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第十章 下北線路外空き地

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 トライメライ入社後。俺は出雲社長から弥生ちゃんのお守りを任されるようになった。別にベビーシッターを任されたわけではない。要はマネージャー……。だったのだと思う。まぁ当時の俺はそこまで自身の役回りについて深く考えたりはしなかったのだけれど。
 でも……。不思議と弥生ちゃんと一緒に仕事をするのは楽しかった。それは彼女が幼いながらも非常に賢くて大人びた子供だったからだと思う。流石は出雲社長の姪っ子。当時の俺は彼女の事情も知らずにそんなことを思ったものだ。両親の離婚調停と子役の仕事。今思えばそれは彼女の心を確実に蝕んでいたのだと思う。
 そんな日々を過ごしている中で俺は次第に弥生ちゃんを実の妹以上に大切にしたいと思うようになっていった。別に瑞穂が憎いわけではない。ただ……。健気で一生懸命な弥生ちゃんを支えたい。そう思ったのだ――。

 そんなある日。俺が現場で弥生ちゃんと打ち合わせしていると実家の母親から携帯に電話が掛かってきた。そして母は開口一番『来週の土日は休みよね?』と訊いてきた。母はいつもこうなのだ。きっと俺の都合などどうでもいいのだろう。
「来週の土日? ああ……。休みだけど」
『そう! なら良かったわ。あのね! 瑞穂ちゃんそっちに行ってもらうから週末面倒見てあげて。私とお父さんはお出かけしてくるからね』
「……瑞穂一人でこっち来る感じ? あいつ嫌がらない?」
『仕方ないでしょ! もう決まっちゃったんだもん。それに瑞穂ちゃんを一人だけ家に置いてくわけにはいかないじゃない? だから涼介。週末は瑞穂ちゃんの面倒見てあげなさい』
 母はまくし立てるように言うと「じゃあ来週ね」と言って一方的に電話を切った。実母ながらなかなか強烈にいかれている。まぁ父親はこれ以上にとち狂っているからまだマシではあるのだけれど。
「ごめんごめん。えーと……。どこまで話したっけ」
 電話を終えると俺は再び仕事モードに戻った。来週末のことよりも今は仕事。瞬時にそう切り替わる。
「子犬と遊んでるシーンの話までです」
 弥生ちゃんはそう言うと口元を緩めてニッコリ笑った。その顔はまるで大人が愛想のためだけに作る表情のように見えた。
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