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第十一章 成田国際空港 北ウイング

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 春川さんが帰ると私たちは第一ターミナル内の和食レストランに向かった。そして店内に入ると出雲社長が「こっちよ」と言ってファストーフード店のようなテーブル席に案内してくれた。高そうな料理なのに店内は簡素。どうやらここはそんな感じの店らしい。
「私ここのお茶漬け好きなんだよね。夏木さんは和食大丈夫な人?」
 出雲社長はメニューを私に差し出しながらそう言った。私は「はい、好きです」と答える。
「なら良かったわ。弥生ちゃんも好きなもの頼みなさい。あと……。これ仮払いで渡しとくわ」
 出雲社長はそう言うと財布から二万円取り出して弥生さんに差し出した。そして「いつも通り領収書と残金は諏訪さんにね」と続ける。
「分かりました。じゃあ興行後に香取さんたちに食事補助の話しときますね」
「うん、そうして。香澄ちゃんはともかく香取さんはご飯食べないとキツいでしょ? あの子いつも腹ぺこだもんね」
 いつも腹ぺこ。出雲社長の口から出たその言葉に私は思わず吹き出した。確かに彼女はいつも腹ぺこなのだ。腹ぺこ食いしん坊メイリン。そう命名したいほどに。
「ですね……。まぁ香取さんには何か美味しいもの食べて貰います」
 私が笑いを堪えている横で弥生さんは淡々とそう返した。その様子は普段の彼女からは想像できないほど冷たく見えた。……本人には絶対に言えないけれどこういうところは彼女の母親そっくりだと思う――。

 それから私たちは各々好きなものを注文した。私は肉うどんを、弥生さんはおにぎりセットを、出雲社長は出汁茶漬けをそれぞれ頼んだ。今回もバラエティーに富んだラインナップだ。見事に全員の好みがばらけた気がする。
「そうそう。春川さん今からハネムーンらしいよ。まったく……。そんな最中でも来てくれるんだからあの子も仕事中毒よね」
 出雲社長はそう言うと「フッ」と嬉しそうに鼻を鳴らした。そして「初めて会ったときはあの子も二十歳そこそこの女子だったのにね」と付け加える。
「春川さんは……。昔から仕事熱心ですよね。トライメライ来るときはいつもピシッとしてますし」
「そうそう。あの子って本当に几帳面で清潔感あるのよね。そういうところは素直に尊敬するわ。それに引き換えウチの逢川くんは……」
 出雲社長はそう言うと呆れ気味に首を横に振った。その反応を見て私は内心『いやいや、そうは言っても逢川さんめっちゃ頑張ってますよ。休日出勤もしてますよ。給料安いのに。偉くないですか?』と思った。当然、口には出さない。あくまで表情はポーカーフェイスだけれど。
 私がそんなことを考えていると弥生さんが「でも……」と口を開いた。そして「逢川さんはトライメライには必要な人です」と付け加えた。
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