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第八章 成田山新勝寺 表参道

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 卒業式の日。私と弥生は隣同士で校長挨拶を聞いていた。思えば小学校に入学してからずっとこの席順だった気がする。春日と香取。同じカ行なので当然と言えば当然だけれど。
 そして校長の話が終わると式は校歌斉唱、卒業証書授与と進んでいった。おそらくどこにでもある普通の卒業式だと思う。これといって特別なことはない。
 だから私は欠伸を堪えるのに必死だった。流石に退屈すぎる。さっさとこんな式典終わりにして弥生とご飯に行きたい。そう思ったのだ。
 そんな私を余所に弥生は無表情にパイプ椅子に座って式に臨んでいた。その頃の弥生はすっかり優等生で私みたいな不良とはつるまないような見た目をしていた。まぁ、逆に小六で不良と呼ばれるような見た目をしていた私の方がおかしいのだけれど。
 それから程なくして卒業式は終わった。そして横を見ると隣にいたはずの弥生がいなくなっていた――。

 式を終えて外に出ると父と祖父母が私を出迎えてくれた。そして祖父母は二人してボロボロ泣いていた。この夫婦は私のことになるといつもこうなのだ。余程孫娘が可愛いのだろう。
 そうやって私が家族と話している横を弥生のお母さんがツカツカと通り過ぎて行った。そして彼女は辺りを見渡すと「はぁ」と大げさなため息を吐いた。その表情は心底うんざりといった感じに見える。
 それから私は父と祖父母に「ちょっとごめんね」と断ってから弥生のお母さんに声を掛けた。思えば彼女と直接話すのは随分と久しぶりな気がする。
「こんにちはー」
「ああ、美鈴ちゃん。こんにちは……。卒業おめでとう」
 弥生のお母さんはさして興味ないみたいに言うと「ねぇ。弥生見なかった?」と訊いてきた。私は「見てないです」と事務的に答える。
「そっかぁ。……ったくあの子は」
 弥生のお母さんはそう言うと左手首の腕時計に視線を落とした。そして再びため息を吐くと私に「ねぇお願いがあるんだけど」と言った。
「私これから仕事戻らなくちゃならないのよ。……だから美鈴ちゃん悪いんだけどあの子見かけたら私はもう帰ったって伝えて貰ってもいいかな?」
 彼女はそう言うと今度は音にならないくらい小さなため息を吐いた。そこには娘の卒業を祝うという気持ちの欠片もないように感じる。
 でも……。私は弥生とこの女の関係をよく知っているので「……分かりました。伝えときます」とだけ答えた。そして心の中で『あんたみたいな母親で弥生は超最悪だけどね』と付け加えた――。
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