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空飛ぶ体
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始まり
ピーーーー。
ゆうの母を除く親族が見守る中、高橋ゆうは息を引き取った。
心電図は横ばいを示している。
「ご臨終です」
病室の中で、医師の言葉が冷たく、響き渡る。
まだ、少しだけ温もりが残っている高橋ゆうの顔を撫で、ゆうの母は声も立てずに泣いている。
「頑張ったね。長い戦いだったね」
ゆうは生まれつき体が弱く、何度も入退院を繰り返していた。
その時、ゆう本人の魂は、宙を浮かび上がっていく。
※(ゆう目線)
ふわぁー。
自らの魂が、肉体からは離れている気がした。
「空を飛んでる」この状態は、意外にも心地のいい時間だった。
ーーなんで?
ーーどうして?
そんな思考回路すら、停止してしまっている。
今の私はもはや脱け殻でしかなかった。
「家に帰ろう」
風に流されるように、フワフワと家を目指す。
腕についたままの時計は、壊れてしまったのか。秒針も進まなくなっている。
家に向かうのは、どう動けばいいのだろう?
空を飛ぶことなど、これまで一度もなかった。
どうすれば思うように進んでくれるのか。まるでわからない事ばっかだ。
ーー何とかなるだろう。
幸いな事に私は独身で、待っている人もいないことが救いだった。私は家に帰ることを強く望みながら、フワフワとただよっていた。
そうして、どれくらいの時間が経った頃だろうか?
ようやく私は家にたどり着いた。
私が強く念じるとその場所に行けるらしい事がわかった。
「ただいま」
誰も待っていない部屋で、独り言のようにぼやいた。こんなふうに寂しい部屋だった気がする。
電気をつける。
「おかえり!!お母さん」
そう言って出迎えてくれたのは、男の子2人だ。
マルマルとした体つき、見た感じの雰囲気だと5歳から6歳くらいだろうか?
そしてもう一人は、ほっそりしていて、どことなく顔色が青い感じがする。
年はもう一人の彼と、同じくらいだろうか?
「あなたたちは――?」
ゆうがコドモたちに聞いた。
「そっか。知らないんだ。ぼくたちのお母さんなのに――」
えぇぇ?お母さん?
思わずそう声をあげ、冷静さを欠いている。
そもそも付き合っていた人はいたが、結婚していないし、コドモなんて出来ている訳がない。
ありえない。
「僕らは未来からきたあなたの子供です」
※
とつぜん、私のコドモだという2人の男の子に出迎えられた私は動揺したまま、2人の間に座り、話をきいてみることにした。
「どういう事なの?」
うーん。
少年たちは考えているようだ。
「2017年、僕らは双子としてこの世に生をうけた。そう、高橋ゆう、あなたのコドモとして生まれてくるはずだった」
ーーはずだった?
ゆうはそう繰り返す。
「そう、僕らが生まれてくるはずの予定日より、二週間ほど前、お母さんーーあなたは死んだ」
「私はまだ生きてるじゃない?ーーほら」
ゆうは体を動かしてみる。
黙ったまま少年たちは頭を、静かに横に振ってためいきをつく。
「足元を見てみなよ」
マルマルとした体の方の少年が、ゆうの足を指差した。
おそるおそる足元を見てみると足が消えていた。
「ーーえぇぇぇ、なにコレ?どういうこと?」
ゆうが悲鳴にも近い叫び声をあげると、ふとっちょの少年がいう。
「死んだんだよ!残念なことだけど」
だんだんと思考が冷静に戻っていく。
「それじゃ、おかしいわ!?」
ぼやくようにゆうがいう。
「おかしいって??」
「私が死んだとして、その時生まれてくるはずだった子にしては、大きすぎるじゃない?」
「そうだよ。生まれてきていない僕らには、体がないから、今は少し大きい子の肉体を借りているんだ」
「それじゃ、あなたたちもタマシイなの?」
「うん。とうぜんだよ!あなたが死んでいるのに、僕らが生きているはずないよ!」
※
ゆうはまるで眠っているかのような安らかな顔をしている。
ここに来るまでの道中、車の渋滞に巻き込まれ、死に目をみとることは出来なかった。
しかし、ゆうは本当に眠っているようだ。
「――遅くなって、ごめんね。ゆう!」
母がゆうの顔をなでる。
ゆうの体には既に体温は残っておらず、冷えきっていた。
冷たい体ーー死。
猫目の母の目から大粒の涙が溢れだす。
それもそうだろう。
お腹を痛めて生んだ子供が、母である自分よりも先に、死んでしまったのだから――。
「ほら、見てごらんよ!お母さんが泣いてるよ?」
細い体の男の子が言った。
「あなたの死を悲しんでる。でも、僕らのことはまだ知られてもいないから悲しんでもくれない」
太っちょの男の子が寂しそうにいう。
病気ではあったが、ゆうの体は今不審死として解剖にまわされている。
子供たちの話を何となく聞いていたが、ゆうにはどうも現実味がもてなかった。
しかし、母の涙を見て、私はようやく知らされたのだった。
――そっか。私死んだんだ。
――もう少し生きていたかったな。
※
母が警察に呼ばれ、死因についての話を聞きに警察署へと向かっていた。
受付で事情を話すと、少し待っていてください、と若い婦人警察がいう。
公園のベンチより、少しソファに近い感じのイスに座り、担当の警察官がくるのを待っていた。
「高橋ゆうさんのお母さんですね?」
若い男性の警察官が言う。
「はい」
握りしめたハンカチを握る手に思わず力が入る。
「場所をかえましょうか?」
通路で死因の話など出来ないだろう。若い男性の警察官にそう言われ、母は会議室に通された。
「ーーそ、それで?」
母は聞いた。
「高橋ゆうさんの死因ついてですが、病死で間違いない、と思われます」
「そうですか。それは仕方ないですね!」
「それと、もう一点。ゆうさんはどうやら双子を身ごもっていたようなんですが、残念ながらそのどちらもなくなってしまっていました」
「ゆうが妊娠?」
母はそれを聞いて驚いた。
驚くのも無理はないだろう。なぜなら男と付き合っていたような話すら聞いた事がないのだから。
突然、死を迎えた娘が妊娠していた事に驚きは、隠せないが、娘が死んだ事により、娘のコドモたちも命を奪われていた。
そのショックにより母はその場に倒れてしまう。
※(ゆう目線)
「お母さん、お母さん」
零体となっているゆうは、母に声をかけ続ける。
しかし、母は目をさましてくれない。
コドモたちも呼びかけている。しかし、その声は届いていないようで、ゆうの母は深い眠りの中にいた。
※
ふと目を開けると、ゆうがそこに立っていた。
「お母さん、大丈夫?」
「あぁ、ちょっと驚いてね。気を失ってしまっただけだよ」
「おばちゃん、大丈夫?」
見慣れない子供たちが声をかけてくる。
「――あなたたちは?」
「ぼくらはーー」
少年たちは言葉をつまらせた。
いきなり本当のコトを話しても大丈夫だろうか?
また倒れてしまいそうだと思って、心配になったからだ。
「お母さん、この子達みて!」
ゆうが言った。
「私が産むはずだった子供たちなの」
――はず?
ーーゆうの子供?
ーーだってゆうは……?!
頭の中を整理するうちに、母は奇声をあげた。
「なんで、ゆうがここにいるのよ?ーーあなたはもう死んだのよ?!」
「分かってる。一度だけ、今日1日だけでいいから、家族ってもんを、この子たちに感じさせてあげてーー産まれてくるはずだったんだから、お願い!!」
ゆうが頭を下げる。
「お願いって、言われてもねぇーー」
母は困ったように頭をかいていた。
しばらくして、母はゆうのその要望に答える事にした。
「わかった」
こうして母と娘と孫達の最後の1日が始まった。
孫たちは「お婆ちゃん」「お婆ちゃん」となつき、楽しく過ごしている。
ゆうもそんな姿を見ながら、微笑んでいた。
私も、こんなふうに育ってきたんだな、と実感しーーお母さん、ありがとう!とぼやいていた。
※
母はようやく目をさますと、静かにあたりを見回した。
しばらくの沈黙が走る。
――ゆう、ゆうは?
突然、母は親族にそう言った。
「何を言ってるんだ?ーーゆうは死んだんだよ!もう帰ってこない」
母が冷たくそう言われたのは、これまで何十年の月日を共に過ごしてきた夫であり、ゆうの父親だった。
頭が冴えてくる。
――そっか、あれは夢だったのね。
残念そうに母はうつむいた。
終わり。
ピーーーー。
ゆうの母を除く親族が見守る中、高橋ゆうは息を引き取った。
心電図は横ばいを示している。
「ご臨終です」
病室の中で、医師の言葉が冷たく、響き渡る。
まだ、少しだけ温もりが残っている高橋ゆうの顔を撫で、ゆうの母は声も立てずに泣いている。
「頑張ったね。長い戦いだったね」
ゆうは生まれつき体が弱く、何度も入退院を繰り返していた。
その時、ゆう本人の魂は、宙を浮かび上がっていく。
※(ゆう目線)
ふわぁー。
自らの魂が、肉体からは離れている気がした。
「空を飛んでる」この状態は、意外にも心地のいい時間だった。
ーーなんで?
ーーどうして?
そんな思考回路すら、停止してしまっている。
今の私はもはや脱け殻でしかなかった。
「家に帰ろう」
風に流されるように、フワフワと家を目指す。
腕についたままの時計は、壊れてしまったのか。秒針も進まなくなっている。
家に向かうのは、どう動けばいいのだろう?
空を飛ぶことなど、これまで一度もなかった。
どうすれば思うように進んでくれるのか。まるでわからない事ばっかだ。
ーー何とかなるだろう。
幸いな事に私は独身で、待っている人もいないことが救いだった。私は家に帰ることを強く望みながら、フワフワとただよっていた。
そうして、どれくらいの時間が経った頃だろうか?
ようやく私は家にたどり着いた。
私が強く念じるとその場所に行けるらしい事がわかった。
「ただいま」
誰も待っていない部屋で、独り言のようにぼやいた。こんなふうに寂しい部屋だった気がする。
電気をつける。
「おかえり!!お母さん」
そう言って出迎えてくれたのは、男の子2人だ。
マルマルとした体つき、見た感じの雰囲気だと5歳から6歳くらいだろうか?
そしてもう一人は、ほっそりしていて、どことなく顔色が青い感じがする。
年はもう一人の彼と、同じくらいだろうか?
「あなたたちは――?」
ゆうがコドモたちに聞いた。
「そっか。知らないんだ。ぼくたちのお母さんなのに――」
えぇぇ?お母さん?
思わずそう声をあげ、冷静さを欠いている。
そもそも付き合っていた人はいたが、結婚していないし、コドモなんて出来ている訳がない。
ありえない。
「僕らは未来からきたあなたの子供です」
※
とつぜん、私のコドモだという2人の男の子に出迎えられた私は動揺したまま、2人の間に座り、話をきいてみることにした。
「どういう事なの?」
うーん。
少年たちは考えているようだ。
「2017年、僕らは双子としてこの世に生をうけた。そう、高橋ゆう、あなたのコドモとして生まれてくるはずだった」
ーーはずだった?
ゆうはそう繰り返す。
「そう、僕らが生まれてくるはずの予定日より、二週間ほど前、お母さんーーあなたは死んだ」
「私はまだ生きてるじゃない?ーーほら」
ゆうは体を動かしてみる。
黙ったまま少年たちは頭を、静かに横に振ってためいきをつく。
「足元を見てみなよ」
マルマルとした体の方の少年が、ゆうの足を指差した。
おそるおそる足元を見てみると足が消えていた。
「ーーえぇぇぇ、なにコレ?どういうこと?」
ゆうが悲鳴にも近い叫び声をあげると、ふとっちょの少年がいう。
「死んだんだよ!残念なことだけど」
だんだんと思考が冷静に戻っていく。
「それじゃ、おかしいわ!?」
ぼやくようにゆうがいう。
「おかしいって??」
「私が死んだとして、その時生まれてくるはずだった子にしては、大きすぎるじゃない?」
「そうだよ。生まれてきていない僕らには、体がないから、今は少し大きい子の肉体を借りているんだ」
「それじゃ、あなたたちもタマシイなの?」
「うん。とうぜんだよ!あなたが死んでいるのに、僕らが生きているはずないよ!」
※
ゆうはまるで眠っているかのような安らかな顔をしている。
ここに来るまでの道中、車の渋滞に巻き込まれ、死に目をみとることは出来なかった。
しかし、ゆうは本当に眠っているようだ。
「――遅くなって、ごめんね。ゆう!」
母がゆうの顔をなでる。
ゆうの体には既に体温は残っておらず、冷えきっていた。
冷たい体ーー死。
猫目の母の目から大粒の涙が溢れだす。
それもそうだろう。
お腹を痛めて生んだ子供が、母である自分よりも先に、死んでしまったのだから――。
「ほら、見てごらんよ!お母さんが泣いてるよ?」
細い体の男の子が言った。
「あなたの死を悲しんでる。でも、僕らのことはまだ知られてもいないから悲しんでもくれない」
太っちょの男の子が寂しそうにいう。
病気ではあったが、ゆうの体は今不審死として解剖にまわされている。
子供たちの話を何となく聞いていたが、ゆうにはどうも現実味がもてなかった。
しかし、母の涙を見て、私はようやく知らされたのだった。
――そっか。私死んだんだ。
――もう少し生きていたかったな。
※
母が警察に呼ばれ、死因についての話を聞きに警察署へと向かっていた。
受付で事情を話すと、少し待っていてください、と若い婦人警察がいう。
公園のベンチより、少しソファに近い感じのイスに座り、担当の警察官がくるのを待っていた。
「高橋ゆうさんのお母さんですね?」
若い男性の警察官が言う。
「はい」
握りしめたハンカチを握る手に思わず力が入る。
「場所をかえましょうか?」
通路で死因の話など出来ないだろう。若い男性の警察官にそう言われ、母は会議室に通された。
「ーーそ、それで?」
母は聞いた。
「高橋ゆうさんの死因ついてですが、病死で間違いない、と思われます」
「そうですか。それは仕方ないですね!」
「それと、もう一点。ゆうさんはどうやら双子を身ごもっていたようなんですが、残念ながらそのどちらもなくなってしまっていました」
「ゆうが妊娠?」
母はそれを聞いて驚いた。
驚くのも無理はないだろう。なぜなら男と付き合っていたような話すら聞いた事がないのだから。
突然、死を迎えた娘が妊娠していた事に驚きは、隠せないが、娘が死んだ事により、娘のコドモたちも命を奪われていた。
そのショックにより母はその場に倒れてしまう。
※(ゆう目線)
「お母さん、お母さん」
零体となっているゆうは、母に声をかけ続ける。
しかし、母は目をさましてくれない。
コドモたちも呼びかけている。しかし、その声は届いていないようで、ゆうの母は深い眠りの中にいた。
※
ふと目を開けると、ゆうがそこに立っていた。
「お母さん、大丈夫?」
「あぁ、ちょっと驚いてね。気を失ってしまっただけだよ」
「おばちゃん、大丈夫?」
見慣れない子供たちが声をかけてくる。
「――あなたたちは?」
「ぼくらはーー」
少年たちは言葉をつまらせた。
いきなり本当のコトを話しても大丈夫だろうか?
また倒れてしまいそうだと思って、心配になったからだ。
「お母さん、この子達みて!」
ゆうが言った。
「私が産むはずだった子供たちなの」
――はず?
ーーゆうの子供?
ーーだってゆうは……?!
頭の中を整理するうちに、母は奇声をあげた。
「なんで、ゆうがここにいるのよ?ーーあなたはもう死んだのよ?!」
「分かってる。一度だけ、今日1日だけでいいから、家族ってもんを、この子たちに感じさせてあげてーー産まれてくるはずだったんだから、お願い!!」
ゆうが頭を下げる。
「お願いって、言われてもねぇーー」
母は困ったように頭をかいていた。
しばらくして、母はゆうのその要望に答える事にした。
「わかった」
こうして母と娘と孫達の最後の1日が始まった。
孫たちは「お婆ちゃん」「お婆ちゃん」となつき、楽しく過ごしている。
ゆうもそんな姿を見ながら、微笑んでいた。
私も、こんなふうに育ってきたんだな、と実感しーーお母さん、ありがとう!とぼやいていた。
※
母はようやく目をさますと、静かにあたりを見回した。
しばらくの沈黙が走る。
――ゆう、ゆうは?
突然、母は親族にそう言った。
「何を言ってるんだ?ーーゆうは死んだんだよ!もう帰ってこない」
母が冷たくそう言われたのは、これまで何十年の月日を共に過ごしてきた夫であり、ゆうの父親だった。
頭が冴えてくる。
――そっか、あれは夢だったのね。
残念そうに母はうつむいた。
終わり。
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