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24 大志を取り戻すための希望
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「みんなー! ツアーお疲れー!」
京極さんは生ビールのジョッキを片手に持って立ち上がると「かんぱぁーい!」と元気よく言った。
USJで一頻り遊んだ後、僕たちは大阪市内のお好み焼き屋に来ていた。
多賀木さんも七星くんも疲れて、眠そうにしている。
「えー、遅くなりましたが新規で入ってくれた竹井くんの歓迎会しようと思います! じゃあ、リーダー挨拶を!」
「えー! いつから俺リーダーになったの!?」
京極さんに指名された多賀木さんはオーバーリアクションをしながら首を横に振った。
「年長さんだからジュンがリーダーだよ! いいから挨拶して!」
多賀木さんは諦めたように立ち上がると簡単な挨拶と今後の抱負に短めに話した。
挨拶が終わると京極さんは大げさに拍手をして、運ばれてきていた前菜を取り分け始めた。
女子力が高いのか低いのかよくわからない。
「ほんとにみんなありがとーねー。お陰で無事にツアー終える事が出来たよー」
皿には綺麗にサラダが取り分けられ、彼女の几帳面な性格が伺えるようだ。
京極さんは適当そうに装ってはいるけれど実際はかなり細かい性格だと思う。
今までも会話の端々に気遣いを感じる事が出来たけれど、こうやって食事する場面になるとそれが際立って伺えた。
「あ、いいですよ。僕自分で取ります」
「いーからいーから! こう言う場面でもないと私が女だって事あんたたち忘れちゃうでしょ?」
僕は変に恐縮してしまう。
多賀木さんも七星くんもこの状況に慣れているのか、当たり前のように京極さんに甘えていた。
「あ、ウラちゃんそろそろ焼かない?」
「だねー! 悪いんだけど七星、ミックスとイカ玉混ぜといてー」
「おっけー!」
七星くんはお好み焼きの入ったボールを抱えると力一杯掛け混ぜ始めた。
京極さんとは対照的に雑で適当だ。
「ジュン飲み物追加するー?」
「そうだねー。じゃあ生追加で!」
「あいよー」
京極さんは小料理屋の女将さんかママさんのようだ。
メンバー全員に常に気を回して全員が気持ち良く会話に参加出来るように調整してくれるし、手は絶え間なく動いている。
「竹井くーん、ちょっと店員さん呼んでもらってもいい? 私今焼くの忙しいんだー」
「わかりましたー。じゃあ注文伝えてきます」
僕は他のメンバーの飲み物追加オーダーをまとめると店員にそれを伝えた。
すっかり僕も『バービナ』のメンバーになってしまったようだ。
京極さんのペースにもすっかり慣れたし、他の二人のクセもだいたい理解出来た。
最初こそ、面倒臭いと思っていた七星くんも慣れてみると素直でいい子だと思う。
「はーい、第一弾焼き上がりだよー」
彼女はそう言うとコテでお好み焼きを四等分して取り分けてくれた。
「青のりと鰹節はかけたからねー! マヨネーズはお好みで! じゃあ温かいうちに食っちゃおうぜー」
お世辞ではなく、彼女の焼いたお好み焼きはとびきり美味しかった。
今まで地元で何回かお好み焼き屋に食べに行ったけれど、ここまで美味しいのは初めてだ。
前に友達(愛衣の事だ)と一緒に食べた時もこんなに美味しいとは感じなかった。
まぁ、雰囲気もあるのかもしれないけれど……。
「すごく、美味しいです!」
「よかったよかった! どーよ? ウラちゃん特製お好み焼きはヤベーんだよ? これに関してだけは私料理の才能あるわーっていつも思う」
彼女のドヤ顔に七星くんは少し呆れていたけれど、僕はそんな京極さんがとても魅力的に見えた。
それから京極さんはUSJのアトラクションに乗っていた時と同じようなペースでお好み焼きを焼いていった。
額に汗を滲ませながらお好み焼きをまん丸に成形していく。
まるで職人のようだ。
「ふー……。あっちーよ! でも美味しかったねー」
「ご馳走様です!」
最初のセットだった四枚のお好み焼きを食べ終わる頃には僕は満腹だった。
「追加するー?」
「いえいえ……。もう満腹です」
満腹なのはどうやら僕だけではなく、多賀木さんも七星くんもお腹いっぱいのようだった。
「まったく、ウチの男連中は小食だよねー。ま、今日は酒も頼んでたししゃーないけどさ!」
「本当に美味しかったです。京極さんありがとうございますー」
「いーんだよー! つーか、私は焼いただけだし! 竹井くんが満足してくれればいいんだ」
京極さんは鉄板をコテで掃除して、それからテーブル周りを布巾で拭き上げていった。
「はぁー、したら一服しようかなー」
京極さんはバッグからマルボロを取り出すと当たり前のようにタバコを口にくわえて火をつけた。
今日までの疲れなのか多賀木さんと七星くんは横になっている。
一番疲れているはずの京極さんが元気なのが不思議だけれど、どうやら『バービナ』はいつもこんな感じらしい。
「あーあ、二人ともだらしないなー」
「お疲れなんですよねー……」
「竹井くんはよく起きてられるねー。まだ少し緊張してる?」
「いえ、僕はこういう場所では元々眠くならない質なんです」
京極さんは「そっかぁ」と言いながら口から煙を吐き出した。
「ねぇ竹井くんさぁ……」
「何ですか?」
「この前の話だけどさ、その……。怒鳴ったりしてごめんね……」
京極さんは申し訳なさそうに言ってタバコをもみ消した。
彼女の表情は悲しいとか辛いとかそういう表情ではないけれど、寂しい笑顔を浮かんでいる。
「ああ……。こちらこそすいませんでした。僕時々、思った事を口に出しちゃう質なんです」
「あーね。竹井くんもクセ強いもんねー」
クセが強いだろうか?
あまり自覚はない。
「本当にすいませんでした。でも、これからも『バービナ』で出来る限り頑張って行きます」
「うん、ありがとう。私も決めたから一緒に頑張ろうねー」
決めた……。
彼女は何を決めたのだろうか?
気になった僕はそれをあえて聞かなかった。
「日比谷公演までもっとレベルアップするつもりです。今回反省点も見えましたし」
「まーじめー! でも竹井くん? あんまり真面目だと長続きしないよ? ちったーサボるのも大事さ! これに関しちゃ、七星を見習った方が良いと思うよ」
当の七星くんはだらしない格好で眠りこけていた。
「ですね……。僕は僕でガス抜きしながらやるつもりです。それより京極さんは大丈夫なんですか?」
「ハハハ、心配してくれんだねー。大丈夫だよー、本当に問題ないからさ! 好きでやってる事だからそこまで大変だとも感じないし、時々ストレスで死にそうになるけど、こうやってたまに飲めるだけで十分だよ」
これは半分本当で半分嘘だろう。
この前、多賀木さんが話していた通り彼女は本来不器用なのだ。
それでもやりくり出来てきたのはある意味奇跡だと思う。
「京極さん本当に無理しないでくださいね……。むしろ仕事振ってくれた方が僕も七星くんも嬉しいですから」
「うん、そだね……。こっからは大変な事も増えてくるから少しだけ手伝ってもらうかもしんないね……」
それから彼女は自身の音楽に対する方向性と理想について僕に話してくれた。
具体的な目標やどんな気持ちでこれから臨んで行きたいかについて……。
「皮肉な話だけどさー。私たちの前のリーダーの名前って『大志』じゃん? 別に意識した訳じゃないんだけど、メジャーデビュー前は大きな志持ってやってきた感じだったんだよ。今後は『純』がリーダーだからピュアな感じになっちゃうのかなーってバカバカしい事考えたりしちゃう。」
「『大志』さんって良い名前ですよねー」
大きな志。
たしかに名は体を表すのかもしれない。
「そういえば竹井くんも良い名前だったよねー。『希望』って書いて『のぞみ』だっけか?」
「そうです! 僕生まれた時に未熟児だったらしいんですけど両親が『希望』を持って生き抜いてほしいってそんな名前を付けたみたいです」
希な望み。
これに関しては名が体を表しているかどうか怪しい気がする。
「いいご両親持ったみたいで羨ましいよ……。私は幼い頃に母親が蒸発しちゃったし、親父もこの前不審死しちゃったからさー。出来の良い妹は居るけど、私は家族に恵まれなかったんだよねー」
「そうだったんですね……」
「あ、ごめんごめん。家族居ない事は慣れてるから気にしないでいーよー。それに妹居るから別に寂しくなんかないしね」
京極さんの境遇は僕と比べてかなり壮絶だと思う。
両親共に居なくなり、バンドメンバーも一度失っている。
「妹さんは今何やってるんですか?」
情けない話だけれどそれ以外に返す言葉が見つからなかった。
「あの子は今、地元の役場で事務員してる。でも最近やりたい事が見つかったとかでよく東京出てきてるみたいだねー。お姉ちゃんとしては嬉しい限りだよ。竹井くんは兄弟とかいるんだっけ?」
「僕は一人っ子です。だから兄弟には憧れるんですよねー。まぁ幼なじみでずっと一緒に育ってきた奴が居るんでそいつとは兄弟みたいな感じですけどね」
僕は愛衣について彼女に話した。
改めて自分の口で説明すると愛衣は本当に兄弟のようだと思う。
「いーじゃん! 幼なじみって大事だよ! 私も地元には幼なじみ居るけどだいたい似たような感じだねー」
「小さい頃からずっと一緒だったんで、未だに『のんちゃん、あいちゃん』って呼び合ってます。最近少し恥ずかしくなってきましたけど……」
「仲が良いのは良い事だよ。そーだ! せっかくだから私も竹井くんの事『のんちゃん』って呼んじゃおーかなー。ライブで紹介する時、『ジュン、オリオン、竹井くん』じゃあまりにも温度差激しいし!」
僕は彼女の提案に少し抵抗を覚えていた。
実際、僕の事を『のんちゃん』なんて呼ぶ相手は、母と大叔母と愛衣以外に居ない。
「別に良いですけど……。恥ずかしいですね」
「いーじゃんよー! 減るもんじゃないし! よし! 今日から君は『のんちゃん』だ! 異存は許さない! 以上!」
やれやれだ。
京極さんは言い出したら聞かない人なのだ。
「わかりました……。ご命令には従います」
「よろしい! ではのんちゃん! 命令ついでにもう一つお願いしちゃうよ!」
「何ですか?」
彼女はニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべている。
「この前の話だけど、私乗る事にしたからさー。君の言う『妥協』をしてあげるよ。大志が戻るまで君がウチのドラマーだ。でも、もし大志が戻る時は有無を言わさず出てってもらう! これで君も晴れて『バービナ』の正式メンバーだよ! 条件付きだけどね」
彼女は酷い事をあまりにも嬉しそうに話した。
僕自身が提案した事なので、願ったり叶ったりだけれど……。
僕はその時、彼女の瞳に良い違和感を覚えた。
以前は無かったものが彼女の瞳に見えたのだ。
彼女の瞳には光が宿っていた。
出会った時からしばらく彼女の瞳に住んでいた暗闇はどこかに消えてしまったようだ。
「それを聞いて安心しました。そうしてください! 僕はあくまで松田さんの代替品です。でも代替品だからこそ、松田さんのように扱ってください!」
「だね! じゃあこれからどこまで一緒にやれるかわかんないけど、地獄の底まで付き合ってもらうかんね!」
彼女は本当に嬉しそうだった。
僕は晴れて期間限定の『バービナ』正式メンバーに成れたようだ。
『大志』→『希望』
その日僕は大志を取り戻すための希望となった——。
京極さんは生ビールのジョッキを片手に持って立ち上がると「かんぱぁーい!」と元気よく言った。
USJで一頻り遊んだ後、僕たちは大阪市内のお好み焼き屋に来ていた。
多賀木さんも七星くんも疲れて、眠そうにしている。
「えー、遅くなりましたが新規で入ってくれた竹井くんの歓迎会しようと思います! じゃあ、リーダー挨拶を!」
「えー! いつから俺リーダーになったの!?」
京極さんに指名された多賀木さんはオーバーリアクションをしながら首を横に振った。
「年長さんだからジュンがリーダーだよ! いいから挨拶して!」
多賀木さんは諦めたように立ち上がると簡単な挨拶と今後の抱負に短めに話した。
挨拶が終わると京極さんは大げさに拍手をして、運ばれてきていた前菜を取り分け始めた。
女子力が高いのか低いのかよくわからない。
「ほんとにみんなありがとーねー。お陰で無事にツアー終える事が出来たよー」
皿には綺麗にサラダが取り分けられ、彼女の几帳面な性格が伺えるようだ。
京極さんは適当そうに装ってはいるけれど実際はかなり細かい性格だと思う。
今までも会話の端々に気遣いを感じる事が出来たけれど、こうやって食事する場面になるとそれが際立って伺えた。
「あ、いいですよ。僕自分で取ります」
「いーからいーから! こう言う場面でもないと私が女だって事あんたたち忘れちゃうでしょ?」
僕は変に恐縮してしまう。
多賀木さんも七星くんもこの状況に慣れているのか、当たり前のように京極さんに甘えていた。
「あ、ウラちゃんそろそろ焼かない?」
「だねー! 悪いんだけど七星、ミックスとイカ玉混ぜといてー」
「おっけー!」
七星くんはお好み焼きの入ったボールを抱えると力一杯掛け混ぜ始めた。
京極さんとは対照的に雑で適当だ。
「ジュン飲み物追加するー?」
「そうだねー。じゃあ生追加で!」
「あいよー」
京極さんは小料理屋の女将さんかママさんのようだ。
メンバー全員に常に気を回して全員が気持ち良く会話に参加出来るように調整してくれるし、手は絶え間なく動いている。
「竹井くーん、ちょっと店員さん呼んでもらってもいい? 私今焼くの忙しいんだー」
「わかりましたー。じゃあ注文伝えてきます」
僕は他のメンバーの飲み物追加オーダーをまとめると店員にそれを伝えた。
すっかり僕も『バービナ』のメンバーになってしまったようだ。
京極さんのペースにもすっかり慣れたし、他の二人のクセもだいたい理解出来た。
最初こそ、面倒臭いと思っていた七星くんも慣れてみると素直でいい子だと思う。
「はーい、第一弾焼き上がりだよー」
彼女はそう言うとコテでお好み焼きを四等分して取り分けてくれた。
「青のりと鰹節はかけたからねー! マヨネーズはお好みで! じゃあ温かいうちに食っちゃおうぜー」
お世辞ではなく、彼女の焼いたお好み焼きはとびきり美味しかった。
今まで地元で何回かお好み焼き屋に食べに行ったけれど、ここまで美味しいのは初めてだ。
前に友達(愛衣の事だ)と一緒に食べた時もこんなに美味しいとは感じなかった。
まぁ、雰囲気もあるのかもしれないけれど……。
「すごく、美味しいです!」
「よかったよかった! どーよ? ウラちゃん特製お好み焼きはヤベーんだよ? これに関してだけは私料理の才能あるわーっていつも思う」
彼女のドヤ顔に七星くんは少し呆れていたけれど、僕はそんな京極さんがとても魅力的に見えた。
それから京極さんはUSJのアトラクションに乗っていた時と同じようなペースでお好み焼きを焼いていった。
額に汗を滲ませながらお好み焼きをまん丸に成形していく。
まるで職人のようだ。
「ふー……。あっちーよ! でも美味しかったねー」
「ご馳走様です!」
最初のセットだった四枚のお好み焼きを食べ終わる頃には僕は満腹だった。
「追加するー?」
「いえいえ……。もう満腹です」
満腹なのはどうやら僕だけではなく、多賀木さんも七星くんもお腹いっぱいのようだった。
「まったく、ウチの男連中は小食だよねー。ま、今日は酒も頼んでたししゃーないけどさ!」
「本当に美味しかったです。京極さんありがとうございますー」
「いーんだよー! つーか、私は焼いただけだし! 竹井くんが満足してくれればいいんだ」
京極さんは鉄板をコテで掃除して、それからテーブル周りを布巾で拭き上げていった。
「はぁー、したら一服しようかなー」
京極さんはバッグからマルボロを取り出すと当たり前のようにタバコを口にくわえて火をつけた。
今日までの疲れなのか多賀木さんと七星くんは横になっている。
一番疲れているはずの京極さんが元気なのが不思議だけれど、どうやら『バービナ』はいつもこんな感じらしい。
「あーあ、二人ともだらしないなー」
「お疲れなんですよねー……」
「竹井くんはよく起きてられるねー。まだ少し緊張してる?」
「いえ、僕はこういう場所では元々眠くならない質なんです」
京極さんは「そっかぁ」と言いながら口から煙を吐き出した。
「ねぇ竹井くんさぁ……」
「何ですか?」
「この前の話だけどさ、その……。怒鳴ったりしてごめんね……」
京極さんは申し訳なさそうに言ってタバコをもみ消した。
彼女の表情は悲しいとか辛いとかそういう表情ではないけれど、寂しい笑顔を浮かんでいる。
「ああ……。こちらこそすいませんでした。僕時々、思った事を口に出しちゃう質なんです」
「あーね。竹井くんもクセ強いもんねー」
クセが強いだろうか?
あまり自覚はない。
「本当にすいませんでした。でも、これからも『バービナ』で出来る限り頑張って行きます」
「うん、ありがとう。私も決めたから一緒に頑張ろうねー」
決めた……。
彼女は何を決めたのだろうか?
気になった僕はそれをあえて聞かなかった。
「日比谷公演までもっとレベルアップするつもりです。今回反省点も見えましたし」
「まーじめー! でも竹井くん? あんまり真面目だと長続きしないよ? ちったーサボるのも大事さ! これに関しちゃ、七星を見習った方が良いと思うよ」
当の七星くんはだらしない格好で眠りこけていた。
「ですね……。僕は僕でガス抜きしながらやるつもりです。それより京極さんは大丈夫なんですか?」
「ハハハ、心配してくれんだねー。大丈夫だよー、本当に問題ないからさ! 好きでやってる事だからそこまで大変だとも感じないし、時々ストレスで死にそうになるけど、こうやってたまに飲めるだけで十分だよ」
これは半分本当で半分嘘だろう。
この前、多賀木さんが話していた通り彼女は本来不器用なのだ。
それでもやりくり出来てきたのはある意味奇跡だと思う。
「京極さん本当に無理しないでくださいね……。むしろ仕事振ってくれた方が僕も七星くんも嬉しいですから」
「うん、そだね……。こっからは大変な事も増えてくるから少しだけ手伝ってもらうかもしんないね……」
それから彼女は自身の音楽に対する方向性と理想について僕に話してくれた。
具体的な目標やどんな気持ちでこれから臨んで行きたいかについて……。
「皮肉な話だけどさー。私たちの前のリーダーの名前って『大志』じゃん? 別に意識した訳じゃないんだけど、メジャーデビュー前は大きな志持ってやってきた感じだったんだよ。今後は『純』がリーダーだからピュアな感じになっちゃうのかなーってバカバカしい事考えたりしちゃう。」
「『大志』さんって良い名前ですよねー」
大きな志。
たしかに名は体を表すのかもしれない。
「そういえば竹井くんも良い名前だったよねー。『希望』って書いて『のぞみ』だっけか?」
「そうです! 僕生まれた時に未熟児だったらしいんですけど両親が『希望』を持って生き抜いてほしいってそんな名前を付けたみたいです」
希な望み。
これに関しては名が体を表しているかどうか怪しい気がする。
「いいご両親持ったみたいで羨ましいよ……。私は幼い頃に母親が蒸発しちゃったし、親父もこの前不審死しちゃったからさー。出来の良い妹は居るけど、私は家族に恵まれなかったんだよねー」
「そうだったんですね……」
「あ、ごめんごめん。家族居ない事は慣れてるから気にしないでいーよー。それに妹居るから別に寂しくなんかないしね」
京極さんの境遇は僕と比べてかなり壮絶だと思う。
両親共に居なくなり、バンドメンバーも一度失っている。
「妹さんは今何やってるんですか?」
情けない話だけれどそれ以外に返す言葉が見つからなかった。
「あの子は今、地元の役場で事務員してる。でも最近やりたい事が見つかったとかでよく東京出てきてるみたいだねー。お姉ちゃんとしては嬉しい限りだよ。竹井くんは兄弟とかいるんだっけ?」
「僕は一人っ子です。だから兄弟には憧れるんですよねー。まぁ幼なじみでずっと一緒に育ってきた奴が居るんでそいつとは兄弟みたいな感じですけどね」
僕は愛衣について彼女に話した。
改めて自分の口で説明すると愛衣は本当に兄弟のようだと思う。
「いーじゃん! 幼なじみって大事だよ! 私も地元には幼なじみ居るけどだいたい似たような感じだねー」
「小さい頃からずっと一緒だったんで、未だに『のんちゃん、あいちゃん』って呼び合ってます。最近少し恥ずかしくなってきましたけど……」
「仲が良いのは良い事だよ。そーだ! せっかくだから私も竹井くんの事『のんちゃん』って呼んじゃおーかなー。ライブで紹介する時、『ジュン、オリオン、竹井くん』じゃあまりにも温度差激しいし!」
僕は彼女の提案に少し抵抗を覚えていた。
実際、僕の事を『のんちゃん』なんて呼ぶ相手は、母と大叔母と愛衣以外に居ない。
「別に良いですけど……。恥ずかしいですね」
「いーじゃんよー! 減るもんじゃないし! よし! 今日から君は『のんちゃん』だ! 異存は許さない! 以上!」
やれやれだ。
京極さんは言い出したら聞かない人なのだ。
「わかりました……。ご命令には従います」
「よろしい! ではのんちゃん! 命令ついでにもう一つお願いしちゃうよ!」
「何ですか?」
彼女はニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべている。
「この前の話だけど、私乗る事にしたからさー。君の言う『妥協』をしてあげるよ。大志が戻るまで君がウチのドラマーだ。でも、もし大志が戻る時は有無を言わさず出てってもらう! これで君も晴れて『バービナ』の正式メンバーだよ! 条件付きだけどね」
彼女は酷い事をあまりにも嬉しそうに話した。
僕自身が提案した事なので、願ったり叶ったりだけれど……。
僕はその時、彼女の瞳に良い違和感を覚えた。
以前は無かったものが彼女の瞳に見えたのだ。
彼女の瞳には光が宿っていた。
出会った時からしばらく彼女の瞳に住んでいた暗闇はどこかに消えてしまったようだ。
「それを聞いて安心しました。そうしてください! 僕はあくまで松田さんの代替品です。でも代替品だからこそ、松田さんのように扱ってください!」
「だね! じゃあこれからどこまで一緒にやれるかわかんないけど、地獄の底まで付き合ってもらうかんね!」
彼女は本当に嬉しそうだった。
僕は晴れて期間限定の『バービナ』正式メンバーに成れたようだ。
『大志』→『希望』
その日僕は大志を取り戻すための希望となった——。
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