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第十章 下北線路外空き地

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 成田への道すがら。美鈴さんは大げさに背伸びした。そして「んっんー。今日も疲れたねぇ」と言って大あくびした。どうやら京葉道では熟睡できたらしく、目はぱっちり開いている。
「今日もお疲れ。遠くまで悪かったね」
「いや、いいよ別に。つーか焼肉ご馳走さんでした! 経費とはいえ高かったでしょ?」
「まぁ……。それなりにはね。でもそれは君らが気にすることじゃないよ。氷川社長も飯代ぐらいでどうこう言うほどケチじゃないしね」
 逢川さんはそう言うとさっき美鈴さんがしたみたいに大あくびした。どうやら時間差で彼女のあくびがうつったらしい。
「マジで助かるよぉ。ほら、ウチって基本貧乏じゃん? 親父もそこまで商売っ気あるわけじゃないしさ……。だから本当にありがたいんだよねー。飯もそうだし毎回二万も貰えるバイトなんかここしかないからねぇ」
 美鈴さんはそう言うとニッと歯を見せて笑った。もう見慣れたけれど美鈴さんのこの笑顔は本当に可愛いと思う。
「夏木ちゃんも今日はお疲れ。もうすっかり興行も慣れたみたいで良かったよ」
「いえいえ。私なんかまだまだです。それに……。香澄さんのほうが私よりずっとすごいと思いますよ? 初めてであそこまでできるんですもん」
 私は謙遜半分卑下半分でそう答えた。本当にそうなのだ。香澄さんの演技は私の初回と比べたらあり得ないほど上手かったと思う。
「まぁ……。あの子はねぇ。仕方ないよ。ずっと春日ちゃんの隣にいたからね。実際にやらなくても俺よりずっと魔法少女業に関しては詳しいんだと思うよ? 少なくとも衣装に関しては俺含めトライメライ内の誰よりも精通してるしね」
 逢川さんはそう言うと「鹿島ちゃんもプロだから」と付け加えた。そして「なぁ香取ちゃん?」と美鈴さんに話を振る。
「そうね。鹿島ちゃんは……。実際今回が初公演ってわけじゃないからねぇ。前に弥生がトラブったときにも手を貸してくれたことあったし」
「ん? ああ、そうだったね。そんなこともあったっけ……。あんときも参ったよねー。てか春日ちゃんって何気にトラブル多い子だよねぇ。ま、それも含めての『華』なんだろうけど」
 逢川さんはそう言うとやれやれと言った感じでため息を吐いた。おそらく私の知らないところで弥生さんは何かやらかしてきたのだと思う。
「そうねー。まぁウチらはみんなトラブル抱えてるよ。逆に問題がないのって聖那ぐらいじゃない? ……ってそんなこと言ったら聖那に失礼だよね。ごめんごめん」
 美鈴さんはそう言うと自己完結的に私に謝ってきた。私は「いやいや、まぁね」と曖昧に返した。確かに美鈴さんの言うとおりなのだ。私には目に見えるトラブルはないし、家族関係も他のみんなに比べればだいぶマシだと思う。
 そんな話をしていると車は再び高速を降りた。酒々井インターチェンジ。ここまで来ればもう帰ってきたも同然だ。
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