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第八章 成田山新勝寺 表参道
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香取美鈴の話
私が弥生と初めて会ったのは横浜から千葉に越して間もない頃だった。当時の私は養父……。もとい父に引き取られたばかりでどこかおどおどしていた気がする。お母さんはもういない。私は捨てられたんだ。だからもう大人なんて信じない。当時の私はそんな風にやさぐれていた。我ながら酷くひねくれたクソガキだったと思う。
でも……。父はそんな状態の私に親身になってくれた。食べ物から服から寝床まで。何から何まで与えてくれた。まぁ、当時の私はそれをありがたく受け取りながらもどこか父を信用しきれずにいたのだけれど。
――思えば弥生との出会いはちょうどその頃だった。そう……。あれは確かオートサービス香取の庭の桜が蕾を付けた。そんな時期だ――。
「こんにちは」
私が桜の木の下で日向ぼっこしていると小さな女の子に声を掛けられた。肩まで伸びた黒髪に青い瞳。なのに顔立ちは完全に日本人。そんな女の子だ。
「こんにちは……。ここら辺の子?」
私は彼女にそう尋ねた。すると彼女は「うん。そうだよ」と元気よく答えて私の隣に当たり前のように座った。内心『なんだこの子は?』と怪訝な気持ちになる。
「そっか。……ここは危ないからすぐに帰った方が良いよ」
私はそれだけ返すと彼女を無視して日向ぼっこに戻った。正直あまり関わりたくない。そう思ったのだ。
でもその女の子は私の思いを無視するように「私、弥生って言うんだ。あなたは?」と訊いてきた。どうやら彼女には私のツンケンした態度は伝わらなかったらしい。
「……メイリン」
「え?」
「だから……。メイリンだよ。変な名前でしょ?」
私はさっきよりキツい口調で言うと「はぁ」とわざとらしくため息を吐いた。我ながら最高に性格が悪いと思う。
そんな私の言葉に彼女は一瞬固まった。そしてすぐに表情を緩めると「メイリンちゃん! すごい良い名前だと思うよ! かわいい」と言って馬鹿みたいにニコぉっと笑った。
――思えばこれが私と弥生の最初の出会いだった。今思えば最悪な出会い方だったような気がする。
それから弥生は事あるごとに私の家に遊びに来るようになった。そしてウザがる私にしつこく絡んでは「またねー」と言っては帰って行った。だから私は彼女のことを最初は面倒で変わった子程度に思っていた気がする。まぁ……。とは言っても次第に情が湧いて仲良くなってしまったのだけれど。
私と弥生と仲良くなれた理由。それはおそらく彼女の無邪気で明るい性格のお陰だと思う。今の弥生を見ていると信じられないけれど、当時の彼女は私よりずっと明るい子だったのだ。逆に私は根暗……。だったように思う。
「メイリンちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
ある日、弥生にそんなことを訊かれた。
「私は……。うーん、まだ分かんないかなぁ。弥生ちゃんは?」
「私はねぇ。絵描きさんになりたいんだ! お絵描き大好きなの!」
弥生はそう言うとスケッチブックに描いた絵を見せてくれた。描かれていたのはピンク髪でキラキラした魔法少女。実に弥生らしい絵だと思う。
「へぇ。可愛いじゃん。弥生ちゃんって絵上手いんだね」
「ふへへへ。ありがとー。絵にはけっこう自信あるんだ」
弥生はそう言うと嬉しそうスケッチブックを握りしめた。そしてデレデレとした笑みを浮かべる。
「……いいね。私にも何か得意なことあれば良いんだけどさ」
私は自分の平凡さを蔑むようにそう呟いた。本当に私には何もないのだ。無理矢理特技を上げるとすれば日本語と中国語のバイリンガルだってことぐらいだと思う。
でも弥生はそんな私に「えー! メイリンちゃんだって良いとこたくさんあるよぉ」と言ってくれた。そして「優しいし、面白いし、頑張り屋さんだし、食いしん坊だし」と私の長所をいくつも挙げてくれた。いや……。最後のだけは長所ではない気がするけれど。
ともかく……。弥生はそう言って私の良いところを一生懸命挙げてくれたのだ。そしてその弥生の言葉が今の私の自信に繋がったのだと思う――。
私が弥生と初めて会ったのは横浜から千葉に越して間もない頃だった。当時の私は養父……。もとい父に引き取られたばかりでどこかおどおどしていた気がする。お母さんはもういない。私は捨てられたんだ。だからもう大人なんて信じない。当時の私はそんな風にやさぐれていた。我ながら酷くひねくれたクソガキだったと思う。
でも……。父はそんな状態の私に親身になってくれた。食べ物から服から寝床まで。何から何まで与えてくれた。まぁ、当時の私はそれをありがたく受け取りながらもどこか父を信用しきれずにいたのだけれど。
――思えば弥生との出会いはちょうどその頃だった。そう……。あれは確かオートサービス香取の庭の桜が蕾を付けた。そんな時期だ――。
「こんにちは」
私が桜の木の下で日向ぼっこしていると小さな女の子に声を掛けられた。肩まで伸びた黒髪に青い瞳。なのに顔立ちは完全に日本人。そんな女の子だ。
「こんにちは……。ここら辺の子?」
私は彼女にそう尋ねた。すると彼女は「うん。そうだよ」と元気よく答えて私の隣に当たり前のように座った。内心『なんだこの子は?』と怪訝な気持ちになる。
「そっか。……ここは危ないからすぐに帰った方が良いよ」
私はそれだけ返すと彼女を無視して日向ぼっこに戻った。正直あまり関わりたくない。そう思ったのだ。
でもその女の子は私の思いを無視するように「私、弥生って言うんだ。あなたは?」と訊いてきた。どうやら彼女には私のツンケンした態度は伝わらなかったらしい。
「……メイリン」
「え?」
「だから……。メイリンだよ。変な名前でしょ?」
私はさっきよりキツい口調で言うと「はぁ」とわざとらしくため息を吐いた。我ながら最高に性格が悪いと思う。
そんな私の言葉に彼女は一瞬固まった。そしてすぐに表情を緩めると「メイリンちゃん! すごい良い名前だと思うよ! かわいい」と言って馬鹿みたいにニコぉっと笑った。
――思えばこれが私と弥生の最初の出会いだった。今思えば最悪な出会い方だったような気がする。
それから弥生は事あるごとに私の家に遊びに来るようになった。そしてウザがる私にしつこく絡んでは「またねー」と言っては帰って行った。だから私は彼女のことを最初は面倒で変わった子程度に思っていた気がする。まぁ……。とは言っても次第に情が湧いて仲良くなってしまったのだけれど。
私と弥生と仲良くなれた理由。それはおそらく彼女の無邪気で明るい性格のお陰だと思う。今の弥生を見ていると信じられないけれど、当時の彼女は私よりずっと明るい子だったのだ。逆に私は根暗……。だったように思う。
「メイリンちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
ある日、弥生にそんなことを訊かれた。
「私は……。うーん、まだ分かんないかなぁ。弥生ちゃんは?」
「私はねぇ。絵描きさんになりたいんだ! お絵描き大好きなの!」
弥生はそう言うとスケッチブックに描いた絵を見せてくれた。描かれていたのはピンク髪でキラキラした魔法少女。実に弥生らしい絵だと思う。
「へぇ。可愛いじゃん。弥生ちゃんって絵上手いんだね」
「ふへへへ。ありがとー。絵にはけっこう自信あるんだ」
弥生はそう言うと嬉しそうスケッチブックを握りしめた。そしてデレデレとした笑みを浮かべる。
「……いいね。私にも何か得意なことあれば良いんだけどさ」
私は自分の平凡さを蔑むようにそう呟いた。本当に私には何もないのだ。無理矢理特技を上げるとすれば日本語と中国語のバイリンガルだってことぐらいだと思う。
でも弥生はそんな私に「えー! メイリンちゃんだって良いとこたくさんあるよぉ」と言ってくれた。そして「優しいし、面白いし、頑張り屋さんだし、食いしん坊だし」と私の長所をいくつも挙げてくれた。いや……。最後のだけは長所ではない気がするけれど。
ともかく……。弥生はそう言って私の良いところを一生懸命挙げてくれたのだ。そしてその弥生の言葉が今の私の自信に繋がったのだと思う――。
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