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元座敷わらしの力

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「そういえば睦月さん、昨日……じゃないか、一昨日まで結婚していたっていうし、仕事とかされていたんですか?」
「……いえ、家のお仕事しかしていなかったです。でも、食事を作るのは苦手で。お米を炊くことならできるのですが、他はいつもお惣菜を買ってきて、それをお皿に並べるだけで……」
 申し訳なさそうに謝る睦月がよくわからない。今のどこに謝るポイントがあったのだろう。
 素直にそう問うと、睦月は料理を手作りしなかったことで、元夫にも呆れられ、その家族からも『役立たず』のレッテルを貼られていたことを語った。
「誰にでも得手不得手はあるでしょう。手料理が食べたいのならその旦那さんが作ればいいんじゃ……」
「でも、夫が働きに出ているのなら、働いていない嫁は家事を完璧にやらなければいけないと教わりました」
 淡々と、感情の消えた表情で語る睦月に、紬は同情した。
 二年前に突然人の目に見えるようになったという睦月。もしその話が本当だとして、生まれてから何十年も子どもとして生きてきた人が、いきなり大人になったからと言われ、すべてを熟さないといけないのは、わりと過酷なことだと思っているからだ。
 順応性のある生き物であるなら、なおのこと大変だろう。
 それを責められても、睦月が可哀想なだけだ。同情を禁じ得ない。
「そもそも、昨日まで人の目に見えないなかで生きてきたのだから、それに対応していくだけで精一杯だろうに……」
「え?」
「あ、ごめんごめん。こっちのこと……」
 つい考えが口から出てしまったので、慌てて誤魔化した。
「……ここでは過ごしやすいように過ごしてください。掃除が好きなら、掃除担当は睦月さんにお任せして、オレが作れるときは作りますが、バイトがある日は今日みたいにコンビニやお弁当屋さんで買いますから……」
「あの、私、料理も作ってみたいです!」
「でも、苦手なんじゃないの?」
「昨日お借りした、この携帯端末で、お料理の作り方が図表付きでわかりやすく書いてあるページが結構あったんです。それを見ながらなら、私にも作れそうだなって……」
「なるほど……」
 やりたいならやらせてみてもいいかなと、紬はそれを許可した。
 しかし、紬の携帯端末をいつまでも持たせているわけにもいかない。紬にも必要なものだからだ。
「今日オレバイト休みなので、午後に睦月さんの携帯を買いに行きませんか?」
「私の、携帯を?」
「はい。一緒に住むなら連絡取れるようにしたほうがいいし、睦月さんも料理するときオレが出かけていたら、携帯ないと困るでしょう?」
「…………」
 睦月は考える仕草をして、それからじっと自分の右手を握って開いていた。
 お金のことを気にしているのかもしれないなと思い至り、睦月に「気にしなくていい」と言う前に、彼女が先に口を開いた。
「でしたら、その前に寄りたいところがあるのですが、良いですか?」
「? はい、大丈夫ですけど……」
「携帯って、いくらほどするものなんですか?」
「えっと、機種やプランにもよると思うけど……」
 紬が携帯ショップのサイトで値段を調べると、睦月は「わかりました」と真剣な表情でうなずいた。
「大丈夫そうです」
「大丈夫?」
 なにがだろうかと、紬が疑問を抱く。
 その場では何も聞かなかったが、携帯ショップに行く前に立ち寄った場所で、睦月の「大丈夫」の意味を知った。
「おめでとうございます……!」
 駅前の宝くじ売り場で、睦月に執拗に一枚スクラッチカードを引いてくれと懇願された。
 一枚100円で高いものではないが、賭け事があまり好きではない紬としては、100円を無駄にするようなものだった。
 けれどあまりにも「お願いします」と睦月が頼むから、つい「じゃあ一枚だけ……」と承諾してしまったのだ。
 もしかしたら睦月はそういう賭け事が好きな人間なのでは? と思わざるを得ない。もしそうならば、やはり一緒に暮らすこと自体、問題が起こりそうだなと思った。
 買ったスクラッチカードは、9枠ある銀色のスクラッチをその場で削り、同じマークが三個揃えば一等の10万円がもらえ、二等なら500円、三等なら100円に換金されるものだった。
 宝くじ売り場の売り子の人に渡されたカードを睦月に渡そうとすれば、「紬さんが引いてください」と言われた。
 意味がわからなかった。睦月が削りたいのではないかと思ったが、言われた通り、9枠のスクラッチから三つ適当に削った。
 三つとも、同じマークだった。
 一瞬、よくわからなかった。
 それは、カードをくれた売り子の人も同じようで、睦月だけが状況を理解しているようで「一等ですよね?」と売り子に確認している。
「は、はい……」
 そうして、売り子は先のように呆然と賛辞の言葉を述べた。
「よかった。まだ現役みたい……」
 睦月がぽつりとつぶやいた言葉は、おそらく紬の耳にだけ届いただろう。それほど小さいもので、紬も危うく聞き逃すほどだった。
 その言葉を聴き、紬の思考がまとまってきた。

 ひとまずその場を離れた。
 5万以上の換金は、指定された銀行まで赴かなければいけないからだ。
 銀行に向かう途中、睦月が「お役に立てて良かったです」と微笑んだ。
「なにをしたんですか?」
 まとまりかけていた思考は、今の睦月の言葉で確信に変わった。
 睦月が何かしたのだ、と思った。
 睦月は「私、人に幸運をもたらす力があるんです」と答えた。
「だから、その力が、運を運んでくれたんです」
「それなら、オレに頼る必要はないんじゃ……?」
 そう訊ねると、睦月は残念そうに頭を振る。
「私のこの力は、誰かのためにしか使えないんです。私のために幸せは訪れない。だから、誰かを介して幸運を呼ぶしかなくて。ごめんなさい、利用したいわけじゃないのですが、結果的に、そう思われても……」
「いや、利用されたとは思わないですよ。……睦月さん自身のために運が使われない、っていうのが、勿体ないなって思って……」
「何故です?」
「だって、睦月さんの力なのに……」
 そう納得いかないと答えれば、睦月はしかし、嬉しそうに笑った。
「私は、他人のために幸運を運ぶ妖怪なのですよ。二年前、その力を失って、人の目に映るようになってしまいましたが、少し、力が戻っているようです。それに、私のために使えなくても、私は損をしていません。私を置いてくださる家に幸運を運べば、ついでに私も幸せになるのですから」
 そう答える睦月の言葉の意味が、紬には少しわからなかった。
 それが顔に出ていたのか、睦月は少し考えてから、携帯電話を例にした。
「私が私のために携帯電話を買うとき、自分では携帯は買えません。でも、紬さんが私のために携帯を買ってくださると言いました。私はその紬さんのお気持ちに応えたい。それに応えるためには、お金が必要。お金を発生させればいい。そういうふうに、力が使われたのです」
「なんとなくわかってきた。それで、スクラッチを削るとき、睦月さんが削ると睦月さんのためとなり、力は使われない。オレが削ると、オレのためになるから、睦月さんの力が使われた、っていうことです?」
「ですです!」
 仕組みを聞いて、紬はようやく納得できた。
 それと同時に紬は、睦月が本当に『座敷わらし』という妖怪であるという話を、信じざるを得なくなっていた。
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