ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

文字の大きさ
上 下
17 / 174
心の涙

その三

しおりを挟む
 外に居た小野坂は、取り込み中に客が入って来ないよう掃除がてら見張っていた。すると案の定郵便局員塚原が私服姿でやって来る。彼はすっと立ち塞がり、あいにくまだと入店を制す言い方をする。
「じゃあ待たせもらって良いかい?」
「どうぞ」
 小野坂は塚原を置いて店内を様子を覗きに中に入る。ちょうど堀江と川瀬が朝食の片付けに追われており、例の人来てるよと声を掛けて手伝いを始める。
 あの客何者なんだ? 彼は毎日のようにやって来る塚原にちょっとした嫌悪感を抱いていた。郵便局員とは聞いているが、やたらと眼光が鋭くて異常なまでの堀江に対する興味の示し方が気になるところだ。小野坂が全てのテーブルを拭き終えると、いつの間にやら入口を開けて待ち構えていた。
「あの、一応こちらにも都合があるのですが」
「あぁゴメンゴメン、ちょびっとせっかちなとこあって。ブレンド頂けるかい?」
「はい」
 小野坂は冷たく言うと厨房に入る。川瀬は予測していたでで既に支度を始めており、ブレンドでしょ? と言った。
「あぁ。義完徹なんだから休んだら? ブレンドなら俺が淹れるよ」
「大丈夫だよ、それはお互い様でしょ」
 川瀬は平然とコーヒーの支度を続ける。根田はカフェの奥の角の席でジュンとお絵描きをして遊んでおり、本当なら休ませてやりたいところだが、あの子の子守りには適任だなと思い声を掛けなかった。堀江はせっせと食器を洗い、もうじき終わりそうだ。
「ちょっと抜けていい?」
 食器洗いを終えた堀江がカフェに戻ろうとする小野坂に声を掛けてくる。この時間だとアレか……彼は柱時計に視線をやった。
「あぁ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
 二人のやり取りを聞いていた根田がミサですか? と声を掛けると、ジュンがぼくもつれてって! と立ち上がった。
「ジュン君、クリスチャンなの?」
 根田の言葉にジュンはズボンのポケットからロザリオを出してうんと頷いた。
「じゃ一緒に行こう、悌君は休憩ね」
 堀江はそう言い残してジュンと共に教会へと出掛けて行った。小野坂はそろそろかな? と厨房に入ると、ちょうど良いタイミングでコーヒーは出来上がっていた。
「あとは俺が」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 川瀬も休憩を取るために外に出る。小野坂は根田にも休憩を促すも、一人にさせるのは気が引けるらしい。
「でも……」
「今のうちに休んどけ、今日は子守りなんだから」
 そして根田も居なくなり、ペンション内は客である塚原と小野坂の二人きりになった。
「お待たせ致しました」
 客の前に出来立てのコーヒーを出すと、極力話をしないよう小さな用事をこなしていた。そんな様子を見ていた塚原は、君よく働くよね? と話し掛けてきた。
「普通です、仕事しに来てるんですから」
 涼しげに答える小野坂に多少の興味を示した塚原は、その姿を面白そうに眺めていた。
「君、小野坂君だっけ?」
 いきなり名前を呼ばれた小野坂は、一体どこで聞いたのだろう? と言う疑問が湧き上がってくる。
「名札がある訳でもないのによくご存知ですね、名前」
 嫌味を言ったつもりだったのだが、客は気にする風でもない。
「まぁ記憶力と耳はやたらと良くてね。君人と話すの苦手だったりするかい?」
「得意ではありません」
 小野坂は雑用の手を休めず、塚原の顔を見ようとしない。と言うより表情を見せないようにしていた。
「それとも僕、警戒されてるかい?」
「なぜそのように思われたんです?」
「君には壁を感じるからね、今もそうやって距離を取ってるし」
「お客様と仲良くするつもりは無いだけです。おかわりいかが致しますか?」
「今日はいいよ、ご馳走さま」
 塚原は代金を払って店を出て行く。
「ありがとうございました」
 小野坂は淡々と接客をこなして使用済みの食器を片付けに一旦厨房に入ったが、ふと外が気になって入口の横にある小窓から覗いてみる。
 塚原はペンション前の道路を渡ってスーツ姿の男性二人と合流した。Tシャツにデニムパンツ姿の彼との組み合わせは違和感があったのだが、三人の持っている雰囲気はどこか似通っていて鋭さを醸し出している。
 すると背の高いスーツ姿の男性がこちらを見たので、小野坂は窓から離れて厨房に入る。見張られてる気がする……一人そんな事を考えながら、ちょっとした胸騒ぎを覚えた。
 それから一時間ほどで堀江がジュンと共に教会から戻ってくる。根田の休憩が終わるまで彼が相手をしていたのだが、何気に年齢を訊ねたところ、四歳と言う返事が返ってきた。体格も良くてとてもしっかりとした子だったので、小学校低学年くらいだと思い込んでいた一同は驚いていた。

 夕方になり、山に登って絶景を満喫した父親とヒナコが戻ってきた。
「お帰りなさいませ」
 フロントから声を掛けた小野坂に父親は一礼する。
「ジュンの事、ありがとうございました」
「楽しかったですよ。近くの教会へ連れ出しましたが、ご覧の通り体調も戻られた様です」
「あっ、私の方がすっかり忘れておりました。そんな事までして頂いて」
「いえ。ウチにも居るんです、クリスチャン」
 父親は面目なさそうに頭を掻いている。そんな彼の傍らに居たヒナコは、厨房から川瀬が出てくるのを見掛けて嬉しそうに駆け寄った。
「はい、きのうのおれい」
 彼女は小さな紙の袋を差し出してニッコリと言う微笑んだ。原則客からの頂き物は断っていたので、川瀬はどうしようか戸惑っている。
「受け取ってやんなよ」
 小野坂は断る方が失礼だと言わんばかりの口調で言う。ジュンと一緒に居る根田にもいいじゃないですかと促され、それを丁寧に受け取った。
「どうもありがとう」
 ヒナコは飛びっきりの笑顔を見せてから兄のジュンにもお土産を渡して、ロープウェイに乗った感想や展望台から見た景色を嬉しそうに話し始めた。船曳父子はドリンク無料チケットでティータイムを楽しんでおり、これで根田は子守りから解放された。
 
「お帰りなさいませ」
 しばらくして戻ってきた母親は小野坂の挨拶にこれまでと違って笑顔を見せ、テーブルを囲んでいる家族の輪の中に入る。
「お帰り、どこ行ってたの?」
 父親は今朝の事を一切咎めること無く普通に接している。子供たちも根に持っていないようだ。
「国立公園。動画撮ってきたから一緒に見ない?」
「「みるー!」」
 子供たちの元気いっぱいの反応に促され、一家は仲良く階段を上がる。その際に事務所から出てきた堀江にあのと声を掛けた。
「主人から聞きました。ジュンの事、看てくださったんですってね」
 彼女はこれまでと全く違う優しい表情をしていた。根田は安堵したようにその姿を眺めており、堀江は楽しかったですよと微笑み返した。
「昨日から色々と失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
 母親は深々と頭を下げ、堀江とフロント業務中の小野坂も恐縮してしまう。
「その事はもう良いんです、ご家族様がお待ちですよ」
 思った事をすぐ口に出す小野坂の言葉に、そうでしたと動画の事を思い出して笑う。彼女は二人に一礼して部屋に戻ると、それを境に船曳家はすっかり仲良し家族になっていた。彼らは翌朝チェックアウトし、晴れやかな表情で長旅を締めくくったようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu
ライト文芸
café R のオーナー・莉子と、後輩の誘いから通い始めた盲目サラリーマン・連藤が、料理とワインで距離を縮めます。 連藤の同僚や後輩たちの恋愛模様を絡めながら、ふたりの恋愛はどう進むのか? ※小説家になろうでも連載をしている作品ですが、アルファポリスさんにて、書き直し投稿を行なっております。第1章の内容をより描写を濃く、エピソードを増やして、現在更新しております。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

彷徨う屍

半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

処理中です...