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つまらないお話と、絶対性のない世界
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「…………んんー」
よくある話だった。
初めて紬の書いた話を読んだ話、それは紬にしか生み出せない世界が広がっていた。
それが睦月の心を沸き立たせ、感動をもたらした。
しかし、投稿サイトにアップしたあとの新作は、紬の書いたものとは思えないほど、ありきたりな話、のような気がする。
睦月には、世間が求める面白いやつまらないがどういうものか説明できる気がしない。
それでも、少なくとも今読まされている話は、睦月にとって「とても退屈でつまらない」話にしか思えなかったのだ。
「ど、どうですか、睦月さん!」
目の前でパンケーキを食べながら、今度投稿サイトにアップするつもりで書いた新作を読む睦月の反応を気にしている紬が問いかける。
返事に困った。
睦月は、紬がこの話を書くのにどれだけ資料を漁り、何度も書き直して完成させたか見てきたから、素直に「つまらなかった」と返すのがはばかられたのだ。
しかしこのままこれをアップすれば、前回いいねをしてくれた人や、感想をくれた人をがっかりさせかねないことも危惧したのだ。
(紬さんの作品は人をワクワクさせたり、希望をもたらしたりするの! がっかりさせるために生み出されるわけがないの!)
「……睦月、さん?」
黙り込んでしまった睦月に不安を抱いたらしく、紬の顔色が曇っていた。
「あ、えっと……ですね。は、初めて読ませていただいた、投稿される予定だったあのお話を、投稿してみるのはどうでしょう?」
そう答えると、紬の顔色が一層悪くなっていった。
(あ、あれ? 私、何か良くないことを、言っちゃったかな……?)
困惑している睦月を余所に、紬が頭を項垂れさせた。
「……そっか、これは、つまらなかったんですね……」
「え?! な、なんで? 私何も言ってませんよね?!」
「……言わなくても、伝わりました……」
「なんで?!」
今にも泣きそうな顔で身体を震わせる紬に、睦月はただただ申し訳なくなっていた。
「ごめんなさい、その……あの……」
弁解しようにも、睦月もそれ以上の言葉が出てこなかった。
本当につまらなかったからだ。弁解のしようもなかったのだ。
落ち込んで黙り込んでしまった紬に、睦月はどう対処したらいいのか、困り果ててしまったのだ。
しかし、それも数分ほど続けると、睦月はまたパンケーキを食べる作業を再開させたのだ。
「美味しいですね……」
「あ、ありがとうございます」
「……睦月さんはすごいですね。ネットでレシピを見て作れるようになってから、いつも安定して美味しい食事を作れるようになってしまった。それなのに、オレは安定して面白い作品を作ることも出来ない」
「……紬さん」
「睦月さんまでがそんなに気に病まないでください。落ちることは、オレはこれでも慣れているつもりです。そもそも、元から面白い話を書ける才能もないから、入賞することも出来ないでいるんです。たまたま、睦月さんに読んでもらった話が、睦月さんやコメントしてくれた人の好みであっただけなんですよ」
「そ、そんなこと……。たまたま、私の好みに合わなかっただけでそんな……。……あ」
今の自分の言葉で、睦月はあることに気がついた。
「紬さん……このお話、アップしましょう!」
「え?! そ、そんな、面白くない話を載せたって、見た人ががっかりする……」
「わかりませんよ? だって、あくまでこれは私の意見ですから。前回はたまたま私と同じ好みに合っていて今回は私には少し合わなかっただけで、前回コメントした方たち以外の人の心に刺さるかもしれないじゃないですか!」
熱を上げてぐいぐいと攻めれば、紬は根負けしたように「アップします」と覇気のない声で答えた。
紬はあまり期待をしていない様子だったが、何十年と生きて色々な家の人を見てきた睦月には思うところがあった。
『この世は一筋縄ではいかない』ということだ。
古きものを大切にする者がいれば、新しいものを大切にする者もいる。そのどちらが正しいわけでも、そのどちらかだけに偏ることもない。
赤が好きという者がいれば、青が好きという者もいる。
どっちに転がるのが正しいか、常に変わっていく世の中で、絶対的な正義や正しいというものは無いのだ。
睦月自身にしても、前夫である宏やその家族が睦月に押し付けてきた絶対の価値観が、紬の価値観の前では通じない。
それでも、時代が違えば宏たちの意見が正しくもなるだろう。
本などの創作物もそうだ。
漫画なら絵の流行もある。音楽も、そして小説も。
時代が変わっても揺るがない価値もあるが、大体に流行り廃りがある。
紬の作品はほとんどが睦月の心に刺さっていた。しかし、だから睦月の意見が絶対かといえば、そんなことはないのだ。
睦月と好みと副わない意見も必ずある。
失敗を恐れず、まずは投稿してしまえばいいのだ。
前回コメントくれた方々の期待には応えられないかもしれないが、今投稿サイトですべきことは、紬の知名度を上げることと、彼の強みを見出すことでもあるのだ。
それは、一度二度アップしたことでいきなり見いだせるとは限らない。
それでも、挑戦していかなければならない時もあるのだ。
紬が投稿サイトに、先ほど睦月がつまらないと思った作品をアップする際、睦月は祈らなかった。
(私が念じてしまえば、たぶん紬さんの望む以上の評価がされると思う。だから、念じない。紬さんの作品は、そんなことをしなくてもこれから少しずつ評価されていくんです。彼の歩幅で)
よくある話だった。
初めて紬の書いた話を読んだ話、それは紬にしか生み出せない世界が広がっていた。
それが睦月の心を沸き立たせ、感動をもたらした。
しかし、投稿サイトにアップしたあとの新作は、紬の書いたものとは思えないほど、ありきたりな話、のような気がする。
睦月には、世間が求める面白いやつまらないがどういうものか説明できる気がしない。
それでも、少なくとも今読まされている話は、睦月にとって「とても退屈でつまらない」話にしか思えなかったのだ。
「ど、どうですか、睦月さん!」
目の前でパンケーキを食べながら、今度投稿サイトにアップするつもりで書いた新作を読む睦月の反応を気にしている紬が問いかける。
返事に困った。
睦月は、紬がこの話を書くのにどれだけ資料を漁り、何度も書き直して完成させたか見てきたから、素直に「つまらなかった」と返すのがはばかられたのだ。
しかしこのままこれをアップすれば、前回いいねをしてくれた人や、感想をくれた人をがっかりさせかねないことも危惧したのだ。
(紬さんの作品は人をワクワクさせたり、希望をもたらしたりするの! がっかりさせるために生み出されるわけがないの!)
「……睦月、さん?」
黙り込んでしまった睦月に不安を抱いたらしく、紬の顔色が曇っていた。
「あ、えっと……ですね。は、初めて読ませていただいた、投稿される予定だったあのお話を、投稿してみるのはどうでしょう?」
そう答えると、紬の顔色が一層悪くなっていった。
(あ、あれ? 私、何か良くないことを、言っちゃったかな……?)
困惑している睦月を余所に、紬が頭を項垂れさせた。
「……そっか、これは、つまらなかったんですね……」
「え?! な、なんで? 私何も言ってませんよね?!」
「……言わなくても、伝わりました……」
「なんで?!」
今にも泣きそうな顔で身体を震わせる紬に、睦月はただただ申し訳なくなっていた。
「ごめんなさい、その……あの……」
弁解しようにも、睦月もそれ以上の言葉が出てこなかった。
本当につまらなかったからだ。弁解のしようもなかったのだ。
落ち込んで黙り込んでしまった紬に、睦月はどう対処したらいいのか、困り果ててしまったのだ。
しかし、それも数分ほど続けると、睦月はまたパンケーキを食べる作業を再開させたのだ。
「美味しいですね……」
「あ、ありがとうございます」
「……睦月さんはすごいですね。ネットでレシピを見て作れるようになってから、いつも安定して美味しい食事を作れるようになってしまった。それなのに、オレは安定して面白い作品を作ることも出来ない」
「……紬さん」
「睦月さんまでがそんなに気に病まないでください。落ちることは、オレはこれでも慣れているつもりです。そもそも、元から面白い話を書ける才能もないから、入賞することも出来ないでいるんです。たまたま、睦月さんに読んでもらった話が、睦月さんやコメントしてくれた人の好みであっただけなんですよ」
「そ、そんなこと……。たまたま、私の好みに合わなかっただけでそんな……。……あ」
今の自分の言葉で、睦月はあることに気がついた。
「紬さん……このお話、アップしましょう!」
「え?! そ、そんな、面白くない話を載せたって、見た人ががっかりする……」
「わかりませんよ? だって、あくまでこれは私の意見ですから。前回はたまたま私と同じ好みに合っていて今回は私には少し合わなかっただけで、前回コメントした方たち以外の人の心に刺さるかもしれないじゃないですか!」
熱を上げてぐいぐいと攻めれば、紬は根負けしたように「アップします」と覇気のない声で答えた。
紬はあまり期待をしていない様子だったが、何十年と生きて色々な家の人を見てきた睦月には思うところがあった。
『この世は一筋縄ではいかない』ということだ。
古きものを大切にする者がいれば、新しいものを大切にする者もいる。そのどちらが正しいわけでも、そのどちらかだけに偏ることもない。
赤が好きという者がいれば、青が好きという者もいる。
どっちに転がるのが正しいか、常に変わっていく世の中で、絶対的な正義や正しいというものは無いのだ。
睦月自身にしても、前夫である宏やその家族が睦月に押し付けてきた絶対の価値観が、紬の価値観の前では通じない。
それでも、時代が違えば宏たちの意見が正しくもなるだろう。
本などの創作物もそうだ。
漫画なら絵の流行もある。音楽も、そして小説も。
時代が変わっても揺るがない価値もあるが、大体に流行り廃りがある。
紬の作品はほとんどが睦月の心に刺さっていた。しかし、だから睦月の意見が絶対かといえば、そんなことはないのだ。
睦月と好みと副わない意見も必ずある。
失敗を恐れず、まずは投稿してしまえばいいのだ。
前回コメントくれた方々の期待には応えられないかもしれないが、今投稿サイトですべきことは、紬の知名度を上げることと、彼の強みを見出すことでもあるのだ。
それは、一度二度アップしたことでいきなり見いだせるとは限らない。
それでも、挑戦していかなければならない時もあるのだ。
紬が投稿サイトに、先ほど睦月がつまらないと思った作品をアップする際、睦月は祈らなかった。
(私が念じてしまえば、たぶん紬さんの望む以上の評価がされると思う。だから、念じない。紬さんの作品は、そんなことをしなくてもこれから少しずつ評価されていくんです。彼の歩幅で)
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