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第十章 下北線路外空き地

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「麗子さんに業務連絡終わったの?」
 逢川さんが個室に入ると美鈴さんは彼にそう尋ねた。逢川さんは「終わったよ」とだけ返すと当たり前のように美鈴さんの右側に腰を下ろした。やはり彼にとっては美鈴さんの隣が定位置らしい。
「あーあ、今日は麗子さんも呼びたかったなぁ」
「諏訪ちゃんを? 無理無理! あの子仕事外ではあんまり俺らと絡みたがらないしさ」
 逢川さんは大げさに否定すると「あの子はインドアだしね」と続けた。諏訪麗子……。彼女に関しては話を聞くたび謎が増えている気がする。
 二人がそんな話をしている横で弥生さんと香澄さんはガールズトークしていた。女子高の休み時間。そんな感じがする。
 だから私はその二つのグループの真ん中で両方の話に混じったり離れたりしていた。これでも相づちを打つことだけは得意なのだ。学校の友達にも「聖那って聞き上手だよね」と言われるし、その自己評価は間違っていないと思う。
 そうこうしているといつの間に注文したのか飲み物とおつまみ、あとは大量の肉たちが運ばれてきた。特上カルビ、上カルビ、上塩タン、豚トロ、ホルモン……。そんな焼肉セットみたいなメニューがテーブルの上に並ぶ。控えめに言って見ているだけでお腹いっぱいになりそうな光景だ。
「やったね。お肉お肉ー!」
「良かったねぇメイリン。願いが叶って」
「うん! マジで今日まで生きてて良かったよ。ありがとうエレメンタル! これからも日給二万円の週末魔法少女のお仕事頑張るよ」
 美鈴さんはそう言うとスマホを取り出して特上カルビの撮影会を始めた。香澄さんはそんな美鈴さんをニコニコ眺めていた。弥生さんと逢川さんは……。まぁいつも通りだ――。

 それから私たち五人はソフトドリンクで乾杯した。そして乾杯が終わるとみんな無言で焼肉を焼き始めた。もちろん私も無言だ。美鈴さんじゃないけれど焼肉は戦いなのだ。ちょうど良いタイミングでタン塩を網からすくい上げなければあっという間に台無しになるし、大量にカルビを並べればコンロの温度が上がりすぎて焦げてしまう。一瞬も気を抜けない。本気でそう思う。
 そんな中で一番お上品に焼肉を食べていたのは香澄さんだと思う。彼女は焦げる寸前で肉を取ると自分の皿だけではなく、他の四人の皿にもさりげなくそれを置いてくれた。おそらく彼女は要領が良いのだ。思えばショップ店員していたときも鹿の蔵で食事したときもずっとそんな動きをしていた気がする。
 私はそんな香澄さんのさりげない気遣いにある種の感動を覚えていた。それは弥生さんのような才能でも美鈴さんのような器用さでもないのだ。一言で言えば育ってきた環境と彼女の努力……。それに尽きると思う。
 そうこうしている間にあんなにあったはずの焼肉はなくなってしまった。半分以上は美鈴さんの胃袋に吸い込まれていったのだと思う。  
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