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狐のお姫様、崩れる
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「──おや、お出ましのようだ」
私が作ったお菓子とお茶を召し上がっていた精霊長様は、ふとそんな事をおっしゃいました。
「お出まし、とは?」
「ああ、話していなかったね。いいや、丁度いいいし余興としては良い頃合いだろう」
するりと精霊長様が空に円を描くと、その中が水面のように波打ってから何か映像のようなものが現れ、て。
「──ウィリアム、様?」
騎士の装備としては軽装ではありますが、そこには確かにウィリアム様がおひとりで森の中を歩んでいる様子が映し出されていました。
見間違えるはずもない我が領の森。そこをウィリアム様がお散歩という様子でもなくいらっしゃるのです。理解が出来ないままその不思議な映像を眺めていました。
「これは、現在の森の様子さ。実は聖域の入り口を目指しているようだ──チトセの説得には成功したようで何よりだよ」
視線を映像から離さないまま、精霊長様はどこか不機嫌そうに呟きながら微笑みます。
チトセは、お婆様の名前です。何故お婆様のお名前が出るのか、説得とは何を指すのか。私には分かりませんが、
「もしや、精霊長様は……ウィリアム様を、この王国を試していらっしゃるのですか?」
ずっと気にかかっていました。
『人間の王の子。ボクは、ボクら精霊は君から大切なものを返してもらう。取り返したいのなら、最も愚かな人間の血を継いだ君に、このお姫様と釣り合うだけの価値があるとボクらに証明したまえ』
あの時、ウィリアム様に向けて精霊長様が放った憎悪ともとれる言葉。
また、王子様が頑張ってくれれば、と会話していた時の様子は、今思うと半ば諦めが入っていたように思えます。
人間に良い思い出が無いと聞いていても、わざわざ悪く捉えられるような言い方を? とずっと思っていました。それを言葉にするのは良い事なのか分かりませんでしたが、問いかけるなら今しかないと思います。
精霊長様は少し驚いたような顔をして、何か思い出したようなお顔をなさいます。
「ああ、そうか。ソフィアは何故お姫様と呼ばれているのか知らないんだったね?」
「すごい力を持っているから、としか。それに善い狐だからというのもあるのだとは思いますが、」
「──違うよ、お姫様。ボクら精霊に愛される精霊姫と同じだからさ。君が幸せに生きてくれるなら、君が精霊を大切にしてくれるなら、この国に力を貸す。そういう友達の約束をクエールの代表、チトセと交わしたんだ。良き隣人、良き友としてね」
「精霊姫……お話で語り継がれるような方と、私が、?」
「正確には、チトセの狐の力を強く継いだ子供が、ね。アメリアもお姫様だったけど、ソフィアが生まれた事でボクらと繋がりが薄れてしまった。最近は人間の社会で忙しくしているとチトセからも聞いているしね」
「お母様も、お姫様だったのですか」
精霊長様曰く、お母様は人間的に言えばお試し。このクエール伯爵領を豊かにする事で精霊姫と同じ力をこの国に授けられるかどうかを調べていたそうです。ただ、お婆様より弱い力のお母様ではこの伯爵領で手いっぱいだったため、次に生まれる子もそうなるのではないかと想定されていたとか。
けれど、お婆様と同等か少し上の魔法の力を持った私が生まれた。だから繋がりが薄れてしまったのです。精霊姫はひとりだけですから。
なお、繋がりが薄れると、精霊長様以外の精霊様はぼんやりとしか見えなくなるそうです。これはお母様がおっしゃっていた事を確認したら、やはり薄れたのが原因だったようです。
「チトセが死んでしまったらアメリアが代わるから、その時までのお別れさ──いや。話がそれたね。それで、精霊姫がお伽噺になった経緯は知っている?」
「経緯、ですか?」
「まぁ知らないのも無理はない、誰も教えていないからね。でもチトセもあの王子様に話したんだ、ボクから最後の精霊姫のお話をしようか」
──そこから精霊長様は、悲しい、悲しい少女のお話をされました。
若き頃のお爺様とお婆様、ご家族や使用人、そして精霊長様を含む精霊の皆様に囲まれ、幸せに暮らしていた、ごく普通でありながらどこか魅力を感じる少女。
そんな彼女を狂うほどに愛し、死へと至らしめてしまった、先代王様。
「ボクと彼女は、見た目もそっくりだった。双子のような、そんな気がしていた。だからあの時、ボクは自分の存在の半分を失ったような気持ちになった」
「精霊長様は……悲しかったの、ですね」
「ああ、悲しかったとも。独りよがりな愚かな男によって奪われ、許せなかったくらい」
イーリス王国全土が貧しくなるほどの怒り。謎の痩せた国土の原因は、これだったのですね。
「だから、ボクらは大切な精霊姫が、ソフィアが不幸せになるのならこれを阻止したいんだ。この国の王族がマトモではないとよく知っているから」
「なら、お婆様は何故お父様やお母様に反対をなさらなかったのでしょうか」
そんな大事なら、強く進言なさっている筈なのでは。そう思っていると、精霊長様は苦く笑います。
「──他でもない、君が望んだからだよ」
……ああ、そうです。私は一目でウィリアム様をお慕いしたんです。
「私が望んだ、せい……私がウィリアム様を好きになってしまったから、こんな事が起こってしまったのですか」
世界が傾き、崩れ落ちてしまいそうな感覚。
今の私にはウィリアム様が無事であるよう祈るしか、無いなんて。
私が引き起こしてしまった事でウィリアム様や皆様に、辛い思いを、不快な思いをさせていたなんて。
「落ち着いてソフィア。確かにきっかけは君だったけれど、これはボクら皆がつけなくてはいけないケジメなんだ。だから、ボクらは──」
精霊長様は全てを話してくださいました。
……話し終えた精霊長様は微笑み、私は驚くしかありませんでした。
私が作ったお菓子とお茶を召し上がっていた精霊長様は、ふとそんな事をおっしゃいました。
「お出まし、とは?」
「ああ、話していなかったね。いいや、丁度いいいし余興としては良い頃合いだろう」
するりと精霊長様が空に円を描くと、その中が水面のように波打ってから何か映像のようなものが現れ、て。
「──ウィリアム、様?」
騎士の装備としては軽装ではありますが、そこには確かにウィリアム様がおひとりで森の中を歩んでいる様子が映し出されていました。
見間違えるはずもない我が領の森。そこをウィリアム様がお散歩という様子でもなくいらっしゃるのです。理解が出来ないままその不思議な映像を眺めていました。
「これは、現在の森の様子さ。実は聖域の入り口を目指しているようだ──チトセの説得には成功したようで何よりだよ」
視線を映像から離さないまま、精霊長様はどこか不機嫌そうに呟きながら微笑みます。
チトセは、お婆様の名前です。何故お婆様のお名前が出るのか、説得とは何を指すのか。私には分かりませんが、
「もしや、精霊長様は……ウィリアム様を、この王国を試していらっしゃるのですか?」
ずっと気にかかっていました。
『人間の王の子。ボクは、ボクら精霊は君から大切なものを返してもらう。取り返したいのなら、最も愚かな人間の血を継いだ君に、このお姫様と釣り合うだけの価値があるとボクらに証明したまえ』
あの時、ウィリアム様に向けて精霊長様が放った憎悪ともとれる言葉。
また、王子様が頑張ってくれれば、と会話していた時の様子は、今思うと半ば諦めが入っていたように思えます。
人間に良い思い出が無いと聞いていても、わざわざ悪く捉えられるような言い方を? とずっと思っていました。それを言葉にするのは良い事なのか分かりませんでしたが、問いかけるなら今しかないと思います。
精霊長様は少し驚いたような顔をして、何か思い出したようなお顔をなさいます。
「ああ、そうか。ソフィアは何故お姫様と呼ばれているのか知らないんだったね?」
「すごい力を持っているから、としか。それに善い狐だからというのもあるのだとは思いますが、」
「──違うよ、お姫様。ボクら精霊に愛される精霊姫と同じだからさ。君が幸せに生きてくれるなら、君が精霊を大切にしてくれるなら、この国に力を貸す。そういう友達の約束をクエールの代表、チトセと交わしたんだ。良き隣人、良き友としてね」
「精霊姫……お話で語り継がれるような方と、私が、?」
「正確には、チトセの狐の力を強く継いだ子供が、ね。アメリアもお姫様だったけど、ソフィアが生まれた事でボクらと繋がりが薄れてしまった。最近は人間の社会で忙しくしているとチトセからも聞いているしね」
「お母様も、お姫様だったのですか」
精霊長様曰く、お母様は人間的に言えばお試し。このクエール伯爵領を豊かにする事で精霊姫と同じ力をこの国に授けられるかどうかを調べていたそうです。ただ、お婆様より弱い力のお母様ではこの伯爵領で手いっぱいだったため、次に生まれる子もそうなるのではないかと想定されていたとか。
けれど、お婆様と同等か少し上の魔法の力を持った私が生まれた。だから繋がりが薄れてしまったのです。精霊姫はひとりだけですから。
なお、繋がりが薄れると、精霊長様以外の精霊様はぼんやりとしか見えなくなるそうです。これはお母様がおっしゃっていた事を確認したら、やはり薄れたのが原因だったようです。
「チトセが死んでしまったらアメリアが代わるから、その時までのお別れさ──いや。話がそれたね。それで、精霊姫がお伽噺になった経緯は知っている?」
「経緯、ですか?」
「まぁ知らないのも無理はない、誰も教えていないからね。でもチトセもあの王子様に話したんだ、ボクから最後の精霊姫のお話をしようか」
──そこから精霊長様は、悲しい、悲しい少女のお話をされました。
若き頃のお爺様とお婆様、ご家族や使用人、そして精霊長様を含む精霊の皆様に囲まれ、幸せに暮らしていた、ごく普通でありながらどこか魅力を感じる少女。
そんな彼女を狂うほどに愛し、死へと至らしめてしまった、先代王様。
「ボクと彼女は、見た目もそっくりだった。双子のような、そんな気がしていた。だからあの時、ボクは自分の存在の半分を失ったような気持ちになった」
「精霊長様は……悲しかったの、ですね」
「ああ、悲しかったとも。独りよがりな愚かな男によって奪われ、許せなかったくらい」
イーリス王国全土が貧しくなるほどの怒り。謎の痩せた国土の原因は、これだったのですね。
「だから、ボクらは大切な精霊姫が、ソフィアが不幸せになるのならこれを阻止したいんだ。この国の王族がマトモではないとよく知っているから」
「なら、お婆様は何故お父様やお母様に反対をなさらなかったのでしょうか」
そんな大事なら、強く進言なさっている筈なのでは。そう思っていると、精霊長様は苦く笑います。
「──他でもない、君が望んだからだよ」
……ああ、そうです。私は一目でウィリアム様をお慕いしたんです。
「私が望んだ、せい……私がウィリアム様を好きになってしまったから、こんな事が起こってしまったのですか」
世界が傾き、崩れ落ちてしまいそうな感覚。
今の私にはウィリアム様が無事であるよう祈るしか、無いなんて。
私が引き起こしてしまった事でウィリアム様や皆様に、辛い思いを、不快な思いをさせていたなんて。
「落ち着いてソフィア。確かにきっかけは君だったけれど、これはボクら皆がつけなくてはいけないケジメなんだ。だから、ボクらは──」
精霊長様は全てを話してくださいました。
……話し終えた精霊長様は微笑み、私は驚くしかありませんでした。
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