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第九章 カワウソカフェ KOTSUME
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「チェリーちゃん! 可愛いねぇ。はぁぁ、可愛い」
店員さんが行ってしまうと弥生さんはたがが外れたみたいにカワウソを猫かわいがりし始めた。そしてチェリーちゃんはそれを甘んじて受け入れていた。まぁ……。私と弥生さんは完全に置いてけぼりだったけれど。
「ちょっと弥生! 私にも抱っこさせてよ」
「えー! ちょっと待ってよぉ。やっとチェリーちゃんに会えたんだよ!」
「はぁ……。わぁーったよ。存分にイチャイチャしてな!」
美鈴さんは呆れ気味に言うとポケットからスマホを取り出した。そしてチェリーちゃんと戯れる弥生さんの動画を撮り始める。
「しっかり撮っといてやるよ。あー、見てるこっちが恥ずかしくなるよ」
美鈴さんはそう悪態を吐くと「はぁーあ」とわざとらしくため息を吐いた――。
そうこうしていると美鈴さんのスマホに着信が入った。
「あ、逢川さんからだ」
美鈴さんはそう言うと「お疲れ様でーす」と電話に出た。弥生さんはそんなことお構いなしにチェリーちゃんと戯れている。いつもとは真逆の構図だ。
「――そうそう! 今は二子玉川にいます。――もう幕張出たんすね? 鹿島ちゃんも一緒ですか?」
美鈴さんはそう話しながら立ち上がるとスッと部屋から出て行った。当然だろう。背後から弥生さんとチェリーちゃんのイチャイチャボイスが聞こえているのだ。これじゃ落ち着いて仕事の話なんかできないと思う。
美鈴さんが出て行ってしまうと部屋にはカワウソの鳴き声と弥生さんの「いい子いい子」という声だけが残った。正直かなりシュールな絵面だと思う。
「……チェリーちゃん人懐っこいね」
「ねぇ。本当にお利口さんだねぇ。動画では散々見たけどやっぱ生で見るとすんごい可愛いわぁ」
弥生さんはそう言うと抱きかかえていたチェリーちゃんを私に差し出した。どうやらさっきに比べれば少しは落ち着いたようだ。
「おいでー」
私はそう言ってチェリーちゃんを弥生さんの腕から抱き寄せた。するとチェリーちゃんは嫌がる素振りを見せずに私の腕の中で「キュキュ」と鳴いて首を傾げた。可愛すぎる。弥生さんじゃないけど思わず「はぁ、可愛いねぇ」と声がこぼれてしまいそうだ。
「よしよーし。覚えてるかな? 昔会ったことあるんだけど……」
私は誰に言うとはなくそう呟いた。するとなぜかチェリーちゃんが「キュン」と鳴いて何回も頷いた。その仕草はまるで『ちゃんと覚えてるよ』と言っているようだ。
「あ、覚えてるみたいだね」
弥生さんはそう言うと興奮気味に「チェリーちゃん賢いからねぇ」と付け加えた。流石にそれはないでしょ……。と思わずツッコみそうになる。
でもそんな私の思いとは裏腹にチェリーちゃんを私の目を興味深げに眺めていた。その視線は妙に人間っぽくて思わずドキッとする。
「……聖那ちゃん。今日は本当にありがとね。こうしてチェリーちゃんと……。篠田先生に会えるなんて夢みたいだよ」
私がチェリーちゃんと戯れていると弥生さんにそう言われた。
「ううん。大丈夫だよ。……てか私は何もしてないからね。全部お母さんが準備してくれたし」
「そっか。じゃあ聖那ちゃんだけじゃなくてお母様にも感謝だね。あとで何かお礼させて」
「いいって! お母さんもけっこうノリノリだったしさ」
そう。母は実際ノリノリだったのだ。たぶん母的には久しぶりに篠田さんと接点が持てて嬉しかったのだとは思う。
「……ちょっと羨ましいな。お母さんと仲良くてさ」
「そう? 普通だよ」
私は弥生さんの何気ない一言にそう返した。そして返したあと『しまった!』と少し後悔した。弥生さんからしたら私と母の関係は決して普通ではないのだ。彼女からしたら……。きっとその普通は手の届かない非日常なのだと思う――。
店員さんが行ってしまうと弥生さんはたがが外れたみたいにカワウソを猫かわいがりし始めた。そしてチェリーちゃんはそれを甘んじて受け入れていた。まぁ……。私と弥生さんは完全に置いてけぼりだったけれど。
「ちょっと弥生! 私にも抱っこさせてよ」
「えー! ちょっと待ってよぉ。やっとチェリーちゃんに会えたんだよ!」
「はぁ……。わぁーったよ。存分にイチャイチャしてな!」
美鈴さんは呆れ気味に言うとポケットからスマホを取り出した。そしてチェリーちゃんと戯れる弥生さんの動画を撮り始める。
「しっかり撮っといてやるよ。あー、見てるこっちが恥ずかしくなるよ」
美鈴さんはそう悪態を吐くと「はぁーあ」とわざとらしくため息を吐いた――。
そうこうしていると美鈴さんのスマホに着信が入った。
「あ、逢川さんからだ」
美鈴さんはそう言うと「お疲れ様でーす」と電話に出た。弥生さんはそんなことお構いなしにチェリーちゃんと戯れている。いつもとは真逆の構図だ。
「――そうそう! 今は二子玉川にいます。――もう幕張出たんすね? 鹿島ちゃんも一緒ですか?」
美鈴さんはそう話しながら立ち上がるとスッと部屋から出て行った。当然だろう。背後から弥生さんとチェリーちゃんのイチャイチャボイスが聞こえているのだ。これじゃ落ち着いて仕事の話なんかできないと思う。
美鈴さんが出て行ってしまうと部屋にはカワウソの鳴き声と弥生さんの「いい子いい子」という声だけが残った。正直かなりシュールな絵面だと思う。
「……チェリーちゃん人懐っこいね」
「ねぇ。本当にお利口さんだねぇ。動画では散々見たけどやっぱ生で見るとすんごい可愛いわぁ」
弥生さんはそう言うと抱きかかえていたチェリーちゃんを私に差し出した。どうやらさっきに比べれば少しは落ち着いたようだ。
「おいでー」
私はそう言ってチェリーちゃんを弥生さんの腕から抱き寄せた。するとチェリーちゃんは嫌がる素振りを見せずに私の腕の中で「キュキュ」と鳴いて首を傾げた。可愛すぎる。弥生さんじゃないけど思わず「はぁ、可愛いねぇ」と声がこぼれてしまいそうだ。
「よしよーし。覚えてるかな? 昔会ったことあるんだけど……」
私は誰に言うとはなくそう呟いた。するとなぜかチェリーちゃんが「キュン」と鳴いて何回も頷いた。その仕草はまるで『ちゃんと覚えてるよ』と言っているようだ。
「あ、覚えてるみたいだね」
弥生さんはそう言うと興奮気味に「チェリーちゃん賢いからねぇ」と付け加えた。流石にそれはないでしょ……。と思わずツッコみそうになる。
でもそんな私の思いとは裏腹にチェリーちゃんを私の目を興味深げに眺めていた。その視線は妙に人間っぽくて思わずドキッとする。
「……聖那ちゃん。今日は本当にありがとね。こうしてチェリーちゃんと……。篠田先生に会えるなんて夢みたいだよ」
私がチェリーちゃんと戯れていると弥生さんにそう言われた。
「ううん。大丈夫だよ。……てか私は何もしてないからね。全部お母さんが準備してくれたし」
「そっか。じゃあ聖那ちゃんだけじゃなくてお母様にも感謝だね。あとで何かお礼させて」
「いいって! お母さんもけっこうノリノリだったしさ」
そう。母は実際ノリノリだったのだ。たぶん母的には久しぶりに篠田さんと接点が持てて嬉しかったのだとは思う。
「……ちょっと羨ましいな。お母さんと仲良くてさ」
「そう? 普通だよ」
私は弥生さんの何気ない一言にそう返した。そして返したあと『しまった!』と少し後悔した。弥生さんからしたら私と母の関係は決して普通ではないのだ。彼女からしたら……。きっとその普通は手の届かない非日常なのだと思う――。
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