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第十一章 成田国際空港 北ウイング

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 女将さんがいなくなるとすぐに出雲社長がスッと立ち上がって挨拶を始めた。彼女は穏やかに口元を緩めるとまず「今日は皆さんお時間作っていただきありがとうございます」と言っ私たちに深々と頭を下げた。そして一呼吸置いて続ける。
「こうしてトライメライ・エレメンタルのスタッフ、そして演者の皆さんに集まっていただけて嬉しい限りです。本日は無礼講ですので皆さん存分に楽しんでいってください」
 出雲社長はそう短く挨拶すると再び頭を下げた。そして「じゃあ乾杯の音頭を」と言ってグラスを手に持った――。

「来週自衛隊だって?」
 宴会が始まると美鈴さんがローストビーフを皿に盛り付けながら弥生さんにそう尋ねた。弥生さんは「ああ」と返事してから「だね」と短く返す。
「百里基地って鉾田の近くだよね? イベントのこと言ったらじいちゃんたち来るかも」
「そうなの? 私あんま茨城の地理詳しくないから分かんないけど……。ってか百里基地って聖那ちゃんのお兄さんの職場じゃなかった?」
 弥生さんは美鈴さんの言葉を軽く流すと今度は私に話を振った。私は「だねぇ」と軽く返す。
「そっか。じゃあもしかしたらお兄さんも来るかもね」
「うん。たぶん来ると思うよ。……実はお兄ちゃんには話しといたんだよね。なんかお兄ちゃんも航空祭のイベント参加するらしくてさ」
「そうなんだ。まぁ……。そりゃそうだよね。聖那ちゃんのお兄さんパイロットだもんね」
 弥生さんはそう言うとさりげなく香澄さんの皿にオードブルを取り分けた。そして「聖那ちゃんのお兄さんってどんな人か気になるぅ」と続ける。
「だよね。聖那の兄貴めっちゃ気になる! 聖那に似てるなら……。きっとイケメンだよね」
 美鈴さんはそう言うと「お兄ちゃん彼女いんの?」と流れるように訊いてきた。どうやら美鈴さんは男としての兄に興味があるらしい。
「メイリンさぁ……。あんた彼氏いんだろ? 誰彼構わず狙うんじゃないよ」
「えー! だってさぁ。チャンスあるなら逃したくないじゃん? 条件がいい人いたらそっちに乗り換えるのは処世術だよ?」
「はぁ……。聖那ちゃんこいつの言ってることは聞き流していいかんね。男っていうとすぐに目の色変えるんだから」
 弥生さんはそう言うと眉間に皺を寄せた。そして呆れ顔で「メイリンいつか痛い目見るから」と美鈴さんを軽く小突いた。
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