日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
69 / 176
第七章 水郷会児童福祉施設 あけぼし

18

しおりを挟む
 それから私たちは京成成田駅近くのラーメン屋で夕飯を食べた。その店は美鈴さんの行きつけらしく、店長さんと美鈴さんは親しげだ。
「ぷはぁ。食った食った」
 美鈴さんはラーメンと餃子と唐揚げとライス(大盛り)を平らげるとそう言って少しぽっこりしたお腹をさすった。
「あんた本当によく食うね」
 弥生さんは呆れ気味に言うとピッチャーからコップに水を注いで美鈴さんに差し出した。美鈴さんは「さんきゅ!」と言ってそれを一気に喉に流し込んだ。その様子はまるで長年連れ添った夫婦みたいだ。
「……にしても聖那ちゃんが無事で良かったよ。ごめんね。色々急だったからビックリしたでしょ?」
 弥生さんはそう言うとお伺いを立てるみたいに上目遣いで私の顔を覗き込んだ。その表情には『こんなバイトだけど大丈夫?』という意味が込められているように感じる。
「そうだねぇ。まさか今日からやるとは思わなかったからちょっと驚いたかな。でも……。楽しかったよ!」
 私がそう答えると弥生さんは「そっかそっか」と言ってホッとしたように頷いた。どうやら彼女的には今日の一件で私がバイトを嫌になったと思ったらしい。
「んで弥生? 明日もトライメライでお仕事なん?」
 不意に美鈴さんが弥生さんにそう話を振った。そして「たしか打ち合わせだったよね?」と続ける。
「そだよー。ほら、お盆前に東京で仕事あるって言ったじゃん? あの件でね」
「ああ……。そうだったね。世田谷だっけ?」
「そそ! 下北沢のフリマイベント」
「下北沢かぁ……。良いなぁ。オシャンな街じゃんよ」
 美鈴さんはそう言うと今度は自分でコップに水を注いだ。
「まぁ、そうだね。遊びじゃないからそんなにゆっくりはできないかもだけど。……聖那ちゃんは東京だけど大丈夫? たぶん昼から逢川さんの運転で行くことになると思うけど」
 弥生さんはそう言うと自身のスマホを操作して私に差し出した。差し出されたスマホには『下北沢夜市』というイベントの案内が表示されている。
「……次のイベントは夜なんだ」
「そそ! フリマ自体は午前中からやってんだけどねぇ。屋台とかライブイベとかは夜からだね。……あ! ちなみに私らが出るのは夕方の舞台だからそんなに遅くはならないと思うよ!」
「そっか……。たぶん大丈夫だと思うよ」
 私はそう答えながらも内心『お母さん文句言わないかな……』と少し不安になった。まぁ……。美鈴さんと弥生さんが一緒と言えば何も言われないとは思うけれど――。

 そうこうしていると美鈴さんのスマホに逢川さんからメッセージが届いた。どうやらエレメンタルでのミーティングが終わったらしい。
「……逢川さん今終わったから駅まで迎え来てくれるってさ」
 美鈴さんはそう言うとテーブルの上に置かれた伝票を手に取った。そしてその金額を確認すると「これは経費だから」と言ってレジにそれをそのまま持って行った。口ぶりから察するにこれが求人欄に書いてあった昼食代支給ありの部分らしい。
「美鈴ちゃん! 私は出すよぉ」
「良いって。今日は鹿島ちゃんの分も良いって逢川さんに言われてんだ。出雲社長も了解してるみたいだから気にしないで」
 美鈴さんは香澄さんにそう言うと万札で支払いを済ませた。そして「領収書お願いします。宛名は(株)エレメンタルで」と店長さんに伝えた。それを見て私は『本当に経費なんだ……』とちょっとだけ感心した――。
 
 会計が済むとその足で京成成田駅に向かった。そして駅に到着してから程なくして逢川さんが駅前のロータリーまで迎えに来てくれた。運転席の窓越しに見える逢川さんの顔は明らかに疲れ切っている。
「お疲れ様です。逢川さんすいません……。送迎までお願いしちゃって」
 弥生さんはそう言って逢川さんに頭を下げると「コレどうぞ」と言って栄養ドリンクを差し出した。逢川さんは「なによ春日ちゃん。めっちゃ気に掛けてくれるじゃん」と言って嬉しそうにそれを受け取った――。
 
 それから私は逢川さんたちを駅前で見送った。逢川さんには「乗ってけば良いのに」と言われたけど私は「歩いてすぐなので」とそれを断った。正直に言えば早く一人になりたかったのだ。昨日からずっと誰かとは一緒だったし、けっこう気疲れしていたのだと思う。
 京成成田駅から自宅までの道をとぼとぼ一人で歩く。左手に新勝寺、右手に国道五一号線。そんな私の生活圏の景色が左右に広がる。
 一歩一歩自宅に近づく。見慣れた風景とスニーカーの靴底から感じるアスファルトの温度。そんな日常の感覚がさっきまでの非日常を上書きしていった。ようやく長い一日が終わる。そう考えると急に身体がドッと重くなった。たぶん私は自分が思っていた以上に疲れていたのだと思う。
 自宅に到着すると私は玄関扉に手を掛けて開いた。そして中に「ただいま」と声を掛けるとすぐに母の「おかえり」という声が返ってきた。やっと帰ってきたのだ。長い長い二日間を終えて――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...