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第七章 水郷会児童福祉施設 あけぼし
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それから私たちは京成成田駅近くのラーメン屋で夕飯を食べた。その店は美鈴さんの行きつけらしく、店長さんと美鈴さんは親しげだ。
「ぷはぁ。食った食った」
美鈴さんはラーメンと餃子と唐揚げとライス(大盛り)を平らげるとそう言って少しぽっこりしたお腹をさすった。
「あんた本当によく食うね」
弥生さんは呆れ気味に言うとピッチャーからコップに水を注いで美鈴さんに差し出した。美鈴さんは「さんきゅ!」と言ってそれを一気に喉に流し込んだ。その様子はまるで長年連れ添った夫婦みたいだ。
「……にしても聖那ちゃんが無事で良かったよ。ごめんね。色々急だったからビックリしたでしょ?」
弥生さんはそう言うとお伺いを立てるみたいに上目遣いで私の顔を覗き込んだ。その表情には『こんなバイトだけど大丈夫?』という意味が込められているように感じる。
「そうだねぇ。まさか今日からやるとは思わなかったからちょっと驚いたかな。でも……。楽しかったよ!」
私がそう答えると弥生さんは「そっかそっか」と言ってホッとしたように頷いた。どうやら彼女的には今日の一件で私がバイトを嫌になったと思ったらしい。
「んで弥生? 明日もトライメライでお仕事なん?」
不意に美鈴さんが弥生さんにそう話を振った。そして「たしか打ち合わせだったよね?」と続ける。
「そだよー。ほら、お盆前に東京で仕事あるって言ったじゃん? あの件でね」
「ああ……。そうだったね。世田谷だっけ?」
「そそ! 下北沢のフリマイベント」
「下北沢かぁ……。良いなぁ。オシャンな街じゃんよ」
美鈴さんはそう言うと今度は自分でコップに水を注いだ。
「まぁ、そうだね。遊びじゃないからそんなにゆっくりはできないかもだけど。……聖那ちゃんは東京だけど大丈夫? たぶん昼から逢川さんの運転で行くことになると思うけど」
弥生さんはそう言うと自身のスマホを操作して私に差し出した。差し出されたスマホには『下北沢夜市』というイベントの案内が表示されている。
「……次のイベントは夜なんだ」
「そそ! フリマ自体は午前中からやってんだけどねぇ。屋台とかライブイベとかは夜からだね。……あ! ちなみに私らが出るのは夕方の舞台だからそんなに遅くはならないと思うよ!」
「そっか……。たぶん大丈夫だと思うよ」
私はそう答えながらも内心『お母さん文句言わないかな……』と少し不安になった。まぁ……。美鈴さんと弥生さんが一緒と言えば何も言われないとは思うけれど――。
そうこうしていると美鈴さんのスマホに逢川さんからメッセージが届いた。どうやらエレメンタルでのミーティングが終わったらしい。
「……逢川さん今終わったから駅まで迎え来てくれるってさ」
美鈴さんはそう言うとテーブルの上に置かれた伝票を手に取った。そしてその金額を確認すると「これは経費だから」と言ってレジにそれをそのまま持って行った。口ぶりから察するにこれが求人欄に書いてあった昼食代支給ありの部分らしい。
「美鈴ちゃん! 私は出すよぉ」
「良いって。今日は鹿島ちゃんの分も良いって逢川さんに言われてんだ。出雲社長も了解してるみたいだから気にしないで」
美鈴さんは香澄さんにそう言うと万札で支払いを済ませた。そして「領収書お願いします。宛名は(株)エレメンタルで」と店長さんに伝えた。それを見て私は『本当に経費なんだ……』とちょっとだけ感心した――。
会計が済むとその足で京成成田駅に向かった。そして駅に到着してから程なくして逢川さんが駅前のロータリーまで迎えに来てくれた。運転席の窓越しに見える逢川さんの顔は明らかに疲れ切っている。
「お疲れ様です。逢川さんすいません……。送迎までお願いしちゃって」
弥生さんはそう言って逢川さんに頭を下げると「コレどうぞ」と言って栄養ドリンクを差し出した。逢川さんは「なによ春日ちゃん。めっちゃ気に掛けてくれるじゃん」と言って嬉しそうにそれを受け取った――。
それから私は逢川さんたちを駅前で見送った。逢川さんには「乗ってけば良いのに」と言われたけど私は「歩いてすぐなので」とそれを断った。正直に言えば早く一人になりたかったのだ。昨日からずっと誰かとは一緒だったし、けっこう気疲れしていたのだと思う。
京成成田駅から自宅までの道をとぼとぼ一人で歩く。左手に新勝寺、右手に国道五一号線。そんな私の生活圏の景色が左右に広がる。
一歩一歩自宅に近づく。見慣れた風景とスニーカーの靴底から感じるアスファルトの温度。そんな日常の感覚がさっきまでの非日常を上書きしていった。ようやく長い一日が終わる。そう考えると急に身体がドッと重くなった。たぶん私は自分が思っていた以上に疲れていたのだと思う。
自宅に到着すると私は玄関扉に手を掛けて開いた。そして中に「ただいま」と声を掛けるとすぐに母の「おかえり」という声が返ってきた。やっと帰ってきたのだ。長い長い二日間を終えて――。
「ぷはぁ。食った食った」
美鈴さんはラーメンと餃子と唐揚げとライス(大盛り)を平らげるとそう言って少しぽっこりしたお腹をさすった。
「あんた本当によく食うね」
弥生さんは呆れ気味に言うとピッチャーからコップに水を注いで美鈴さんに差し出した。美鈴さんは「さんきゅ!」と言ってそれを一気に喉に流し込んだ。その様子はまるで長年連れ添った夫婦みたいだ。
「……にしても聖那ちゃんが無事で良かったよ。ごめんね。色々急だったからビックリしたでしょ?」
弥生さんはそう言うとお伺いを立てるみたいに上目遣いで私の顔を覗き込んだ。その表情には『こんなバイトだけど大丈夫?』という意味が込められているように感じる。
「そうだねぇ。まさか今日からやるとは思わなかったからちょっと驚いたかな。でも……。楽しかったよ!」
私がそう答えると弥生さんは「そっかそっか」と言ってホッとしたように頷いた。どうやら彼女的には今日の一件で私がバイトを嫌になったと思ったらしい。
「んで弥生? 明日もトライメライでお仕事なん?」
不意に美鈴さんが弥生さんにそう話を振った。そして「たしか打ち合わせだったよね?」と続ける。
「そだよー。ほら、お盆前に東京で仕事あるって言ったじゃん? あの件でね」
「ああ……。そうだったね。世田谷だっけ?」
「そそ! 下北沢のフリマイベント」
「下北沢かぁ……。良いなぁ。オシャンな街じゃんよ」
美鈴さんはそう言うと今度は自分でコップに水を注いだ。
「まぁ、そうだね。遊びじゃないからそんなにゆっくりはできないかもだけど。……聖那ちゃんは東京だけど大丈夫? たぶん昼から逢川さんの運転で行くことになると思うけど」
弥生さんはそう言うと自身のスマホを操作して私に差し出した。差し出されたスマホには『下北沢夜市』というイベントの案内が表示されている。
「……次のイベントは夜なんだ」
「そそ! フリマ自体は午前中からやってんだけどねぇ。屋台とかライブイベとかは夜からだね。……あ! ちなみに私らが出るのは夕方の舞台だからそんなに遅くはならないと思うよ!」
「そっか……。たぶん大丈夫だと思うよ」
私はそう答えながらも内心『お母さん文句言わないかな……』と少し不安になった。まぁ……。美鈴さんと弥生さんが一緒と言えば何も言われないとは思うけれど――。
そうこうしていると美鈴さんのスマホに逢川さんからメッセージが届いた。どうやらエレメンタルでのミーティングが終わったらしい。
「……逢川さん今終わったから駅まで迎え来てくれるってさ」
美鈴さんはそう言うとテーブルの上に置かれた伝票を手に取った。そしてその金額を確認すると「これは経費だから」と言ってレジにそれをそのまま持って行った。口ぶりから察するにこれが求人欄に書いてあった昼食代支給ありの部分らしい。
「美鈴ちゃん! 私は出すよぉ」
「良いって。今日は鹿島ちゃんの分も良いって逢川さんに言われてんだ。出雲社長も了解してるみたいだから気にしないで」
美鈴さんは香澄さんにそう言うと万札で支払いを済ませた。そして「領収書お願いします。宛名は(株)エレメンタルで」と店長さんに伝えた。それを見て私は『本当に経費なんだ……』とちょっとだけ感心した――。
会計が済むとその足で京成成田駅に向かった。そして駅に到着してから程なくして逢川さんが駅前のロータリーまで迎えに来てくれた。運転席の窓越しに見える逢川さんの顔は明らかに疲れ切っている。
「お疲れ様です。逢川さんすいません……。送迎までお願いしちゃって」
弥生さんはそう言って逢川さんに頭を下げると「コレどうぞ」と言って栄養ドリンクを差し出した。逢川さんは「なによ春日ちゃん。めっちゃ気に掛けてくれるじゃん」と言って嬉しそうにそれを受け取った――。
それから私は逢川さんたちを駅前で見送った。逢川さんには「乗ってけば良いのに」と言われたけど私は「歩いてすぐなので」とそれを断った。正直に言えば早く一人になりたかったのだ。昨日からずっと誰かとは一緒だったし、けっこう気疲れしていたのだと思う。
京成成田駅から自宅までの道をとぼとぼ一人で歩く。左手に新勝寺、右手に国道五一号線。そんな私の生活圏の景色が左右に広がる。
一歩一歩自宅に近づく。見慣れた風景とスニーカーの靴底から感じるアスファルトの温度。そんな日常の感覚がさっきまでの非日常を上書きしていった。ようやく長い一日が終わる。そう考えると急に身体がドッと重くなった。たぶん私は自分が思っていた以上に疲れていたのだと思う。
自宅に到着すると私は玄関扉に手を掛けて開いた。そして中に「ただいま」と声を掛けるとすぐに母の「おかえり」という声が返ってきた。やっと帰ってきたのだ。長い長い二日間を終えて――。
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