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第十章 下北線路外空き地

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「皆さんお疲れ様です」
 私たちが談笑していると春川さんが挨拶に来てくれた。彼女の手には大きなコンビニ袋が握られている。透けている中身から察するにどうやら差し入れを持ってきてくれたらしい。
「これ良かったら皆さんでどうぞ」
「すいません。お気遣いいただいちゃって……」
 弥生さんはそう言って差し入れを受け取ると恐縮しながら頭を下げた。そして「逢川は今外しておりまして……」と申し訳なさそうに続ける。
「大丈夫だよー。逢川さんも忙しいもんね。それより! みんなの演技とても良かったよ。私も久しぶりに気持ちだけ小学生になれたしね」
 春川さんはそう言うと私たちひとりひとりの顔を感心するみたいに眺めた。そして「みんな良い役者さんになれそう」と続ける。
「アハハハ、ありがとうございます……」
 弥生さんは私でも分かるぐらいの愛想笑いをすると左頬を人差し指で掻いた。どうやら弥生さんは春川さんとあまり深く関わり合いたくはないらしい。
「……じゃあお先失礼するね。逢川さんによろしくお伝えください」
 春川さんはそう言うと笑顔で帰って行った。彼女がいなくなると弥生さんは大きなため息を吐いた――。

 それから私たちは変身を解いて週末一般少女に戻った。これにて今日の興行は終了。次の興行は来週末だ。週末のこの流れにもすっかり慣れた気がする。
「逢川さん早く戻って来ねーかなぁ」
 不意に美鈴さんがハルバートを分解しながらそうぼやいた。
「そろそろだと思うよ? 何かニンヒアのお偉いさんが来てて挨拶行ってるみたいなんだよね」
「ニンヒア? ああ、出雲社長の古巣か……。ったく大人は面倒だよね。逢川さんいっつも誰かにヘコヘコさせられてんじゃん? ちょっと可愛そうだよね」
「まぁね。しかも逢川さんの給料だってそこまで良いわけじゃないみたいだしね」
 弥生さんはそう返すと「ふぅあぁあ」と大げさな欠伸をした。そして「氷川社長ももう少し逢川さん大事にしてくれれば良いのにさ」と続ける。
「逢川さんって給料安いんだ……」
「うん。そうみたいよ? まぁ私も直接明細見たことはないんだけどさ。ま、これは諏訪さんからそれとなーく聞いたんだけどね。あ! 聖那ちゃんこれはオフレコね! 香澄ちゃんも聞かなかったことにして」
 弥生さんはそう言うとお口にチャックのジェスチャーをした。まぁ、そうは言っても四人中一番口が軽いのは弥生さんな気もするけれど。
 そうこうしていると逢川さんが戻ってきた。
「ごめんごめん。遅くなって申し訳ない。……じゃあ帰ろうか」
 逢川さんはそう言うと自身の腕時計の時間をチラッと見た。そして「今日はみんなお疲れ」と付け加える。
「逢川さーん! 私腹減ったよー。飯食っていきたいー」
「……ああ、そうだな。そういえば今日は食事なかったね。……じゃあ何か食いに行くか?」
「うん。行こー! 私焼き肉行きたい!」
 美鈴さんはそう言って逢川さんに縋りついた。そして「お肉ぅ!」とまるで犬みたいに唸る。
「分かったよ……。みんな香取ちゃんはこう言ってるけどみんなも焼き肉で良い?」
 美鈴さんに絡まれた逢川さんはそう言って私たちに視線を向けた。私たちは全員揃って「はい! 大丈夫です」と答えた――。
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