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睦月と紬の出逢い
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バイトを終えた紬の携帯に、一通のメールが届いていた。
内容は、見ずとも大体予想がついていた。
(また、実家に帰って来い、小説家になりたいだなんていつまでも夢を見るな、早く結婚して孫の顔を見せて親を安心させてくれ……そんなところだろう)
しかし、万が一訃報の可能性もある。念のため確認を、とメールを開いて後悔する。
健全な両親から、早く帰って来いという催促のメールであったからだ。
(兄弟はオレだけじゃない。兄貴も妹も結婚して子どもが産まれたんだ。孫の顔ならもう足りているだろう。オレにこだわらなくてもいいじゃないか)
紬の腹の中が、腫れたように痛かった。
しかしどこかが悪いわけでもない。
自分の人生なのに、その生き方を誰かに指図されるのが腹立たしいのだ。
それでも、高校を卒業して上京し、四年の月日が経った。
四年間、親からの仕送りを受けず、その代わり家に入れる余裕もないギリギリの生活費をバイトで稼ぎながら小説を書いては落選していた。
一次選考は必ず通過する。
中間選考で落ちることもあるが、大体は最終選考まで行く。
それでも、受からない。
何が悪いのか、面白くないのか、自分はやはり小説家になることが出来ないのではないか。
悪い想像ばかりが頭を巡る。
今日のバイトでもミスをして怒られ、疲れ果ててしまっていた。
(やっぱり、実家に帰るしかないのだろうか)
紬の気持ちがそう傾きかけたとき、目の前を歩く女性に気づかず、衝突してしまった。
「あ、すみません!」
咄嗟に謝罪の言葉が口から出る。
ぶつかった女性も、紬の言葉で我に返ったように身体を跳ねさせた。
「ご、ごめんなさい! ぼーっとしてしまっていて……」
ぺこぺこと何度も頭を下げる女性に、紬は一層申し訳なくなり、一緒になって頭をぺこぺこと下げた。
先ほどまでバイト先でもこうして頭を下げていたので、条件反射ともいえる。
ふと我に返ると、道行く人が紬たちを訝しそうな目で見やり通り過ぎていくのに気づいた。
「も、もう本当に大丈夫ですから、頭をあげてください!」
先に謝罪大会を中断したのは紬のほうだ。そしてようやく女性も頭をあげてくれた。
女性の顔を見たとき、紬は自分の胸がどくりと跳ねるのを感じた。
整った顔立ちに、白い肌。眼はくるりと丸く、黒い瞳が、灯りの光が心もとない夜でも際立って見え、さらりと流れるような黒い短髪の女性だった。
目を奪われる容姿を持ち合わせており、紬は数秒、その女性に見惚れてしまっていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
女性に声をかけられ、我に返った。
「あ、はい! あ、あなたも大丈夫ですか?」
女性の声は、夏の風に揺れて音を出す風鈴のように涼やかで、声にもうっとりとしてしまうほどだ。
「……大丈夫で」
女性が言い切る前に、彼女のくるりとした眼から、ぽたぽたと涙が溢れだした。
「あ、どこか怪我を?」
慌てる紬に、女性は「これは違うんです……」と否定しながら目元を手の甲で拭った。
「……と、とりあえずどこか喫茶店に入って、続き話しましょう」
道行く人の視線も気になるが、一月の夜に、コートもダウンも羽織っていない薄着でリュックサックを背負った女性を寒空の下でいつまでも立たせているのが忍びなかったのだ。
紬の「喫茶店に入ろう」という言葉に女性は小さく頷き、一緒についてきてくれた。
内容は、見ずとも大体予想がついていた。
(また、実家に帰って来い、小説家になりたいだなんていつまでも夢を見るな、早く結婚して孫の顔を見せて親を安心させてくれ……そんなところだろう)
しかし、万が一訃報の可能性もある。念のため確認を、とメールを開いて後悔する。
健全な両親から、早く帰って来いという催促のメールであったからだ。
(兄弟はオレだけじゃない。兄貴も妹も結婚して子どもが産まれたんだ。孫の顔ならもう足りているだろう。オレにこだわらなくてもいいじゃないか)
紬の腹の中が、腫れたように痛かった。
しかしどこかが悪いわけでもない。
自分の人生なのに、その生き方を誰かに指図されるのが腹立たしいのだ。
それでも、高校を卒業して上京し、四年の月日が経った。
四年間、親からの仕送りを受けず、その代わり家に入れる余裕もないギリギリの生活費をバイトで稼ぎながら小説を書いては落選していた。
一次選考は必ず通過する。
中間選考で落ちることもあるが、大体は最終選考まで行く。
それでも、受からない。
何が悪いのか、面白くないのか、自分はやはり小説家になることが出来ないのではないか。
悪い想像ばかりが頭を巡る。
今日のバイトでもミスをして怒られ、疲れ果ててしまっていた。
(やっぱり、実家に帰るしかないのだろうか)
紬の気持ちがそう傾きかけたとき、目の前を歩く女性に気づかず、衝突してしまった。
「あ、すみません!」
咄嗟に謝罪の言葉が口から出る。
ぶつかった女性も、紬の言葉で我に返ったように身体を跳ねさせた。
「ご、ごめんなさい! ぼーっとしてしまっていて……」
ぺこぺこと何度も頭を下げる女性に、紬は一層申し訳なくなり、一緒になって頭をぺこぺこと下げた。
先ほどまでバイト先でもこうして頭を下げていたので、条件反射ともいえる。
ふと我に返ると、道行く人が紬たちを訝しそうな目で見やり通り過ぎていくのに気づいた。
「も、もう本当に大丈夫ですから、頭をあげてください!」
先に謝罪大会を中断したのは紬のほうだ。そしてようやく女性も頭をあげてくれた。
女性の顔を見たとき、紬は自分の胸がどくりと跳ねるのを感じた。
整った顔立ちに、白い肌。眼はくるりと丸く、黒い瞳が、灯りの光が心もとない夜でも際立って見え、さらりと流れるような黒い短髪の女性だった。
目を奪われる容姿を持ち合わせており、紬は数秒、その女性に見惚れてしまっていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
女性に声をかけられ、我に返った。
「あ、はい! あ、あなたも大丈夫ですか?」
女性の声は、夏の風に揺れて音を出す風鈴のように涼やかで、声にもうっとりとしてしまうほどだ。
「……大丈夫で」
女性が言い切る前に、彼女のくるりとした眼から、ぽたぽたと涙が溢れだした。
「あ、どこか怪我を?」
慌てる紬に、女性は「これは違うんです……」と否定しながら目元を手の甲で拭った。
「……と、とりあえずどこか喫茶店に入って、続き話しましょう」
道行く人の視線も気になるが、一月の夜に、コートもダウンも羽織っていない薄着でリュックサックを背負った女性を寒空の下でいつまでも立たせているのが忍びなかったのだ。
紬の「喫茶店に入ろう」という言葉に女性は小さく頷き、一緒についてきてくれた。
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