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4 煮え切らない言葉

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 『バービナ』から連絡が来たのは彼らと会ってから一週間後だ。
 連絡をくれたのはベーシストの多賀木さん……。
 僕は予定を調整して多賀木さんと二人で会う事にした。

 連絡を受けた二日後、多賀木さんは僕の大学の構内まで足を運んでくれた。
「すいません。本来ならこっちから出向かなきゃいけないのに……」
「ハハハ、構わないよ! それよりこの前はごめんねー。京極さん悪い子じゃないんだけど、人見知りでさー」
 多賀木さんは気さくにそう言うと、僕の肩を軽く叩いた。
 高嶺さんと違って多賀木さんには最初から好感が持てた。
 ただ優しいとかではなく、考え方が論理的でまともな人のように感じたのだ。
「そうしたら学食でも行こうか? 机があるところで話がしたいんだよね」
「わかりました。案内します」
 僕は多賀木さんと一緒に大学構内の学食へと向かった。
 学食は昼の食事時を過ぎて学生も疎らだ。
 食堂の職員も暇そうにしている。あとは講義がない学生が数人居るだけだ。
 僕たちは学食内の自販機で飲み物を買うと適当な席に座った。
「本当にこの前はありがとうね! 俺たちのバンドもようやくドラム見つかってよかったよ!」
「いえいえ、こちらこそです! あの……。僕なんかでいいんですか? ただの学生ですし……」
 僕は謙遜半分、疑念半分の意味を込めて彼に聞いてみた。どちらかと言えば疑念の方が多いような気がするけれど……。
「自信ないのかい?」
 多賀木さんはコーヒーを口に含むと、穏やかな口調で僕に聞き返した。
「正直、自信があるないとかじゃないんですよね……。ある程度はドラム叩けるって自覚はあるんですが、その……。なんて言いますか……」
 僕は判りきっている言葉を吐く事に躊躇した。
 情けない話だけれど、はっきり言うと角が立つ気がしたからだ。
「ああ、そうだよね……。竹井くんとしては京極さんの事が気がかりだよね?」
 僕の気持ちを察したかのように多賀木さんはあっさりと彼女の名前を口に出した。彼は表情を全く変えずに僕の心の中に踏み込んできたのだ。
 それでも不思議と嫌悪感のような物は感じなかった。
 例えるならきちんと靴を脱いでから踏み込んでくれたのだと思う。
「ええ……。こう言ってはなんですが、彼女が僕に好意的とは思えなかったので……」
 ようやく絞り出した言葉もやはり煮え切らない。
 自分の口から出た言葉だとというのに実に気持ちが悪かった。
「まーねー、でも安心していいよ! 仮に誰が来たって京極さんあんな感じだったろうからさ」
 多賀木さんはいつもの事と言わんばかりにそう言い放った。
 誰が来たって同じ? それはそれで問題だと思う。
 もし僕以外の誰かが彼女に会ったとして、あんな態度をとられたら一緒にバンドをやりたいとは思わないだろう。普通は。
「あの多賀木さん?」
「ん? なんだい?」
「高嶺さんていつもあんな感じなんですか? これからバンド一緒にやっていく人にこんな事言うと失礼だとは思うんですが……。正直、感じが悪すぎだと思います……」
 僕は失礼を承知で彼にそれを尋ねた。
 僕のそんな言葉を聞いても彼は全く動じる様子がない。
 むしろ嬉しそうにさえしている気がする。
「じゃあちょっとだけ京極さんの話をしてあげるよ。この話を聞いてから、君なりに判断してくれれば良い。それで、もし竹井くんが一緒にやりたくないなら僕から京極さんにはうまく伝えとくからさ……」
 そう言うと、多賀木さんは一ヶ月前のあの事件の話を聞かせてくれた。
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