みゆたろ

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謎の男

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境と名乗った男は、母を見つめている。

「この方はね、あまりの暑さでお母さんが目眩を起こして倒れそうになった時に、助けてくれた人なのよ」

母はやっと汚ならしい男の事を説明した。

「ーーそうなんだ」

いくら母を助けた人だとは言え、汚ならしい男には感謝の「か」の字も出てこない。
もちろん、母を助けてくれた事だけは嬉しいが。

人の第一印象だけで、感謝すら出来ない私がいた。
心のどこかで、それがイイコトではない事を知りながら。

「ーーこの度は本当に助けて頂いてありがとうございました。本当に助かりました」

母は深々と頭を下げる。

ーーどうして母は、こんなに汚ならしい男に対し、こんなにも丁寧に頭を下げられるのだろうか?

私は本気でそんな事を考えていた。

トコトコトコ。
静かに歩み寄ってきたのは、柴ちゃんだった。

境と言う男にも簡単に、挨拶はしたからいいだろう。

私は二階に上がって、自分の部屋に入りドアを閉める。

ーーあんな男を部屋に招き入れる母は嫌いだ。

心のどっかで母をとられたような思いを感じていた。


部屋には、いつもの柴ちゃんと翔大、そして私だけの気楽な空間が待っていた。
いつもこれだけでいい。
ここにだけいられれば問題ない。

それが、私にとって唯一の居場所になった。

あんなにも大好きだった母の存在が、今は心を苦しめる存在になってしまったような気がした。

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