてくることも珍しい。
 三度目の鐘が鳴ったのでそこで会話は途切れる。私たちは多分人生で初めてなんじゃないかというくらいにお互いを見つめ合っている。この状況であれば耳を寄せる方が聞き取りやすいと思うんだけど、私はてつこから視線を逸らせなくなっていた。
 鐘の音はまだ近辺の空気を震わせていて、てつこは鎮まるのを待つかのように押し黙ったままだ。私はただただ静寂と幼馴染の言葉を待っていると、静かになった一瞬の隙を狙って口が開いた。
 今度こそ聞き逃すまいと五感を研ぎ澄ませる私、てつこは特に声の調子を変えず、淡々としたいつもの口調で多分聞き逃したであろう言葉を繰り返した。
 「俺、見合いすることになった」
 その言葉を合図に、四度目の鐘が鳴った。
 あぁ案外真剣に考えてんだな……何か返事くらいした方がいいかなと音が鎮まるのを待つ。その間に列はゆっくりと動き、私たちもそれに合わせて前進する。
 「そっか、がんば……」
 「ったく、ここも混んでるな」
 と男の声が乱入、随分と荒っぽい感じだけど石渡組ではなさそうだ。会話の邪魔をしてくれるなよとてつこからそっちに視線を移すと、笠をかぶった男を筆頭にした男女混合のグループが寺の門をくぐってきた。
 「おい」
 その男は通りかかった若いお坊さんを呼び止める。彼は明らかに忙しそうになさっているが、わざわざ足を止めてからはいと返事して男と対峙する。
 「鐘を鳴らしたいんだが」
 「生憎札止めでございます」
 「チッ、ここもかよ……」
 「申し訳ございません」
 お坊さんは丁寧に一礼なさってから持ち場へと向かおうとするが、後ろに引っ込んでた別の男が彼の腕を引っ掴んで強引に動きを封じた。
 「何とかならないのかよ?一二三不動産の御曹司だぞ」
 一二三だぁ?あぁそれ笠じゃなくて髪型だったんだね……ってそんなことはどうでもいい。石渡組ヤ●ザよりも悪質な態度で詰め寄る4Aとかいうバカ共には最早呆れるしかない。
 「止しなさい洋祐ようすけ
 と仲裁に入る黒髪美女……の安藤が仲間の無礼に割って入った。アンタ性根悪くないんだからそこと離れた方がいいよと余計なことを思ってみる。
 「連れの非礼をお赦しください、少々気が立ってまして」
 「何で止めるんだカンナ!あの坊主が気ぃ利かせりゃ……」
 「煩いっ!みっともない真似して!」
 安藤に一喝された……牧村か、はようやっと大人しくなり、彼女が何とか執り成して一件落着かと思いきや、そうは問屋が卸してくれないらしい。
 「金ならある、何とかならないだろうか?」
 と折角の仲裁を見事にぶち壊すオッペケペ御曹司ヤロー。あのなエリンギ、除夜の鐘というものは百八回の決まっているのだよ。国家予算を積まれようがス○ス銀行の預貯金額を積まれようがそこは覆らんのだ。
 「なる訳ないでしょ、おめでたいのは髪型だけじゃなかったのね」
 一二三のワガママに安藤は眉間にしわを寄せちゃってる。
 「ちょっとカンナ!憲人になんて言い草するの!」
 一二三の隣でど派手な振り袖姿の……多分戸川だよね?が安藤に食ってかかる。さっき僧侶さんにいちゃもん付けてた牧村もそれに便乗し、4A&戸川vs安藤の内輪揉めが始まってしまった。
 こうなっちゃったら安藤は不利だ。いくらまともなことを言ってても多勢に無勢、不条理ではあるがブルジョワのオッペケペ~な意見の方が勝ってしまう。
 これじゃ安藤が余りにも不憫過ぎる、何とかできないかなぁ……あっ!
 「てつこ、整理券シェアしてもいい?」
 私は思いついたままの事を口に出す。
 「えっ?」
 「鐘突くの、二人で一回でもいい?」
 「それは構わないけど……なつ?」
 その言霊貰ったよてつこ。私は一度列から離れ、バカ共+安藤の輪の中に入る。キャンプの時のビンタの一件があるから、安藤とエリンギ以外のメンバーは私の顔を見て表情を引きつらせてる。まぁ私も安藤以外の人間に用は無いから、そのまま固まって頂いててよろしいのですがねおほほ。
 「安藤、よかったら受け取って」
 私は除夜の鐘の整理券を安藤に差し出した。
 「それ五条のでしょ、そこまで厚かましいことできないわよ」
 「何言ってんの、この前の対価・・だと思ってくれたらいいんだってば」
 そう、彼女は『出来る援護』を既にしてくれているのだ。
 「まだ稼働してないわよ、成功するとも限らないし」
 「それはどっちだっていいのよ、あんたの心意気への対価だから」
 私は安藤のすぐ胸元まで整理券を突きつける。それにちょっと気圧されたみたいになってたけど、彼女はそれを受け取ってくれた。
 「……ありがとう、遠慮なく頂くわ」
 さっきまで変な緊張感を含ませていた安藤の表情がふっと緩んだ。整理券の行く末は見当がつくけど、ここ最近良好な関係を築けている同級生の笑顔に満足した私はてつこのいる列に戻った。
 「話、着いたのか?」
 「うん。本来なら安藤に使ってほしかったけどね」
 私は先程までいた方向をチラッと見やると案の定な展開になっており、一人先に寺を出ようとする安藤を、難癖付けられた僧侶さんが呼び止めていた。二人は何度か言葉を交わしてから、お茶、お酒、食べ物を用意している応接間に入っていった。
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