上 下
134 / 176
第十一章 成田国際空港 北ウイング

20

しおりを挟む
 春川さんが帰ると私たちは第一ターミナル内の和食レストランに向かった。そして店内に入ると出雲社長が「こっちよ」と言ってファストーフード店のようなテーブル席に案内してくれた。高そうな料理なのに店内は簡素。どうやらここはそんな感じの店らしい。
「私ここのお茶漬け好きなんだよね。夏木さんは和食大丈夫な人?」
 出雲社長はメニューを私に差し出しながらそう言った。私は「はい、好きです」と答える。
「なら良かったわ。弥生ちゃんも好きなもの頼みなさい。あと……。これ仮払いで渡しとくわ」
 出雲社長はそう言うと財布から二万円取り出して弥生さんに差し出した。そして「いつも通り領収書と残金は諏訪さんにね」と続ける。
「分かりました。じゃあ興行後に香取さんたちに食事補助の話しときますね」
「うん、そうして。香澄ちゃんはともかく香取さんはご飯食べないとキツいでしょ? あの子いつも腹ぺこだもんね」
 いつも腹ぺこ。出雲社長の口から出たその言葉に私は思わず吹き出した。確かに彼女はいつも腹ぺこなのだ。腹ぺこ食いしん坊メイリン。そう命名したいほどに。
「ですね……。まぁ香取さんには何か美味しいもの食べて貰います」
 私が笑いを堪えている横で弥生さんは淡々とそう返した。その様子は普段の彼女からは想像できないほど冷たく見えた。……本人には絶対に言えないけれどこういうところは彼女の母親そっくりだと思う――。

 それから私たちは各々好きなものを注文した。私は肉うどんを、弥生さんはおにぎりセットを、出雲社長は出汁茶漬けをそれぞれ頼んだ。今回もバラエティーに富んだラインナップだ。見事に全員の好みがばらけた気がする。
「そうそう。春川さん今からハネムーンらしいよ。まったく……。そんな最中でも来てくれるんだからあの子も仕事中毒よね」
 出雲社長はそう言うと「フッ」と嬉しそうに鼻を鳴らした。そして「初めて会ったときはあの子も二十歳そこそこの女子だったのにね」と付け加える。
「春川さんは……。昔から仕事熱心ですよね。トライメライ来るときはいつもピシッとしてますし」
「そうそう。あの子って本当に几帳面で清潔感あるのよね。そういうところは素直に尊敬するわ。それに引き換えウチの逢川くんは……」
 出雲社長はそう言うと呆れ気味に首を横に振った。その反応を見て私は内心『いやいや、そうは言っても逢川さんめっちゃ頑張ってますよ。休日出勤もしてますよ。給料安いのに。偉くないですか?』と思った。当然、口には出さない。あくまで表情はポーカーフェイスだけれど。
 私がそんなことを考えていると弥生さんが「でも……」と口を開いた。そして「逢川さんはトライメライには必要な人です」と付け加えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

崩れゆく世界に天秤を

DANDY
ライト文芸
罹ると体が崩れていく原因不明の“崩壊病”。これが世に出現した時、世界は震撼した。しかしこの死亡率百パーセントの病には裏があった。 岬町に住む錦暮人《にしきくれと》は相棒の正人《まさと》と共に、崩壊病を発症させる化け物”星の使徒“の排除に向かっていた。 目標地点に到着し、星の使徒と対面した暮人達だったが、正人が星の使徒に狙われた一般人を庇って崩壊してしまう。 暮人はその光景を目の当たりにして、十年前のある日を思い出す。 夕暮れの小学校の教室、意識を失ってぐったりとしている少女。泣き叫ぶ自分。そこに佇む青白い人型の化け物…… あの時のあの選択が、今の状況を招いたのだ。 そうして呆然と立ち尽くす暮人の前に、十年前のあの時の少女が現れ物語が動き出す。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか? その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。 守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いていく詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

処理中です...