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第十二章 航空自衛隊 百里基地

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 夏木聖那の話

『お父さんは誇り高き船乗りなの!』
 私がまだ幼かった頃。母はたまにそんな台詞を吐いた。そしてそう言った後はいつも私と兄を早々と寝かしつけて一人でお酒を飲んでいた。理由は父の短い帰省が終わってしまったことへの現実逃避。要は寂しいのに強がっていたのだと思う。
 当時の私は埼玉県の大宮という所に住んでいて、そこにある普通の小学校に通っていた。古びた校舎に古びた教室、古びたジャングルジムに真新しい体育館。そんなアンバランスな小学校だった。まぁどこにでもある小学校を想像して貰えれば間違いないと思う。
 ともかく当時の私はそんなごくありふれた環境で幼少期を過ごしたわけだ。少し歳の離れた兄と寂しがり屋の母、そして誇り高き船乗りの父。そんな家族に囲まれて――。

「成田に引っ越そうと思うの」
 私が小学校の卒業を間近に控えた頃。突然母がそんなことを言い出した。
「成田って……。千葉県の成田?」
「そうそう! すっごい素敵な場所よ? 近くには立派なお寺もあるし、空港も近いからお出かけもしやすいの!」
 母はそう言うとたくさんの写真をリビングのテーブルに広げた。そこには二階建ての家の外観と内装のイメージがまるでモデルルームのように写っていた。家具屋でそれっぽい家具を買って生活感を極限まで削った。そんな売るために作った理想の家みたいに見える。
「どう?」
「どう? ……って言われても。まぁ普通じゃない?」
「もう! 聖那はリアクション悪いんだから! お兄ちゃんはすごく喜んでくれたのに」
 母はそうふて腐れると写真をひとまとめにしてテーブルの端に寄せた。そして続ける。
「ねぇ聖那。お母さんはどうしても成田に引っ越したいの。あんたと昭人には面倒掛けて悪いけど……。でも! これを逃したらお母さん一生後悔すると思うんだよね」
 母はそう力説すると私の手をギュッと握った。握られた母の手は汗で滲んでいる。
「……はぁ、分かったよ。どうせ文句言ったって引っ越すんでしょ? 言うだけ無駄だから賛成してあげるよ」
「ありがとー! 聖那! 愛してるぅ」
 母はそう言うとすぐにどこかへ電話を掛け始めた。そして「ええ、決まりました。今までお世話になりました」と通話相手に向かって矢継ぎ早に話した。その口ぶりから察するにどうやら電話口の相手は母の勤め先の人らしい。
「よし! そうと決まれば引っ越しの段取りしなきゃね」
 母はそう言うと今度は私を力強く抱きしめた。最高に暑苦しい。口には出さなかったけれどそう思った――。
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