日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

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第十一章 成田国際空港 北ウイング

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「悪いけど私はこのあと打ち合わせなんだ」
 天音ちゃんの問いにバネちゃんはそう返した。
「ああ……。バネっちはそうだったね。うん、了解」
 天音ちゃんはそう答えると彼女の手に一枚の紙を手渡した。雰囲気的にタクシーチケットだと思う。
「いいよ。足代ぐらい自分で払うから」
「ううん。ここの払いは全部ウチで持たせて。じゃないとあとで社長に怒られちゃうからさ」
「そっか……。なんかまた貸し作っちゃったね」
「ハハハ、ま……。そう思ってくれてるなら現場で返してくれればいいよ」
「……分かったよ」
 バネちゃんはそう返すと私と椎名さんに「今日はありがとね」と言った。そしてそのまま水道橋の人混みに消えていった――。

 バネちゃんがいなくなると天音ちゃんが大きく深呼吸した。そして私たちの方を向いて「バネっち気を利かせてくれたね」と言った。その口ぶりから察するにこうしてバネちゃんが先に帰ることは最初から決まっていたようだ。
「んじゃ。二人とも悪いけどちょっとだけ時間ちょうだい。そこまで遅くはならないようにするから」
 天音ちゃんはそう言うとモールのフロア中央にあるエスカレーターを指さした。そして「上にスタバあるからそこで」と言った。
 それから私たちはモール内のスターバックスコーヒーに入った。そして各々適当な飲み物を頼んで席に着いた。店内はそれなりに混み合っていて、思いのほか窮屈に感じる。
「あの! 椎名さんですよね?」
 私たちが席に座ると同時ぐらいに私たちと同世代くらいの女の子三人組に声を掛けられた。正確には椎名さんだけが声を掛けられた。私と天音ちゃんは彼女たちにとっては興味の対象ではないらしく、これといった反応はない。まぁ……。天音ちゃんは完全にモブに徹していたし、私に至っては単に知名度がないだけなのだけれど。
「ファンなんですー。あの! 良かったらサインとかいただけますか?」
「……わぁ、ありがとうございます! いいですよ。サインですね」
 椎名さんは一瞬だけ怪訝な顔をするとすぐに笑顔で彼女たちのサインに応じた。そして慣れた調子で女の子たちの持ち物にサインしていった。どうやら椎名さんはこの手の絡まれ方には慣れているらしい。
「ありがとうございますー! 大事にします」
「はい。こちらこそありがとうございます」
 椎名さんはそう言うと彼女たちにニッコリ微笑んだ。その笑顔はあまりにも綺麗で思わず私までドキッとする。
「……やっぱみのりんは人気者だよねぇ。旬な人って感じ」
 女の子たちがいなくなると天音ちゃんが果物の味の感想みたいにそう呟いた。そして「ちょっと羨ましいな」と続ける。
「……たぶん私は同年代には人気なんだと思う。雑誌の取材多いからね」
「だよねー。あーあ、私もファッション誌とかのお仕事あればなぁ。畑違いだからできなさそうだけど」
 天音ちゃんは軽い口調でそう言うと緑色の人魚のロゴが描かれたマグカップに口を付けた。そして「ふぅ」と静かにため息を吐く。
「それで? 今日は何で私を呼びつけたの?」
 不意に椎名さんが冷たい口調でそう言った。そして天音ちゃんの正面に座ると「なんか撮影で不手際でもあった?」と続けた。その口調は普段の彼女のものとはだいぶ違って聞こえる。
「いんや。私はみのりんには何の不満もないよ。むしろパーフェクト過ぎて妬いちゃうぐらいだもん」
「……じゃあ本当に今日はただの親睦会ってこと?」
「まぁね。あとは……。バネっちのことでちょっと話したかったんだよね」
 天音ちゃんはそう言うとマグカップをコトンとテーブルに置いた。そして真っ直ぐに椎名さんと向き合う。
「前の現場で二人がトラブったのは知ってるよ。ま、この業界は割と狭いからね。私の耳にもすぐにあの話は入ってきたんだ」
 天音ちゃんは珍しく真面目な口調で言うと椎名さんの相打ちを待つみたいに一瞬間を置いた。そして椎名さんはその間に「そう……」とだけ返した。椎名さんの表情と口調は変わらない。ずっと無感情なままだ。
「でね。私としては別に二人に仲直りして欲しいわけじゃないんだ。どっちかって言うと……。二人にはこれから先もうちょっとだけ舞台外で演技して欲しいんだよね」
 天音ちゃんはそこまで話すと再びマグカップを手に取ってコーヒーを一口飲んだ。そして五秒ほど居心地の悪い時間が流れ――。
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