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第八章 成田山新勝寺 表参道

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 八月上旬。例によって私は魔法少女のアルバイトをしていた。かれこれもう五回は変身したと思う。仕事場所はだいたい成田や酒々井や佐倉の福祉施設だ。どうやらエレメンタルはそういった場所からの依頼を多く受けるらしい。
 その頃には私にも簡単ながら台詞が与えられていて『風の精霊よ。癒やしの力を与えたまえ……。シルフヒーリング!』とか言ってステッキを振りかざしてた。
 舞台上でそんな呪文を唱えるのにもすっかり慣れた気がする。不思議とそこまで恥ずかしさはない。あるのは確実に仲間を救いたいという思いだけだ。
 袖なし紫セーラー服でくるくる回る。そんな一見するとかなりおかしな仕事なのに妙に楽しかった。まぁ……。たぶんそれは私の同僚の二人のお陰なのだけれど――。

「あー! づがれだー!」
 佐倉市内での興行が終わると美鈴さんはそう言って大きく背伸びした。もうすっかり彼女のこの台詞を聞くのにも慣れた気がする。
「お疲れ。……メイリンは今日もアクションばっかだったからねぇ」
「そうなんだよー。跳んだり跳ねたりばっか! しかも逢川さん私にばっか雑用やらせんじゃん? だから普通に疲れるわ」
 美鈴さんはそんな風にぼやくだけぼやくとお腹をさすった。そして「飯行こうぜ飯ー!」と続ける。
「まだダメだよ。つーか私は夕方から幕張で最終打ち合わせあるから行けないかなぁ……。とりあえずエレメンタル戻ろう! 今は撤収が先だから!」
 弥生さんは美鈴さんをそう窘めるとピンクのヘアウィッグを外した――。
 
 それから私たちは逢川さんの運転する車でエレメンタルに戻った。そして私たちが事務所に入ると氷川社長と諏訪さんが何やら話し込んでいた。こうして氷川社長と会うのは面接のとき以来だ。
「お疲れ様です!」
 私たちは揃って氷川社長にそう挨拶した。すると氷川社長は一瞬こちらを見て「お疲れ様」とにこやかに返してくれた。心なしか面接のときよりずっと優男に見える。
 そうこうしていると事務所の前に一台の車が停まった。高級そうなスポーツクーペ。特徴的なその形から察するにおそらくポルシェだと思う。
「弥生ちゃんお迎えね」
 諏訪さんはそう言うと弥生さんに紙袋を手渡した。紙袋の中にはクリアファイルが何冊か入っている。
「はい……。んじゃみんな行ってくるから! また来週ね」
 弥生さんはその紙袋を受け取るとそれだけ言って事務所から出て行った――。
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