日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

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第十二章 航空自衛隊 百里基地

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 それからしばらく走ると目的地に到着した。航空自衛隊百里基地。兄の職場だ。
「弥生ー。もう着替えちゃって大丈夫?」
 基地内の待機スペースに着くと美鈴さんがそう言ってパイプ椅子に腰を下ろした。待機スペースには私たち以外にも首だけ被ってないクマの着ぐるみ姿の男の人や司会進行を任されている芸人さんがいた。てんびん座の団員の姿はまだない。
「ちょっと待ってて。逢川さんからOK出るまでは待機って話だから」
「ふーん。そっか。やっぱ自衛隊だから色々厳しい感じなのかな?」
「みたいだね。安全確認が必要なんだってさ」
 弥生さんはそう答えると左手の腕時計に目を落とした。そして「ま、ウチら出番午後からだしね」と続ける。
「んだよー。んじゃ朝っぱらから出てくる必要なかったじゃん!」
「そういうわけにもいかないんだよ……。ウチらと違って逢川さんは朝からやること盛りだくさんなんだから」
 そんな話をしていると逢川さんが待機スペースに戻ってきた。
「みんなお疲れ。とりあえずこっちの段取りは終わったよ」
「お疲れ様ー。んじゃ出番までは自由時間?」
「まぁ……。そうだね。好きにしてて良いよ。でも君ら一応演者なんだからあんまり人目に触れないでね」
 逢川さんはそう言うと「ふぅ」と軽くため息を吐いた。そして「出店回るぐらいしといて」と付け加えた――。

 それから私たち四人は基地内を散策して回った。基地内は思いのほか混み合っていて、はぐれないようにするだけで一苦労だった。どうやら航空祭は思っていたより人気のイベントらしい。
「あ、射的あんじゃん」
 そんな中、美鈴さんがそう言って露店に駆けていった。
「ちょっとメイリン。急に走らないでよ」
「えー! いいじゃんよ。せっかくのお祭りだよ? 楽しまなきゃ損じゃん」
 美鈴さんはそう返すと「やらせてくださーい」と射的の店主に小銭を渡した。そしてライフルを手に取って構える。
「これ好きなんだよねぇ。……よし、あの赤いクマちゃん狙おう」
 美鈴さんはそう言うとライフルのトリガーを引いた。結果は……。大外れ。跳弾したゴム弾がこっちに戻ってくる。
「あー! 惜しいぃ」
「いやいや。全然惜しくないじゃん。すごい的外れだったよ」
「うっせーな。次は当てっから!」
 その後、美鈴さんは五発のゴム弾を見事に全て外した。クマのぬいぐるみには擦りもしなかった。ここまで外すと逆に清々しい。
「うぅ……。全部外れだよぉ」
「はぁ……。どうしてもあのクマ欲しいの?」
「うん。あのレインボーベアシリーズ集めてんだよね。赤が揃えば七色全部揃うのに」
 美鈴さんはそう言うとがっくり肩を落とした。見かけによらず美鈴さんは少女趣味らしい。
「分かったよ。じゃあ取ってやるから」
 美鈴さんの様子に半ば呆れながら弥生さん射的の店主に五〇〇円渡した。そして「赤いクマだけでいいんだよね?」と訊いてライフルを構えた――。

 それから私たちは一通り出店を見て回ってから演者の控えスペースに戻った。
「お! おかえりー。……ってそれどうしたの?」
 控えスペースに戻ると逢川さんに開口一番そう言われた。
「へっへーん。すごいっしょ。これ全部弥生が取ったんだよ」
 美鈴さんはそう言うと両手一杯のぬいぐるみをテーブルの上に乗せた。
「おいおい……。ってか春日ちゃんすごいな」
 逢川さんは呆れながらそう言うと弥生さんに視線を向けた。それに対して弥生さんは「すいません」と軽く謝る。
「いや……。別に謝ることじゃないけど。やっぱ春日ちゃんって銃の扱い上手いんだね」
 逢川さんは感心したように言うと物珍しそうにぬいぐるみを手に取る。
「アポマジの撮影のときに少し練習しましたからね。まぁ……。天沢さんほどじゃないけどそれなりに当たるんですよ」
「ふーん……。そっか。いや、流石だよ」
 逢川さんはどこか懐かしげに言うとぬいぐるみをテーブルに戻した。そして「そろそろ着替えちゃおうか」と私たちに興業の準備をするように促した。時刻は一二時半。逢川さんの言うとおりそろそろ魔法少女になっておいた方が良さそうだ。
 そんな話をしていると基地内に航空ショーの案内アナウンスが始まった。そしてショーをする戦闘機とパイロットの名前が読み上げられた。機体はYF23。パイロットは夏木昭人三等空尉。どうやら兄も私たちと同じタイミングで飛行演目をやるらしい。
「夏木昭人さんって……。聖那ちゃんのお兄ちゃん?」
 アナウンスが終わるとと弥生さんにそう訊かれた。私は「うん。そうだよ」と軽く答える。
「そっか。……あの逢川さん。着替えるのちょっと待って貰ってもいいですか?」
「ん? ああ、航空ショー見たいのね。ま、大丈夫だと思うよ。ステージ開始まではまだ時間あるから」
 逢川さんはそう返すと続けて「俺も見ようかな」と独り言みたいに呟く。
「ありがとうございます。……んじゃせっかくだからみんなで聖那ちゃんのお兄ちゃんの飛ぶとこ見よう!」
 弥生さんはそう言うとどこか寂しげな表情を浮かべた――。

 空が青い。雲一つ無い。そんな中を戦闘機が空を駆けていった。YF23。兄の愛機だ。
 私たちはその飛行機が飛ぶ様を首が痛くなるくらい見上げていた。そして青い空に吸い込まれるように兄の飛行機は遠ざかっていった。
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